ときにはこんな話でも。  ~眼鏡操縦士のブログ~


写真、カメラ、レンズ、革カバンなど

心のまにまに
書き記し、書き連ね、書き散らし

そして、考える。

意図する

2017年06月15日 20時29分05秒 | 写真
 写真教室でそれぞれのカメラの扱い方というか、撮り方を見ていて思うのは、やはりデジタルカメラ(写真)は難しいな、ということ。

 デジタルカメラで写真を撮る場合、パラメーターはざっと挙げても

・ピント
・絞り
・シャッタースピード
・ホワイトバランス
・感度

 という具合にカメラを操作して使いこなさなくてはならない。

 オート、という手もあるが、何分、自分の意思が介在しない分、表現としては脆弱になる。

 翻ってフィルムとなれば、基本は

・ピント
・絞り
・シャッタースピード

 だけになり、感度はその時のフィルムで、となる。
 ホワイトバランスなんかは、フィルムの場合デイライトひとつで済まれているようなもの。

 比べたって、5つ3つの差でしょ?

 と思うかもしれないが、何を基準にして撮影を考えたらよいのか、判断が覚束ないビギナーには、割とヘビーなことだと思う。

 感度を決めるにしても、そもそも自分の基準となる感度の見当もつかないし、明暗でどの程度感度を使い分ければなんて、想像もつかないだろう。

 基準がないとなると、オート、の良さも悪さもないまぜになってしまう。

 じゃ、マニュアルで撮ればいいんだ、というのかと言えば、またちょっと違う。
 マニュアルで撮ればすべて自分の意思だし、それでいいじゃないか、というのもわかる。

 しかし、それではカメラを「使いこなしている」とは言い難いと思う。

 使える機能を使わない、いや使えないでマニュアルに逃げるのは、カメラを理解していないと思う。

 何事も、オートというのは癖がある。
 そもそも、オートという「判断」を作るのには、作る側の「意図」が内包されている。
 それを理解し、自分の意図と違う部分を補正するのが、「使いこなす」ということだと思う。

 そういった意味で、オートでパラメーターの変動が多数あるデジタルカメラは、難しいな。

 昔、各地の写真教室?ではNikon New FM2が長らく標準機材として指定されていたのも、うなづける。

 デジタルカメラとか、オートフォーカスとか、便利だけど。
 完全マニュアルのNikon SPやブロニカ、絞り優先で測光方式がレンズによって変わってしまうのMamiya7Ⅱで撮ると、自分の意図と迷いが如実に感じられて、撮影という行為を生々しく感じるときがある。

 つまるところ、迷いは何から出るのか?

 それはひとえに、出来上がった「完成形としての表現」を描き切れていないからだ。

 自分の見た、見せたい「それ」を表すものとして、どのパラメーター設定が「回答」なのか。

 フィルムやセンサーのラチチュードとしての「正解」は存在しつつも、表現としての決まりきった「正解」は存在しない。

 オーバーでもアンダーでも、高感度でも低感度でも、一つ一つが「回答」であり、意図になる。

 であるからこそ、何を表現したいのか、という完成形があってこそ、その「回答」が存在できる。

 意図された終着点、それを追い求めるのが表現である。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 人を撮る(駄文です) | トップ | 気持ち »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む