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逮捕歴の検索結果「忘れられる権利ある」 地裁が削除認める

【出典:2016年2月27日 日本経済新聞】

 インターネット検索サイト「グーグル」の検索結果から、自身の逮捕に関する記事の削除を男性が求めた仮処分申し立てで、さいたま地裁(小林久起裁判長)が「犯罪の性質にもよるが、ある程度の期間の経過後は、過去の犯罪を社会から『忘れられる権利』がある」と判断し、削除を認める決定を出していたことが27日、分かった。

 検索結果の削除を命じた司法判断はこれまでにもあるが、専門家によると、ネット上に残り続ける個人情報の削除を求めることを「忘れられる権利」と明示し、削除を認めたのは国内初とみられる。

 決定は昨年12月22日付。決定などによると、男性は児童買春・ポルノ禁止法違反の罪で罰金刑の略式命令が確定。名前と住所で検索すると3年以上前の逮捕時の記事が表示されていた。

 男性の仮処分申し立てに対し、さいたま地裁が昨年6月、「更生を妨げられない利益を侵害している」として削除を命令。グーグル側がこの決定の取り消しを求め異議を申し立てていた。

 検索結果の削除を認めた司法判断は2014年10月の東京地裁の仮処分決定などがある。プライバシー権の侵害などを理由としており、「忘れられる権利」への言及はなかった。

 決定に対しグーグル側は再度不服を申し立て、東京高裁で審理中。コメントはしなかった。
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上昇相場に乗れぬパラジウム、都市鉱山が「増産」

【出典:2016年2月23日 日本経済新聞】

 貴金属のパラジウムの値動きがさえない。金やプラチナ(白金)が価格水準を上げるなか、連動せずに安値圏から抜け出せない。需要に底堅さはあるものの、じわりと増える自動車分野からのリサイクル供給が相場の上値を抑えている。パラジウムを多く使った自動車のスクラップは今後、増えると予想される。都市鉱山の“増産”が存在感を増している。

 ■貴金属相場が決める診療報酬

 虫歯の治療費が下がるかもしれない――。2月初旬、歯科材料の卸会社の担当者のもとに厚生労働省から書面が郵送された。4月から適用される診療報酬の据え置きを知らせる内容だった。しかし、数時間後、厚労省から2通目の書面が速達で届いた。「さきほどの通知は参考で、詳しい内容を再度お伝えします」という趣旨。速達を追うように同省の担当課から「3月中旬には決まりますので」と電話もあった。最初の書面の内容は誤りなのか。

 虫歯の治療に使う歯科材料について医療機関が受け取る診療報酬は半年ごとに改定か、据え置きか決まる。歯科材料の診療報酬は素材となる貴金属の相場動向が肝になる。例年ならば、方針は固まっている時期。卸会社の担当者は「(診療報酬を算出するための)計算を間違えたのかもしれないね。普通に考えれば、引き下げられる」と話す。

 ■上昇の波に乗れなかったパラジウム

 日本が祝日だった2月11日、ニューヨーク市場で金相場が急騰した。イエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が、世界同時株安に懸念を示し、追加利上げに慎重な姿勢を議会で証言したことを手掛かりにドル安が進んだ。11日は1トロイオンス1248ドルになり、前日から53ドル高。1日の上げ幅としては米連邦公開市場委員会(FOMC)が量的金融緩和策の縮小を見送った2013年9月19日以来の大きさになった。プラチナ相場も963ドルと前日比29ドルの上昇だった。

 しかし、金とプラチナは高騰したが、パラジウムは取り残された。11日は瞬間的に7ドルほど上げるも、すぐに売りが出た。終わってみれば横ばいの524ドルだった。

 パラジウムは14年に生産国、南アフリカ共和国のストライキを背景に上場投資信託(ETF)などを通じて投資マネーが流入。相場が急上昇して8月に900ドルを一時、超えた。供給が回復した15年に投資マネーは一気に退出。「投資による相場の下支えがなくなった」とICBCスタンダードバンクの池水雄一東京支店長は話す。2月11日の金やプラチナとの相場展開の違いは、投資需要の有無。今のパラジウム相場は投資マネーが減ったことで、実需動向をこれまでよりも反映しやすくなった。

 ■技術革新が生んだリサイクル供給増

 パラジウムの主用途はガソリン車の排ガス触媒。日米中のガソリン車需要は相場を動かす材料になる。足元の販売動向は悪くない。

 ただ、供給をみると、自動車向け触媒からのリサイクル量が最近になってじりじり増えている。15年は相場が下げ局面だったにもかかわらず、68トンに増加。業界リポートでは19年に100トン近くになると推計される。鉱山生産量の4割に相当する。

 リサイクルが増えた背景は、自動車メーカーによる技術革新。ガソリン車の排ガス触媒は以前は高価なプラチナが主流だったが、自動車メーカーがコスト削減を進める過程で相対的に安価なパラジウムへの切り替えを推進した。ここにきてパラジウムを多く使ったガソリン車が廃車の時期を迎えている。

 ガソリン車が売れるほど、将来のリサイクル供給は潤沢になる構図で、鉱山会社の業績はどこの会社もすでに厳しい。業界首位のアングロ・アメリカン・プラチナムは8日に15年12月期決算を公表した。プラチナ事業の採算が悪化して営業損益は赤字に転落した。南ア大手のインパラ・プラチナムの幹部は「資金を回転させるには、作るしかない」と現地での減産ムードは高まる様子がない。

 都市鉱山は今後、さらに供給を伸ばしていく。静かに市場のかく乱要因になっている。
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帝王切開でガーゼ放置 北九州、院長を告訴

【2016年2月15日 共同通信社】

 北九州市小倉南区の産婦人科医院で、帝王切開で出産した女性(33)の体内にガーゼが2週間以上放置されていたことが12日、分かった。手術した男性院長(63)が共同通信の取材に認めた。女性側は同日「後遺症で妊娠が難しくなった」として業務上過失傷害容疑で福岡地検小倉支部に告訴状を提出した。

 院長や女性の代理人によると、女性は2012年4月1日、帝王切開手術で次男を出産。その際、院長が止血で使った約25センチ四方のガーゼ1枚を取り出すのを忘れた。女性は退院後の同16日、腹部が痛み、搬送先の別の病院でガーゼを取り出した。ガーゼの周囲は化膿(かのう)していたという。

 告訴状によると、ガーゼの放置に伴い、腸と子宮が癒着し卵管の病気を患い、自然妊娠が難しくなったと主張。院長は「後遺症に関する責任についてはノーコメント」とした上で「確認を怠ってガーゼを体内に残してしまい申し訳ない」と謝罪した。

 女性は昨年6月、院長に損害賠償を求める訴訟を福岡地裁小倉支部に起こしている。
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旧ソ連製パラジウム流通 在庫が枯れる予兆か

【出典:2017年2月3日 日本経済新聞】

 旧ソ連時代に生産されたパラジウムが最近、日本で出回り始めた。重さ約3キロの地金の中央部には旧ソ連国旗のシンボルマークだったハンマーと鎌が刻印され「USSR」の文字。金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏は「倉庫の奥から運び出されたような印象」と遺物を表現する。

 パラジウムはガソリン車の排ガス触媒のほか、虫歯を削った後の穴を埋める歯科材料にも使う身近な貴金属。貴金属会社、石福金属興業(東京・千代田)の担当者は「去年あたりから頻繁に見かけるようになった」と話す。旧ソ連の崩壊は1991年。ロシアから仕入れるパラジウムに旧ソ連製が混在したという。

 世界で年間約200トン生産されるパラジウムは4割がロシア産だが、国内在庫の明確な統計は存在しない。2014年にロシアに次ぐ生産国、南アフリカ共和国の鉱山でストライキが起きた際は需給の先行きを読めずパニック的な買いが相場を急騰させた。

 今回の旧ソ連製地金の流通は偶然か、在庫枯渇の予兆か――。四半世紀以上前に旧ソ連で製造されたパラジウムが今、日本では虫歯の治療に使われている。
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【睡眠の都市伝説を斬る】第13回 もっと光を! 冬の日照不足とうつの深~い関係

【出典:2014年12月11日 日経ナショナルグラフィック】

 北国育ちの私にとって「冬にちょい寝坊する」のはごく自然なことである。早朝会議に遅刻しそうになることもあるが、冬の間は「雪かきに手間取っちゃって ^_^;」で切り抜ける。夏になれば朝起きも楽になるし。

「冬にちょい育つ」のもごく自然なことである。太った? なんてデリカシーのない質問にめげそうになることもあるが、冬の間は「イヤイヤ、着ぶくれ」で押し通す。夏になれば少し凹むし。

 北国に限らず、冬になると眠くて朝が辛い、体重が増える、という経験をしている方は少なくないと思う。我々が全国各地に居住する一般人約1000名を対象に行った調査でも、成人の10%で睡眠時間と体重に明瞭な季節変動が認められた。睡眠時間、体重ともに1月がピークで、8月が最低となる。この種の調査は世界各国で行われていて、人種、文化、南北半球に関わらずほぼ同様の結果が得られている。

 冬季に眠気や体重が増加するのと同時に、「人と会うのが面倒」「何事も億劫」など抑うつ症状が一緒に出現することがある。冬季うつである。秋口から始まって、春先には自然に改善するためそれと気付かず、「寒いから仕方が無い」と諦め、長年辛い正月を過ごしている方も少なくない。

 突然ですが、次のチェックリストに答えてみてください。

A.睡眠時間
B.人とのつきあい
C.全般的な気分の良さ
D.体重
E.食欲
F.活動性

変化なし(0点)
少し変化(1点)
中等度変化(2点)
かなり変化(3点)
極端に変化(4点)

変化の度合いについての具体的な数値はなく、回答者の印象で答えて良い。
A~Fの各項目の点数を合計する(最高点は24点)。

 読者の皆さんは何点だっただろうか。

 このチェックリストはSeasonal Pattern Assessment Questionnaire (SPAQ)と呼ばれ、気分や睡眠の季節変動の大きさを簡単に知ることができる。合計点が7点以下であれば季節変動が「正常範囲内」、8点~11点であれば「冬季うつの前段階」、12点以上は「冬季うつの可能性がある」とされる。

 先の私たちの調査でもSPAQを用いた。高緯度地方から低緯度地方まで広くカバーできるように北海道(札幌)、秋田県(秋田市)、千葉県(銚子市、習志野市)、鳥取県(鳥取市)、鹿児島県(鹿児島市、奄美市)の5道県7地域で調査を行った。

 冬季うつのハイリスク者(12点以上)の割合が一番高かったのは秋田(4.0%)。2番目が札幌(2.9%)。その他のエリアの平均は1.4%であり、いわゆる北国で割合が高いことが分かる。ところが例外もある。鹿児島県奄美市(調査当時は名瀬市)である。ハイリスク者の割合が秋田、札幌なみに高かったのである。秋田、札幌、そして南国奄美、共通項が何か分かりますか?

 答えは日照時間が短いこと。

 気象庁が作成した1981年~2010年までの30年間の観測値(平年値)によれば、秋田市の年間平均日照時間は1526時間で、都道府県庁所在地の中では全国で一番少ない。ちなみに全国平均は約1897時間、トップの山梨県甲府市では2183時間である。しかし日照時間を観測している全国の気象官署全体で比較すると、最も少ないのは山形県の新庄(約1323時間)、そして2番目が鹿児島県の奄美市(約1360時間)なのだ。ナゼ南国奄美で日照時間が短いのかというと、北からの冷たい気流と南からの暖かい気流が、ちょうど奄美群島や沖縄諸島付近でぶつかり、雲が多くなりやすいためらしい。

 とまれ、ここから分かるのは、冬に睡眠時間が長くなり、食欲が増え、気分が低下するのは緯度や寒暖ではなく、日照時間が短くなることが原因だという点である。少し込み入った話をすると、日照時間と日長時間のどちらが冬季うつの発症に重要であるのか結論は出ていない。日照時間と日長時間の違いは冬季うつのメカニズムにも関わる深~い話なので、次回改めて詳しくご紹介する。

 日光はどうやって私たちの睡眠や気分をコントロールしているのか? 疫学調査や生物学的医学研究から、その興味深いメカニズムの一端が明らかにされつつある。

 現代生活はさまざまな光に取り囲まれている。太陽光はもちろんだが、白熱電球、蛍光灯、LEDなど人工照明の光に満ちあふれている。日本人研究者3名が青色LEDの発明で今年のノーベル賞を受賞したことは記憶に新しい。最近はキャンドルも人気だそうな。

 これらさまざまな光の情報は網膜の光受容細胞で神経シグナルに変換され、その大部分は視神経を通って後頭葉の視覚野に向かう。すなわち「物を見る」ために使われる。これを光の視覚性作用と呼ぶ。普段、我々が光のありがたみを実感するのは、視覚性作用によって物の形、色、質感が分かることによる。

 物事の常で、視覚性作用があれば、非視覚性作用もある。光情報の一部は視覚野ではなく、その他の広範な脳領域に向かう。その出発点はやはり網膜に存在するメラノプシンと呼ばれる特殊な感光色素をもつ神経細胞(神経節細胞)である。メラノプシン含有細胞から出た神経シグナルは視神経の途中で分かれて視床下部の視交叉上核に向かう(網膜視床下部路)。

 視交叉上核に入った神経シグナルは、さらに他の視床下部や脳幹部にある重要な神経核に向かい、自律神経機能や気分の調節のほか、図に挙げたような多様な非視覚性作用を発揮する。すなわち、光は物を見ること以外にも我々の心身機能にさまざまな影響を及ぼしているのである。しかし我々が非視覚性作用を実感することは少ない。

【図:見えてるだけじゃダメ!】

 物体に反射した光は瞳孔を通過して網膜に至る。網膜の光受容細胞で神経シグナルに変換された光情報は、視神経を通り外側膝状体を通過して後頭葉の視覚野に向かう(視覚性経路)。一方、メラノプシン含有神経節細胞から出た神経シグナルは視交叉で分かれて直上にある視床下部の視交叉上核に向かう(網膜視床下部路)。視交叉上核は約24時間周期の体内時計シグナルを発振する神経核として有名だが、非視覚作用の中継核としても重要な役割を果たしている。

 冬になって曇天が続いたり、北国のように日照時間が短くなっても、室内照明もあるし生活に不便なし! そのような考えは大きな誤りである。物を見るには十分な明るさでも、非視覚性作用にとっては不十分、真っ暗闇、という場合もあるのだ。少なくとも日照の季節変動に過敏な人々にとっては、冬季の日照不足が眠気やうつなど心身の不調の原因になっている。極端に日照時間が変動する極地圏では一般生活者の生殖活動にすら季節変動が認められるとのレポートもある。逆に、盲目の人でも網膜視床下部路が正常に働いて非視覚性機能が保たれている場合もある。

 以上をプロローグとして、次回から冬季うつを引き合いに光環境が我々の心身に及ぼすユニークな作用やその対処法についてもう少し詳しくご紹介する。

 ちなみに「もっと光を!(Mehr Licht!)」という実にベタなタイトルについてご説明すると、死の床にあったゲーテを安静にするため召使いが窓を閉めて部屋を薄暗くしていたところ、少し元気になったゲーテが「もっと光が入るように、寝室の窓のシャッターを上げてくれ(Mach doch den Fensterladen im Schlafgemach auf, damit mehr Licht herein komme.)」と語ったのを、後年の伝記作家が現在のように書き直したのだとドイツ語学者の信岡資生氏は指摘している。

 薄暗い部屋でゲーテも気分が滅入ったに違いない。「もっと光を!」を「さらなる啓蒙を」という意味に捉える向きもあるようだが、信岡資生氏の解釈の方が私にはしっくりくるのである。
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【睡眠の都市伝説を斬る】第14回 もっとバナナ を! 冬季うつの自己治療

【出典:2014年12月25日 日経ナショナルグラフィック】

 冬季うつに関するインターネット上の記事を見ると、押し並べて「冬の日照不足→うつ気分、過眠、過食→日光で改善」というストーリー展開である。このシナリオは間違いではないが、それだけでは冬季うつ、ひいては日光と健康との関係を考える上で深みがなく残念である。冬季うつの病因や治療についてもう少し掘り下げてみよう。

 確かに冬季うつは日照時間が短くなる冬に発症することが多く、高緯度地域すなわち北国に多いのは事実である。しかし前回、鹿児島県名瀬市(現在の奄美市)の例でご紹介したように低緯度地域(南国)でも天候不順がちの場所では発症率が高くなる。

 また、春先にいったん症状が改善しても、梅雨に再燃することもある。更に言えば、春でも夏でも天候次第で気分が悪くなることがある。とすれば、いったい冬季うつとはなんぞや? その回答は以下の通りである。

 冬に特異的に発症するうつ病なのかと問われれば、答えはNO。

 冬に症状が悪化する可能性の高いうつ病なのかと問われれば、答えはYES。

 すなわち冬季うつの冬季とは冬に症状が出現しやすいといった程度の意味合いなのだ。

 冬は曇天日が多くうつ症状が日々連続して出現するため不調(疾病)として認識されやすい。冬以外でも気分不良は感じることがあるが単発であることが多く、症状も軽めであるため生活に大きな支障が生じない。しかし、この天候に依存した気分の変わりやすさこそが冬季うつの本質的な問題なのである。

 ここにメルボルンの研究者であるLambertらが行った興味深い研究がある。彼らは101名の健康ボランティアを集め、首の奥にある動静脈から血液を採取して脳内でのセロトニン利用率(代謝回転)の季節変動を算出したのだ。この研究が行われた2000年当時は、このような凄まじい方法をとらなければ脳内のセロトニン利用率は正確に測定できなかったのだ。彼らの努力の結果判明したのは健康な人でも冬に脳内セロトニン利用率が顕著に低下すると言うこと。

 その後、PET(positron emission tomography:陽電子放出断層撮影)を用いた先端的研究により、冬に脳内のセロトニン神経機能の活動が低下することが確定した。

 セロトニンはうつ病の発症に関連する神経伝達物質として有名だが、うつ病の中でもとりわけ冬季うつと密接な関連がある。セロトニン神経機能の低下は気分の悪化だけではなく過眠や過食の原因になり、まさに冬季うつの症状に合致するからである。健常人でも冬に食欲が増し睡眠時間が長くなる背景にはこのような脳内セロトニン機能の季節変動が関わっているのである。

 先のLambertらの研究ではもう1つ大事な発見があった。脳内セロトニン利用率は気温や降雨量などとは関係せず、日照時間、とりわけ「検査当日の朝の日照時間」と強く関連していることが明らかになったのである。

 このデータが意味するところは大きい。太陽光はその日のうちに(おそらくわずか数時間のタイムラグで)脳内セロトニン機能を調整している可能性が高まったからである。これが本当であれば、梅雨時に冬季うつ症状が再燃したり、例え夏でも天候に気分が左右される現象が容易に説明できる。いや、我々だって朝から天気がドンヨリしていると気分も沈み込むではないか。あれは曇天や雨という視覚や心理作用だけではなく、非視覚性作用の産物でもあるのだ。

 日照時間が脳内セロトニン機能を調整するメカニズムも徐々に明らかになってきた。目から入った光刺激は脳幹部にある「縫線核(ほうせんかく)」という神経核(神経細胞の集まっている場所)に到達する。この神経核はセロトニンを合成して全脳に幅広く分布させる役割を担っていて、光はその活動を活発にさせるのだ。日照による気分のアップダウンはこの神経回路を介して調整されているらしい。

 冬季うつには人工的な高照度光を浴びる光療法が有効で、6~7割の患者さんに効果がある。冬の日照不足を補うというシンプルな発想から生まれたユニークな治療法で、ご存じの方も多いだろう。光療法には欠かすことのできない大事なパートナーがいる。セロトニンを生成するための原料となる必須アミノ酸、トリプトファンである。

 必須アミノ酸とは、体内で合成できず栄養分として摂取しなければならないアミノ酸のことで、トリプトファンも9種類ある必須アミノ酸の1つである。したがって食事中のトリプトファンが不足するといくら日照や人工光で刺激しても縫線核内で十分量のセロトニンが合成できなくなり、光療法の効果が発揮されないのだ。

 たとえすでに光療法の効果がでている患者さんでも、トリプトファンが含まれない食事に切り替えるとわずか24時間で血中トリプトファン濃度は著しく低下し、同時にうつ症状が再燃してしまうことも分かっている。トリプトファンは次から次へとセロトニンを合成するのに使われるため、在庫を溜め込むことはできないのだ。

 トリプトファンはバナナやプロセスチーズ、豆乳などに多く含まれる。栄養バランスのよい食事を摂っていればトリプトファンが不足することはない。しかし脳内セロトニン機能が低下している冬季うつの患者さんは、できるだけ多くのトリプトファンを体内に(そして脳内に)取り込むために無意識のうちにある行動を取るようになる。それは「甘いもののドカ食い」である。

 通常、うつ状態では食欲は低下する。しかし、冬季うつの患者さんはひどく甘い物を欲しがり、体重が増加する。1日中チョコレートを手放せない、夜間に菓子パンを大量に食べてしまうなどの不思議な症状がみられる。甘い物(糖質)、すなわち炭水化物をとることがセロトニンとどのように関係するのだろうか。

 食物から摂取されたトリプトファンは血液で脳まで運ばれる。トリプトファンが血管内から脳内にどれだけたどり着けるかは、血管壁を乗り越える時の競争相手であるその他のアミノ酸(チロシンやロイシンなど)との濃度比に大きく左右される。専門的な説明は割愛するが、炭水化物を摂取すると膵臓から分泌されるインスリンの影響で血中のトリプトファンの比率が高まり、脳内にたどり着く割合が増加することが明らかになっている。

 一言で言えば、甘い物を食べると脳内のセロトニン濃度が高まるのである。しかも数時間のうちに。したがって、冬季うつにみられる炭水化物の欲求は、無意識的に行っている自己治療行動self-medicationであるとも言える。先に紹介したLambertらの研究と合わせて考えると、朝に炭水化物をしっかり取って、日照を浴びると午前中に気分が回復するのに効果的であることが分かる。

 実際、冬季うつの患者さんに糖質リッチな食事を摂らせると、高タンパク食摂取時に比較して活力と多幸感が増大する。間接的に抗うつ薬であるSSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)を服用しているようなものだ。女性がイライラしているときに甘味を求めるのも似たような機序ではないだろうか。

 今日はクリスマス。辛いことがあった人、寂しい人は、昨晩のクリスマスケーキに引き続き、今日もバナナケーキを食べてハッピーな気分になりましょう。メリークリスマス!
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【睡眠の都市伝説を斬る】第15回 光は「いつ浴びるか」より「浴びた量」 冬季うつのメカニズム

【出典:2015年1月8日 日経ナショナルグラフィック】
(註:図表はテキスト文字用に一部の内容を改変編集)
(ここの記事からの再転載は要注意)

 旧年の話題で恐縮だが、2014年の冬至は12月22日であった。今年は冬至と新月が重なる19年に一度の朔旦冬至(さくたんとうじ)で、昼夜を通して最も明かりが少ない1日らしい。これ以降は明るくなるばかりということでお目出度い日とされているらしいが、暗いのが苦手な冬季うつの方にとっては迷惑この上ない。縁起物のカボチャはトリプトファンをたっぷり含んでいるので、日光浴と合わせて冬を乗り越えていただきたい。

 これまで2回にわたり日照時間の話ばかりしてきたが、実は冬季うつの発症に「日長」と「日照」のどちらが大事か? というかなりマニアックな科学論議がされてきた。この2つの違い、お分かりですか?

 日長時間とは日の出から日没までの時間である。一方、日照時間は1日のうちで「直達日射量」が120W/m2以上になる時間と定義される。ざっくりと言うと直射日光で物の影ができる程度の日差しが出ている時間である。日長時間と日照時間は概ね比例するが、もう1つ日照には「量」という考え方がある。日照時間は同じでもお天気次第で日照量は大きく異なってくる。

【図】

 日長時間は日の出から日没までの時間、日の出時刻は太陽の上縁が地平線(水平線)から現れる時刻、日没時刻は太陽の上縁が地平線(水平線)に隠れる時刻。ちなみに、「昼」とは夜明けから日暮れまで。夜明けとは日の出前の薄明が始まる時刻(太陽の俯角が7度21分40秒)で日の出の約36分前。日暮れとは日の入り後の薄明が終わる時刻(太陽の俯角が7度21分40秒)。


 冬季うつは高緯度地域でよく発症することが疫学調査ではっきりしたので、当初は日長時間の大きな季節変動が主な病因と考えられていた。緯度が高くなるほど日長時間の季節変動が大きくなるからだ。日長時間は夏至で最長、冬至で最短となり、札幌では4時間半もの変動が生じる。

 冬季うつに有効な高照度光療法も朝と夕方に数時間ずつ太陽光に近い強い光を浴びる、すなわち夏季の「日長時間」をシミュレートするという極めて単純な発想から始まった。人工光でニセの日の出と日没をでっち上げ、脳と体を夏と勘違いさせようというのである。ジョークのようなその試みは大成功した。1980年代初めのことである。速効性があり、治療効果の大きい患者さんでは数日でうつ症状が改善する場合もある。

【図:高照度光療法】

 ・ポータブル型光療法器
 ・光照射ルーム
 ・屋外光採光コーナー

 高照度光療法とは一日の特定の時間帯に数千~1万ルクスの強い人工光を浴びる治療である。光が網膜にしっかり届くように正面から目で見るのがポイント。光療法は冬季うつ患者の6~7割で効果が見られる。卓上型の照射器が一般的であるが、最近ではLED光源を用いた照射器も販売されている。数千ルクスの高照度光を浴びられる光照射ルームもある。


 実際、日長時間の季節変動は多くの生物の行動に大きな影響を及ぼしている。例えば、動物では渡り、回遊、生殖などが、植物では花芽形成、落葉などが日長時間に応じて特定の時期に精確に生じており、このような現象を「光周性」と呼ぶ。

 光周性のメカニズムもかなり詳しく解明されていて、メラトニンがその鍵を握っている。メラトニンは体内時刻を体中に伝えるホルモンだが、別名Dark hormone(暗闇を伝えるホルモン)とも呼ばれる。というのも、メラトニンは昼にはほとんど分泌されず夜になると活発に分泌される特徴があり、日長時間に応じて分泌時間が変動するためだ。鳥やネズミなど多くの動物は日長時間をメラトニンの分泌時間の長短という信号に変換して季節を感知しているのだ。

 さて、人でも日長時間を通じて季節を感知する能力が残っているのであろうか?

 残念ながら、一般人ではその能力はだいぶ弱くなっているようだ。ワシントンD.C.の郊外にあるベセスダに居住する健康成人を対象にした調査では、夏と冬でメラトニンの分泌時間にまったく差が見られなかった。ベセスダは北緯38度53分、日本だと新潟や山形あたりにあり、それなりに日長時間の季節変動は大きい。

 なぜ人で日長時間の感知能力が衰退したかその原因は分かっていない。現代生活では人工照明が発達したため、日長時間の季節間差が乏しくなっているからであろうか。低緯度地域で進化の初期を過ごした人類が、その後に高緯度地域に移動していく際に、季節を感知できない人間の方がより多く生き残れたという説を唱える研究者もいる。

 ところが、である。どうやら冬季うつの患者さんではこの季節感知能力が残存しているらしいのだ。同じベセスダに居住する患者さんで調べたところ、夏と冬でメラトニン分泌時間に明瞭な差があったのだ。しかも、である。冬の分泌時間には健常者との間に差が無く、夏の分泌時間が有意に短くなっていたのである。

【図:冬季うつは環境光の季節変動に敏感】

 冬季うつの患者さんでは夏にメラトニン分泌時間が短縮している。冬の分泌時間は健常者と患者さんとの間に差は無い。Wherら(2001)から改変して引用。


 日照不足で発症することから光に対する感受性が低下しているイメージがあったが、むしろ敏感であったのだ。光に過敏であることが何故にうつ症状をもたらすのか詳細は不明である。しかし、秋から冬にかけての光環境の落差が何らかのトリガーを引いて、気分や食欲、睡眠に関わるセロトニン神経機能の低下をもたらしていると考えられている。

 次に、日長時間や日照時間よりも、日照量が少なくなるのが問題なのではないかという意見が医療現場から湧き上がってきた。いくら夏の日長時間をシミュレートするのが効果的とはいえ、慌ただしい朝夕に数時間も光療法器の前に座っているのは大変である。もう少し負担を減らす方法はないだろうか。これが患者さんと治療者の悩みであった。そのため、朝だけ、昼だけ、時間があるときに行う、などさまざまな変法で光療法が行われるようになった。

 その結果、光療法の時間帯を変えても効果に違いが無いのではないか? そのような印象を持つ治療者が増えていった。冬季うつが広く知られるようになった1980年代後半、私は新米精神科医として秋田で診療をしていた。冬季うつの患者さんをおそらく日本でも最も多く診察していたと思うが、やはり同じような印象を持っていた。「いつ浴びるか」より「浴びた量」だと。

 1990年代に、さまざまな時間帯における光療法の効果検証試験が多数行われた。体内時計(生体リズム)に及ぼす影響は光を浴びる時間帯によって大きく異なるため、どの時間帯の光療法が最も有効であるか知ることは冬季うつの病因論にもつながる関心事でもあった。

 これまでのデータを総合すると、日中いずれの時間帯で行っても光療法の効果はほぼ同等であることが判明している。朝の光療法がベターだという意見もあるが、実際にはさほどの違いはない。光療法の時間に制限がないことは治療を受ける側から見れば福音である。ちなみに夜の光療法はダメ。体内時計を大幅に夜型にしてしまうし、そもそも眠れなくなる。

 光のタイミングよりもむしろ光の量の方が重要だとして、光療法にはどのくらいの強さの光が必要なのだろうか。一般的には2500~1万ルクスの高照度光を用いる。大まかに言えば、照度X(かける)照射時間に比例して治療効果は高くなる。1万ルクスの光を1時間程度浴びると確かな効果が得られる。日常生活で浴びることのできる光照度の目安を付けたので参考にしていただきたい。

【図:日常生活における照度】

 ・100,000ルクス=晴れた日の屋外(自然光)
 ・10,000ルクス=曇りの日の屋外(自然光)
 ・5,000ルクス=雨の日の屋外(自然光)
 ・1,000ルクス=一般のオフィス照明
 ・500ルクス=一般の住宅照明
 ・300ルクス=地下街
 ・100ルクス=間接照明を用いた部屋

 曇天でも屋外であれば1万ルクスの照度が得られるが、視線の方向で目に入る光量は大きく変わる。できるだけ明るい日差しの方向を眺めよう!


 以上ご紹介してきたデータは何を意味するのであろうか。まとめてみよう。

 まず、冬季うつの患者さんは光に対して敏感らしい。結果的に日長(日照)時間や日照量の季節変動を感知する能力が残っており、むしろ敏感に反応してうつ症状や過眠過食が発症していると考えられる。光環境のどの要素に反応しているのか。これはまだ不明な点もあるが、日照量の減少が大事な役割を果たしていることは間違いなさそうだ。

 ちなみに冬季うつは病気なのか? という質問を受けることがあるが、冬季うつは間違いなくうつ病の一型である。精神疾患の国際診断基準でも気分障害の季節型、季節性感情障害などの診断名が明記されている。本稿ではもう少し馴染みやすい通名である冬季うつという名前を用いた。先にご紹介したように健常人でも気分や食欲、睡眠に季節変動が見られるが、冬季うつではさらに変動が大きく日常生活に支障が出るほどになる。そのような段階に至った場合、病気として診断される。

 冬季うつ病の患者さんはどのくらいいるのだろうか。米国で行われた面接調査では「それまでの人生で罹患した人の割合(生涯有病率)」が0.4~1.0%、より高緯度のカナダでの調査では約3%であった。同じ時期のカナダのうつ病(大うつ病)の生涯有病率が26%なのでうつ病の1/10が冬季型であると試算されている。第13回でご紹介した簡易診断スケールであるSeasonal Pattern Assessment Questionnaire (SPAQ)を使った調査では「調査時に罹患している人の割合(時点有病率)」は北国で3~4%、全国平均では1%であった。冬季うつは決して稀な疾患ではない。今そこにある病気なのである。

 冬季うつの発症メカニズムや光感受性の分子メカニズムなどについて現在も精力的に研究が進められている。冬季うつで悩む方に少しでも早く朗報が届けられるよう私たちも微力ながら頑張っている次第である。

 今年も睡眠の都市伝説をバサバサと斬って参ります。お楽しみに。

 皆様にとって新年の日差しが明るく暖かいものでありますように。
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第1回 遺伝か環境か、それがモンダイだ【「研究室」に行ってみた。 行動遺伝学・教育心理学 安藤寿康】

【出典:2012年1月23日 日経ナショナルグラフィック】

 高校の同窓に一卵性の双子がいて、それぞれ違う時期に親しかった経験がある。

「弟」は、快活でひょうきん者。マニアックなアメコミ系のコミックを貸してもらったのを覚えている。「兄」は、ニヒルな笑い方が印象的なクールガイ。これまたマニアックなプログレ系のアナログレコード!(そういう時代だったのです)を貸してくれたっけ。

 一卵性双生児だから容姿は似ているのだが、個性の違いは際立っており、見分けられた。性格だけでなく、趣味も「マニアック」という部分は共通しつつ、違う分野をカバーしていたから、きょうだいで「役割分担」「棲み分け」しているのかな、とぼくは解釈していた。結果、似ていない双子になったのだ、と。

 ところが、それが「一卵性にしては」という前提のもとでの話だと痛感したことがある。ニヒルなはずの兄が、たまたま無邪気に笑っている場面に出会い、ぼくは弟の名で呼びかけた。するととたんに表情が変わり、やれやれ、とばかりに「人違い」である旨を告げられた。

 双子を見るたび、彼らのことを思い出す。

 思春期以降、独立して別々に行動することが多いだろうから、ぼくの目に入る一卵性双生児は、たいてい親につれられた子どもだ。彼ら、彼女らは、やがてどのような個性を花開かせていくのだろう。同じ遺伝子を持ちながら、違う環境に出会い、違う経験をし、違う性格や趣味を獲得するだろうし、それは長じるにつれて際立っていくだろう。それでもやはり、普通はありえないほど似ている者たちとして、一卵性双生児は特別だ。

 以上、双子と聞いて、ぼくがすぐ思い出すことや、考えること、である。

 そして、本題。

 こういった雑駁な思いを喚起する背景にあるものをきっちり論理的に突き詰めていくと、行動遺伝学という専門分野で「双生児法」と呼ばれる研究手法にいきつくらしい。

 慶應義塾大学文学部で教育心理学と行動遺伝学を専門とする安藤寿康教授は、まさにその「双生児法」の第一人者だ。

 研究の目標は、「遺伝と環境が、人間にどう影響しているのか」を解明すること。

 いわば「生まれと育ち」の問題だ。古くて新しい、いわば永遠のテーマである。それを、双子たちを観察することで、知ることができるという。

 慶応大学三田キャンパス近くのマンションの一室にある、首都圏ふたごプロジェクトの研究室で、安藤教授のお話を伺うことになった。

 研究室には、いくつものDVDプレイヤーとパソコンモニタなどがところ狭しと並べられ、天井を見上げると万国旗のように、研究にかかわっているかわいらしい幼い「双子ちゃん」たちの写真が並べられていた。パソコンモニタのいくつかは、「双子ちゃん」たちの家庭を訪問した時や、慶応大学の研究室で行動観察に参加してもらった時の映像が流されており、あるものはダビング中、あるものは、研究員による行動の分析中、なのだった。

 最初に避けて通れないのは、なぜ、双子の研究で、「遺伝と環境は、人間にどう影響しているのか」を解明できるのか、理解することだ。

 ここを押さえておかないと、「双生児法」の研究が意味するものがわからない。

 安藤さんは、穏やかな語り口で説明してくれた。

「双子には、一卵性と二卵性がありますよね。一卵性双生児は遺伝子が100%同じですが、二卵性だと、これはふつうのきょうだいと同じで平均50%になります。ですから、両方のタイプの双子を集めてきて統計的な差を検討することで、パーソナリティをはじめ色々なことに遺伝や環境がどれだけ影響しているか調べることができるんです」

 と説明をうけて、ぱっと理解できる人は、統計解析の経験がある人だと思う。なぜ、一卵性と二卵性の双生児を観察することでそこまで言えるのか、ぼくなりに整理すると、まず前提として──

●一卵性双生児は遺伝子はまったく同じで、育った環境も同じ。

●二卵性双生児は遺伝子は半分だけ同じで、育った環境も同じ。

 ということが大事。

 遺伝か環境か、という問いを立てた時、一卵性と二卵性の双生児で違うのは、遺伝子の部分、だけなのだ。

 ここでは遺伝と遺伝子を完全に同一視するみたいに響く書き方になってしまうけど、厳密さはちょっと脇に置くことにする。

 その上で、環境というのはどういうものを指すかというと──、まず最初にあるのは胎内環境であり、次いで家庭環境だ。胎児の頃は環境といえば子宮内のことだろうし、乳児のあいだ、生活環境の多くが家庭環境といえるだろう。その後、年齢が上になると、生活空間が多様化し、同じ双子といえども、違った環境で違った経験をすることが増える。学校、職場、さらには個々人が築く家庭などなど。なお、なんらかの事情で、別の家庭で育てられる双子もいるであろうが、安藤さんの研究の対象にはなっていない。

 さて、こういった前提を押さえた上で、双生児法と呼ばれる安藤さんの研究の手法は、こんなかんじ。

「一卵性と二卵性の双子の組をたくさん集めて、空間能力や言語能力といった一般知能(IQ)や、パーソナリティについて比較するわけです。例えば知能テストをして、一卵性の双子と二卵性の双子とのあいだで、それぞれスコアがどれだけ類似するか求めます。もしも遺伝要因があるなら、100%遺伝子が同じ一卵性の方が、50%の二卵性よりも、強く類似すると想定できます。逆に、同じ家庭で育った環境の影響だとしたら、一卵性でも二卵性でも変わりなく出てくるはずですから」

 安藤さんの説明は、今世界中で行われている同種の研究の基本的な着想の部分だ。本当は、より正確な結論にたどり着くために、ややこしい統計的処理をしなければならないことが多いわけだが、我々はこの「考え方」の基本の部分を理解していればいいだろう。

 もっとも、この説明だけだと、「同じ家庭で育つ双子でも、完全に同じ環境に置かれているわけではないのではないか」と疑問を持つ人もいるかもしれない。実際のところ、双生児法の研究では、当然、そのことも考慮して分析されると、申し添えておく(ここでの説明はすごく単純化しているのです)。

 その上で……印象的な関連エピソードをひとつ。「遺伝子は同じで、育つ家庭も同じ、一卵性双生児なのに、違う環境に置かれ、違う経験をする」具体例として、安藤さんにはこんな体験があるそうだ。

「研究に協力してくれている家庭で、すごくハンサムな男の子の一卵性双生児がいたんです。もちろん、そっくりなんですが、でも一方のほうが紙一枚、微妙に、よりハンサムなんですよ。そうするとね、女の子達がみんな「こっちの方がいいよね」みたいに言う。単体で出てくれば両方ともすごいイケメンなんだけど、2人いるばっかりに片方には日が当たらないんです。もう可哀想になっちゃうくらいで──」

 これはまさに、遺伝子が同じなのに、経験が非対称になってしまう例であり、直観的にも、人格形成に影響する気がしてならない。また、こんなにあからさまではなくとも、どちらかを「兄・姉」「弟・妹」として、便宜上、長幼を決めることすら、双子にとって環境の違いになるかもしれない。

 それでは、遺伝と環境が、人の性格や能力にどの程度の影響を及ぼしているか。それを見ていこう。

安藤寿康(あんどう じゅこう)

 1958年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部教授。教育学博士。専門は行動遺伝学と教育心理学。遺伝と環境は、人間にどう影響しているのか、科学的な解明を目指して研究を続けている。主な著書に『遺伝マインド』(有斐閣)、『遺伝と教育――人間行動学遺伝学的アプローチ』(風間書房)、『心はどのように遺伝するか――双生児が語る新しい遺伝観』(講談社)などがある。

川端裕人(かわばた ひろと)

 1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、感染症制圧の10日間を描いた小説『エピデミック』(角川文庫)、数学史上最大の難問に挑む少年少女を描いたファンタジー『算数宇宙の冒険・アリスメトリック!』(実業之日本社文庫)など。ノンフィクションに、自身の体験を元にした『PTA再活用論 ──悩ましき現実を超えて』(中公新書クラレ)、アメリカの動物園をめぐる『動物園にできること』(文春文庫)など。サッカー小説『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン──銀河のワールドカップ・ガールズ』(ともに集英社文庫)は、4月よりNHK総合で「銀河へキックオフ」としてアニメ化される。
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第2回 「知能指数は80%遺伝」の衝撃【「研究室」に行ってみた。 行動遺伝学・教育心理学 安藤寿康】

【出典:2012年1月24日 日経ナショナルグラフィック】

 安藤さんの研究だけでなく、世界中の双生児研究で明らかになってきた一般的な大原則をひとつだけ取り上げるとしたら、こうなる。

●遺伝の影響はあらゆる側面にみられる。

 これはもう、確立した一般法則と言って良いほど繰り返し観察され、「事実」であると多くの研究者が思っているそうだ。

 安藤さんの著書『遺伝マインド』(有斐閣)で挙げられている図表を単純化して紹介するので、じっくりと眺めてみてほしい。性格にまつわることや、能力にかかわることなど、すべてに程度の差こそあれ遺伝の影響があることが分かるだろう。

 どうやってここまで分かるようになったのか、「遺伝と環境」をめぐる研究史をふりかえりつつ、理解していこう。

「わたしがやっている双生児法の研究は、オリジナリティなんてないんです」と安藤さんは笑いながら言う。

「学説史的にいえば、古くは19世紀、チャールズ・ダーウィンの従兄で、生物統計学の祖のひとり、フランシス・ゴールトンがすでに双子に興味を持っていました。その頃はまだ一卵性と二卵性の区別がなかったので、血縁者はこんなに似ていて、特に双子はこれほど似ている、とかやっていたわけです。のちに集団遺伝学や育種学につながっていく研究です」

 フランシス・ゴールトンといえば、人間の才能が遺伝によって受け継がれると主張した人物で、はじめて「優生学(Eugenics)」という今日、きわめて評判の悪い言葉を使い、広めたことでも知られている(なお、当時、遺伝子は発見されていなかった。念のため)。しかし、彼が晩年につくった研究所と教授職は、優生学を大テーマにしつつ、ピアソン、フィッシャーといった現代の統計学を形作った天才たちを輩出した。これは本当にすごいことだ。目下、彼らが基礎固めした統計学は、その道具なしにほとんどの分野で科学論文も書けないほど重要な位置を占めている。ピアソンが統計学を「科学の文法」と位置づけたのは、実に慧眼であった。

 なにはともあれ、双子研究に話を限ると──

「一卵性と二卵性の区別をした上での観察は、20世紀の前半、1920年から30年代ぐらいには方法論としてはできていました。まずはドイツで、これはもちろんナチスなんですけど、人種政策に反映される優生学の基盤になった残念な研究。それから1940年代ぐらいからアメリカでも研究が始まります。特に1970年代以降、行動遺伝学会というのができて、テキストもたくさん書かれ、一つの学問領域として確立されました」

 初期の双子研究が、優生学やナチスの人種政策、優生政策に寄与した、というのはとても重要な論点。安藤さんも、常に、どう相対するか、どうすれば乗り越えられるか、考え続けているという。ただ、それについて詳しく語ろうとすると、単純には済まない。というか、本一冊書いても足りないだろうし、ぼくにその能力もない。この種の研究が「悪用」されてしまいかねないダークサイドの面について留意しつつ、今はこの流れのまま、安藤さんと行動遺伝学との出会いに進みたい。

 ちなみに、安藤さんは、教育学の学生として、最初は「遺伝よりも環境こそ大事」とする、「ピッカピカ」の環境派だったという。

 「バイオリンのスズキ・メソードってあるでしょう。創始者の鈴木鎮一は、我が国が生んだ幼児教育の天才だと思うんですね。それこそモンテッソーリやペスタロッチといった人達と同じレベル。子どもの頃から母語を話しかけるのと同じように、周りでバイオリンを弾いて遊んであげる。そして、超一流の作曲家の曲を超一流の演奏家が演奏するのをいつも聞かせてやれば、美しい心が子どもの中に育っていくという、すごく楽天的な考え方。でも実際、天才しか弾けないと思われていたバッハやビバルディのコンチェルトを6歳、7歳のどこにでもいる子どもに弾けるようにさせてしまったわけで。彼の言い分を聞くと、環境を完璧にコントロールできたら、どんな能力でも育っちゃうんじゃないかと思えたわけです」

 ちなみに、スズキ・メソードのスローガンは、「どの子も育つ 育て方ひとつ」「人は環境の子なり」だそうだ。安藤さんはこれをアカデミックに基礎づけたいと思って、大学院に入ったという。まさにピッカピカの環境派、である。

 しかし、大学院での指導教官だった教授から行動遺伝学の本を紹介され、衝撃を受けた。

「アメリカは、遺伝か環境か、生まれか育ちか、っていうのが、人種問題と絡めてホットな話題になる国です。ソビエトに人工衛星の打ち上げで先んじられたスプートニクショックで、科学教育が重要ということになって、低所得層、マイノリティの教育の底上げが始まります。『ヘッドスタート計画』といって、テレビの教育番組、セサミストリートもそこから生まれました。そんな中、ちょうど1970年頃、ジェンセンという心理学者が、実は知能指数IQは遺伝によって80%決まっているんだと、双子の研究で明らかにしたんです。黒人と白人との間にはかなり大きな遺伝によるIQの差がある可能性を述べた論文を出して、社会的大事件になって。それについての本と、それに対する批判の本っていうのが、ちょうど日本の翻訳書として出ていたんです」

 1970年代は、行動遺伝学や双子研究にとっては冬の時代。人種差別の学問というレッテルをはられて、挽回するために費やした10年だったという。政治的な批判にこたえるのはもちろんのこと、方法論的な問題もひとつひとつ洗練させていった。

 例えば、当初は別々に育った双子の研究が目立ったそうだ。別々に育ったのに、一卵性双生児はかくも似ているといえば、「すべてが遺伝で決まる」かのようなセンセーショナルな解釈をされやすい。環境の違いを軽視する(遺伝を強調する)方向にバイアスがかかるかもしれない。また、倫理的にもどうか。この問題をクリアした、緻密な双子研究が始まり成果が出始めたのが、安藤さんが大学院に入った1980年代頃だという。

「もともと環境によってこれだけ変わるという研究をしたかったのに、あらゆることに遺伝の影響が入ってるっていう論文ばかりなわけですよ。で、考えてみりゃ当たり前じゃないかと。人というのは遺伝子の産物なんだから、遺伝の影響が現れてくるのは当然なのに、社会科学では結局ナチス以来のタブーのベールに覆われてしまっている。これはむしろ、知的に不誠実だと感じたんです」

 というわけで、安藤さんはピッカピカの環境派から方向を修正し、「遺伝と環境」の影響の仕方を見る行動遺伝学を学んでいくことになる。しかし、80年代当時の日本では、この手の研究はまったく人気がなかったそうだ。

 「10年間やったら第一人者になれると先生に言われたんですけど、それは、要するに人気がないし、敬遠されている、と。そして、確かに第“一人者”(ひとりもの)になった。文字通り一人しかいないから(笑)。40歳ぐらいになるまで、国際学会に行っても、日本人はわたしだけでした」

 というような恵まれない状況の中、予算もほとんどなく、安藤さんの最初の双子研究は、安藤さん自身の配偶者がたまたま一卵性双生児だったこと、そして、知り合いのつてを辿って4、5組の双子を集めて行ったささやかなものになったという。

 流れが変わったのが、20世紀も終わろうかという1996年のこと──。
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第3回 パーソナリティも遺伝で決まる?【「研究室」に行ってみた。 行動遺伝学・教育心理学 安藤寿康】

【出典:2012年1月25日 日経ナショナルグラフィック】

 1996年、ある特定の遺伝子と、特定のパーソナリティとの関係を明らかにする一大発見が発表された。それも、一気に2つの遺伝子(群)が特定されたということで、「遺伝と環境」に興味を持つ関連領域は大騒ぎになった。

 なお、パーソナリティは、心理学の用語としてカタカナのまま使われることが多いようで、定義も研究者によってまちまちだ。日常的な言葉としては、性格とか気質、といったものに近いのだろうがこれらも心理学の言葉としてそれぞれ使われるから紛らわしい。ここでは、カタカナのままにしておく。

 1996年の大発見のうちのひとつは、このようなものだ。

「DRD4という遺伝子がありまして、これはドーパミン(脳内に存在する神経伝達物質のひとつ)の受容体に関するものだと分かっていました。それが、心理学的なパーソナリティのひとつ、「新しいもの好き」──専門的には新奇性追求とか言われますが──と関係があることが分かったんです。双子の研究ではパーソナリティに遺伝の影響があるのはずっと昔から言われてきたんですが、それだけだと他の研究領域の人があまり真剣に受け取ってくれなかったんです。この研究が発表された1996年以来、双子研究で言われてきた遺伝の影響が、本当に実体としてあるんだというのが通用しやすくなったわけです」

 ちなみに、「新しいもの好き」は、クロニンジャーというアメリカの精神医学者のパーソナリティ理論に登場する因子のひとつだ。他に「損害回避」(できるだけ損するのを避けようとする気質。この因子が強いと、心配性、内気、悲観的、用心深い、といった傾向と結びつく)、「報酬依存」(人から褒めてもらいたいという気持ちの度合い。この因子が強いと、共感的、情緒的、感傷的、他者を喜ばそうとする、甘えん坊、といった傾向が強くなる)といった因子がある。また、それらの因子を測定するテストも、クロニンジャー自身によって開発されている。

 安藤さんは、これらについて、双生児法で調べてみた。

「新奇性追求、損害回避、報酬依存、この3つの次元で、検証しました。すると、たしかにきれいに3つの独立した遺伝要素として、確認できたんです。たぶん、すでに見つかっている新奇性追求のほかのものの背後にも、対応する遺伝子群があるわけです。それを国際誌で明らかにしました」

 安藤さんの研究によれば、新奇性追求、損害回避、報酬依存に遺伝が寄与する割合は、それぞれ、34パーセント、41パーセント、44パーセントだ。残りの66パーセント、59パーセント、56パーセントは、環境影響によって決まる。

 この時点で、安藤さんはすでに、これまでの数人、数十人規模ではなく、国際的に通用する大規模な双子研究を走らせているわけだが、やはりその背景には1996年の「パーソナリティと遺伝子」を直接結びつける大発見が効いている。大きな予算がつくようになり、600組もの双子を対象にすることができた。

 ちなみに、双子は珍しいけれど、極端に珍しいというわけでもない。国際的に多少のばらつきはあろうとも、125人に1人くらいはいるのだそうだ。百万人超の都市なら、1万人以上(5千組以上)いても不思議ではない。

 それでも、人づてに双子600組も集めるのは至難の業だ。そこで安藤さんが取った方法はというと──

 「日本の場合、結局、住民基本台帳を見ていくしかありません。北欧のスウェーデンやノルウェーは国民総背番号制なので、1万組の双子を追いかけることもできるんですが……。双子を集めてしまえば、あとは実にオーソドックスな研究法になります」

 そうか! とぼくは虚を衝かれたかのような気分になった。

 個人情報の宝庫、住民基本台帳は、公益性の高い調査のためであれば閲覧可能だ。もっとも、閲覧にはお金がかかるのと、すべて電子的な情報になっているのに、電子データではなく手で書き写さねばならないというのとで、金銭的にも労力的にも非常に大変なものになる。
「東京・千葉・埼玉・神奈川の4都県の基本的にすべての、市区町村を調べました。東京ですと例えば大田区には10カ所ぐらいの支所があって、すべてに行く。場所によっては、2カ月先にならないと予約がとれないとか、いろいろ難しい点はありました。アシスタントを10人ほど雇って、きょうは銚子まで、あしたは小田原までといったかんじで。最終的には4万4000組の双子をリストアップできたんです」

 まさに人海戦術なのである。そして、さらに、それらの双子(未成年の場合は保護者)にあてて、手紙を出して、研究への参加を呼びかけた。結果、今、安藤さんは、大きくわけてふたつの研究プロジェクトを進行させている。

 ひとつは、1998年に発足した慶應義塾双生児研究(KTS)で、首都圏在住の1000組の青年期、成人期の双子を研究するもの。もうひとつは、2004年に発足した「首都圏ふたごプロジェクト」(ToTCoP)で、首都圏で生まれた双子を幼少期から追って調査するものだ。

 新奇性追求、損害回避、報酬依存といったパーソナリティに、遺伝が寄与することは前に述べた。さらに、パーソナリティのモデルとして有名な「ビッグファイブ」(5因子モデル)について、安藤さんたちが調べたところ、これもやはり遺伝要因が大きく効いていることがわかった。5つの因子とは、外向性、神経症傾向、誠実性、調和性、開放性。それらが、順番に、46%、46%、52%、36%、52%が遺伝要因で、のこりは環境要因という結果が出た。

 人の性格を形作る要素が、かくも遺伝の影響を受けていると示されて、どのように感じるだろうか。

 ぼくとしては、その寄与割合の大きさはやはり驚きだ。「調和性」を除き、ほかの要素は「だいたい半分は遺伝で決まる」と言っているわけだから。さらに、この結果は、安藤さんたちの研究のみならず、カナダ、ドイツなどでも、同じ方法で調査され、きわめて似た結果になったという。我々人類の「心」の普遍性を示しているのかもしれない。

 それでは、「知能」のように、直接的に「能力」に結びつけて考えられやすいものはどうか。

 あくまでIQテストの一種で測定された能力の「ある一面」をあらわしたものだとまず最初に断った上で結論を述べると──

 空間性にかんする知能テストについては、遺伝要因がなんと70%になった。ここまで来ると、人間の空間認識能力は遺伝によってだいたい決まってしまうのではないかとの印象を受ける。中学生時代、数学の幾何の分野がどう勉強しても苦手で、高校でベクトルや座標を使ってゴリゴリ計算して同じ問題が解けることを知った時、とたんに楽になったぼくなど、ああそれは遺伝のせいかと納得してしまう。

 一方、言語性にかんする知能テストは、遺伝要因が14%と小さく、残り86%が環境要因となった。家族の中で交わされる会話や、両親の読書習慣などが影響するのだろうか。

 さて、様々なパーソナリティや知能について、双子研究で「遺伝の影響」が測定でき、同時に「環境の影響」が測定できることが分かった。すると、「すべての面に遺伝が影響する」ことをことさら大きく見て、こういった研究が優生思想的な発想と結びつきやすいのでは、と懸念を抱く人もいるだろう。

 それについてはどう考えればいいのか。
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