MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~基本的人権としての医療通訳とは~

通訳の原動力は恐怖?

2009-10-21 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
先週、がんの再発ケースの説明で病院に行ってきました。
いつもは患者さんの友人が通訳をしているのですが、
その通訳者がインフォームドコンセントに使う医師の専門用語に困って
日本人通訳である私に依頼をしてきたのです。

まず、病院に電話をかけて先日の説明がわからなかったので、
電話で再度説明してくださいとお願いしました。
当然ですが断られました。
ここでは診療報酬(電話ではとれない)と
(外国人の電話での問い合わせに課金する病院もあるようですが、
徴収に苦労していらっしゃるようです)
同時に個人情報保護の問題もからんできます。

個人情報保護法以降、電話での医療通訳がかなり制限されてきました。
病院としては「どこの馬の骨ともわからない通訳に病状説明などできない」
というのが本音だと思います。

なので本当は電話で通訳させてもらいたかったのですが、
医師は通訳同席でなければ説明はしないとのことで、
仕方なく同行しました。

個人的なことをいえば、土日も仕事をしているので
この日は2週間に1度の休日でした。
ゆっくり家で寝ていたかったのです。
でも再発に心を痛めている患者の気持ちを思うと、
やはり同行すべきと判断しました。

結果的に医師はきちんと1時間近く時間をとってくれて、
丁寧に(丁寧すぎるくらい)説明をしてくれました。
患者も友人の通訳者も医師の説明が理解できて、
顔合わせもできたので、
今後は電話での応対にも応じてくれるのではないかと思います。

もちろん交通費は自腹です。
高額の医療費のかかる患者には出す経済力はありません。
行きの一部は友人の通訳さんが出してくれましたが、
友人の通訳さんが出すのも変な話なので、
他はすべて自分で支払いました。

ではなぜ、私が医療通訳として同行したか?

誰もそのつもりはないとは思うのですが、
私はとても怖かったのです。

「患者についていける能力と時間があるのに、
ついていかないことで、人間としての道に外れているのではないか」
ということに。

誰も私を攻めはしないとは思うけれど、
何かあったらあの時ちゃんと通訳に行かなかったからだと後悔することに。

このとき私が同行に応じた原動力は何かに「脅されている恐怖」でした。
この感情は医療者の方には理解できないと思います。

結局同行して私自身はとても勉強になったし、患者も理解できたし、
医師も安心したし、よかったのですが、
最初に感じた恐怖は抜けることがありません。
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