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著作権保護期間についての議論

ITmedia News のこの記事を読んで。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/12/news063.html

妻子の生存期間中は著作権収入が得られるようにして生活保護すべき、
だから50年では短い70年にしろ、という論点においての
「自分の死後、家族の生活を守りたいと思うのは、作家もそば屋やうどん屋の主人も同じ。作家の遺族は著作権法で保護されるが、そば屋・うどん屋の遺族を守ってくれる『そば屋法』や『うどん屋法』はない」(中村伊知哉)
という意見に対する
「そばやうどんと一緒にしてもらっては困る。作家の作品は残るが、そばやうどんは私にも作れる」(松本零士)
と言う意見、また長過ぎる著作権保護は新たな創造を阻害するという論点での
古典の名作の2次利用と、近現代の作品の2次利用は異なると指摘する。「古典と現代を混ぜてはいけない。近現代にあるものを改変したりパロディー化することは作品への侮辱。先人に学ぶというのは事実だが、学んだだけの敬意を払うべき」
という意見や、最後の
「文筆家や作家は、明日路傍に迷うことも覚悟の上で日々苦闘している。誰も助けてくれない壮烈な世界だと改めて言っておきたい。けんか腰の議論はしたくない。和気あいあいとおだやかに進めたい」
なんてのを読むと、松本零士は要するに「おれを保護しろ。他はいらん。」と言っているようにしか受け取れないんですがどんなもんなんでしょうか。あれか、今流行のオレオレ保護か!(←オレオレ言ってみたかっただけ)

そばやうどんは私にも作れると言うが、面白くなくてよければマンガ、小説だって誰でも書ける。
この辺に「作家は特別な存在なんだから尊敬しろ」的な肥大しまくった自我が透けて見えます。

また、2次創作についても全てが改変やパロディーしか存在しないと思ってるんでしょうか。
自分の描いた「銀河鉄道999」だって明らかに宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に着想を得たものに違いないのに。
さらに、近現代の作品をパロディ化するのは侮辱って、じゃあ古典のパロディは侮辱じゃないのか。古典作品は良くて近代作品はダメである理由が何一つ説明されてない。
これは要するに口汚く言えば「おれはパクってもいいけど、おれのはパクるな!」でしょうか。
ああ見事なジャイアニズム精神!

最後の意見などは、だから明日路頭に迷うかもしれないのはオメーだけじゃねーっつーの、
の一言で終わるのでは。そもそも「覚悟の上で」だったらなぜ保護を求めるんでしょう。
それ覚悟してるって言わないんじゃあ……。
路頭に迷うのがイヤなら今からでも遅くないので何か保障のある仕事に転職すればいいのに。

賛成派でも三田さんは基本線感情的だけど、でも著作権そのもののありかたまで
含めて色々考えられているようで、聞くべきところはあると思いました。

このシンポジウムに出席して直接聞いてきたわけではないので、ITMedia に
こうして記事化され載せられた段階で真意が捻じ曲がっている可能性は
もちろんあります。
が、それでもここ最近の松本零士関連ニュースを見ているとやはり
このおっさん相当香ばしいんじゃねーの?と思ってしまいます。
もっとまともに議論できそうな人を呼んだらいいのになあ。
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