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ハローワーク名古屋東 職員と失業者

2009-05-22 20:13:18 | 社会論
このたび結婚し、それと共に愛知県に転居した。

このためこれまでの職場を退職せざるを得なかったのだが、
今日、雇用保険を給付してもらう手続きに、ハローワークへ
行ってみた。



そこで私はかなり不愉快な思いをしたのだが、これは私の対応をした「窓口係個人」の問題なのか、「ハローワーク」という場所の問題なのか、それとも「愛知県」の県民性なのか???





受付や、相談窓口など、あれやこれやで4,5人の係の方たちと言葉を交わしたのだが、まず一様に



きちんとした敬語を使っておられない。



まるで、「小さい子の相手をしてあげている」風である。

「うん、うん、あ、それはね、これこれの書類をね、あちらのほうにだしてくれますか〜?あ、今日は免許証か何かお持ちかな??」

一見笑顔でとても優しく対応してくださっているかのようではあるが、一社会人を相手にこのような態度はどうであろう・・・





丁寧であることと、社会常識として初対面の他人への言葉遣いをきちんとすることとは別物である。

このハローワークの方たちの言葉遣いの丁寧さは、無知のものへの優しさなのか、あるいは無職のものへの優しさなのか?

いずれにせよそれは「上」あるいは「優位」なものと「下」あるいは「劣位」なものという対極の概念が働いているからではないのか。

少なくとも私はそのような感じ方をしてしまう。






昔アメリカにいた頃、アメリカ人から「アメリカではサービス業は客の方が下。その店があるからこそそのサービスを受けられる、という考え方」と聞いてカルチャーショックだったことがある。

同じように、このハローワークの方たちも、「お金を給付してあげる、あるいは求職の手助けをしてあげる我々が上」と思っているのだろうか。





そもそも市民はいざとなった場合このようなサービスを受けられるよう、あらかじめ税金を払っているのである。その時がきて、そのサービスを受けるのは当然のことであり、彼らの「親切」に頼っているのではない。事前に支払っておいた商品を「受け取っている」だけである。

また、そこで働いている彼らの給料を支払ってやっているのは我々市民である。



この不況の折、食に困らず安心して今暮らしているのはどうしてだと思っているのか。日々目の前にやってくる彼ら失業者たちがお金を払ったからである。
彼らは税金をきちんと支払い、公務員たちの安心を支えながら、自らは失業してしまっているのである。

このことをはっきりと認識していれば、間違っても自分たちが「親切にしてあげる」的な対応にはならないはずである。






実は、愛知県に転居して以来、このような体験は今日が3度目である。

その一つは、転入届の手続きをした市町村役場の職員の方たちであった。

彼らもまた、同じようにまるで小さい子に応対している幼稚園の先生か何かのようであった。






もしかすると、こういった話し方は愛知県の文化なのだろうか。

こういった話し方が、この土地では本当に「敬意と親しみを込めた、大人同士の間でも、よい話し方」なのか?

もしもそうであるなら、私の述べた批判は、愛知県の方々にとっては全く的はずれなものであり失礼なものだろうからお詫びしたい。



が、たとえば彼らは社内の上司や、大切な取引先の相手などにもこういった言葉遣いをするのだろうか?

そうとは考えにくいのだが・・・。実際、銀行や大手家具屋などでは決してこのような対応はされない。


だとすればやはり、このような子供扱い風の言葉遣いは「この土地の文化」ではないとおもうのだが。







皆様(特に愛知県のかた)のご意見をおうかがいしたい。
ジャンル:
社会
キーワード
ハローワーク 愛知県の文化 市町村役場 カルチャーショック サービス業
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