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患者塾:医療の疑問にやさしく答える 塾長のつぶやき 「死別のグリーフ」を癒やす

【出所:2017年4月19日 毎日新聞(福岡)】

 よかれと思ってしたことが真逆の結果になるというのは、よく経験することですよね。みなさんの前に元気がなくて沈み込んでいる人がいたら、きっと多くの人はその人を励ますと思います。「元気出してね」とか「頑張ってね」とか言うと思うんですね。ところが、場合によってはこの「励まし」を絶対にしてはいけないケース――医者の業界用語でいう禁忌――があります。

 うつの人は励ましたらいけないんですね。うつの人たちはしゃべることさえつらい。外出なんて大変な重荷です。やっとの思いで病院まで来て受診したうつの人は「頑張って頑張ってなんとか」やって来たわけです。そういう人に「頑張ってね」と言うと、「こんなに頑張っているのにまだ頑張らなきゃいけないの?」と思わせる結果になってしまいます。うつがさらに重症化してしまう可能性があるといわれています。

 それでは絶対に励ましたらいけないのかというと、そうではない。励まし方があるんですね。「ここまで来られたんだからかなり調子いいよね」という言い方をしている若い医師を時々見かけますが、これも本当はよくありません。「どれだけつらい思いをして来たか、先生は分かってくれていない」と思わせてしまいます。これという正解があるわけではないのですが、まず患者さんの思いを聞いてあげる。そして、それがどれだけ大変なことかについて共感することが大切です。その上で「十分に頑張ってるよね」「頑張り過ぎないでね」と伝えることで患者さんは真に励まされます。

 研修医の頃にこんな失敗をしたことがあります。膠原(こうげん)病を長く患ってうつを発症した中年女性に「きついかもしれないけど頑張ってね」と思わず励ましてしまったのです。うつの人を励ましたらいけないという教科書上の知識は十分にあったのですが、ついついよかれと思って励ましてしまい、自分でもびっくりしてしまいました。

 そばにいた指導医がすぐに対応してくれました。「ところで○○さん、今日はどうやって来たの。えっ、バスに乗って国鉄に(当時は国鉄でした!)乗って、それからバス? そりゃたいへんだ。疲れたでしょ。小野村先生は頑張れって言ったけど、今日はもう頑張ったらだめだよ。ちょっと休まないと倒れてしまう」。患者さんは満面に笑みを浮かべて帰っていきました。

 最近、似たケースを多く経験するようになりました。小さなクリニックを開業してこの秋で25年になります。開業当時50歳だった人もなんと75歳なんですね。で、パートナーを亡くす方が増えてきました。

 それまで待合室でいつも明るい笑顔を見せていた患者さんがご主人を亡くした後、ずっとふさぎこんでいる、そんなケースにしばしば遭遇するようになりました。見かねた知り合いの人たちのこんな励ましをよく耳にします。「悲しいんだったら思い切り泣いた方がいいよ。そしたら気持ちも晴れるよ」「いつまでもそんなにしてたら亡くなったご主人が悲しむよ」「そのうち時間が解決するよ。もうちょっとの辛抱だと思うよ」「私も同じ経験したからね。気持ちはよく分かる」

 これらは、決して言ってはならない言葉、禁句というわけではないのですが、格別の配慮を必要とする言葉です。泣いたほうがいいと言われても、パートナーが亡くなったあとは、あれこれあいさつや手続きがあって泣いている暇などないのが実情でしょう。泣けと言われても泣けない自分を責めることになってしまいます。主人が悲しむと言われてもどうしようもないというのが本当のところでしょう。なんて自分はだらしないんだろう、と無力感を抱かせてしまうだけになってしまいます。時間もそう簡単には解決してくれません。1カ月もたっているのに、1年もたっているのに自分は異常なのだろうかと悩ませる結果になってしまいます。気持ちが分かる、といっても事情はそれぞれ違いますから、そう簡単に人の気持ちが理解できるはずもありません。気持ちが分かる、と言われたら逆に「何も分かってないくせに」という感情が芽生えてくるのが関の山でしょう。

 こうしたパートナーや家族などとの死別の体験後に抱く感情を「死別のグリーフ」と呼び、専門家によってさまざまな側面から研究が進められています。死別体験後には、故人がくりかえし頭に浮かび一日中ぼんやりするといった精神面の変化が出たり、心身症として食欲の低下やめまいなどの症状が出ます。また、社会的に強い孤独感を感じるようになる人もいます。

 パートナーを亡くした方に「どんなサポートが一番力になりましたか?」と尋ねると多くの人が「故人の思い出を語る場を作ってくれたこと」と答えます。亡き人との思い出を語りながら自身を癒やす行為を専門家は「亡き人とのつながり直し」と呼んでいます。最近は、ご近所とのおつきあいも以前と比べて冷たいものになっています。親戚同士でさえ接触の機会が減っています。残りの人生をより豊かなものにするためには、「死別のグリーフ」を癒やしてくれる多くの友人を持っておくことも大切なのかもしれません。そして、もし、あなたが団塊世代なら、遠くない将来の亡き人とのつながり直しのための思い出の整理も始めておいた方がいいのかもしれません。(患者塾塾長・小野村健太郎)
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