goo

(奈良)末期がん 命に輝き

【出典:2017年9月19日 読売新聞(奈良)】

◇在宅ホスピス 365日24時間訪問

 2人に1人が罹患し、3人に1人が亡くなるがん。在宅での治療を選んだ末期がん患者らの訪問診療を続ける「ひばり往診クリニック」(奈良市三碓)が、県内での在宅ケアの草分けとして注目されている。院長の森井正智さん(52)の診療に同行した。

■苦痛を緩和

 「どうです、体重は」。森井さんは7月上旬、末期がんで闘病中の京都府木津川市州見台の前田輝正さん(69)の自宅を訪れた。「変わりはないです」と、前田さんは穏やかに応じた。血圧を測る。「上108、下50。よし」。「食欲は」と問われ、前田さんは「ぼちぼちです」と答えた。

 何げない会話を通して2人が笑顔になる。痛み止めの注射をし、約10分が過ぎた。「次があるから、もう行くわ」と森井さん。前田さんは「先生が来るのが楽しみなんです」と明るく返した。

 製薬会社の営業を定年まで勤め上げた前田さんに、異変があったのは5年前。検診で胃がんが見つかった。生駒市の病院で精密検査を受けると、肝臓に転移していることがわかった。落ち込み、「生きる気力がなくなった」という。抗がん剤治療と手術をしたが、治らなかった。

 義理の娘がインターネットでクリニックを見つけ、今年5月に相談した。森井さんは、前田さんと初めて面会した際、「いつかはみんな死ぬんです」と優しく語りかけたという。

■生きる意味

 「ほとんど食欲がない」と言われ、森井さんは食べやすい物を薦めた。痛み止めの量は次第に減った。前田さんは、剣道をしている中学生の孫の成長を楽しみにしていた。「孫が全日本選手権に出るまで生きたい」。そこに生きる意味を見いだした。

 8月中旬、前田さんは息を引き取った。痛みを訴えながらも精いっぱい生き、最期は家族に見守られ、静かに事切れた。未明だったが、森井さんが駆け付けてくれた。

 遺族は「治療法がないと落ち込んだこともあったが、森井先生に会ってから、孫の成長を楽しみに前向きに生きることができた。本人は喜んでいたのではないでしょうか」と話した。

■技術向上へ

 森井さんは、総合病院の麻酔医を務めていた時、在宅ホスピスを知り、2003年8月、クリニックを設けた。以来、多くの患者をみとってきた。

 入院して痛み止めの投与などを受けながら、最期を迎える「病院ホスピス」という選択肢もあるが、森井さんは否定的だ。「最期は家で迎えたいという人は多い。病院からも見放され、行き場を失う人もいる」

 クリニックでは医師と看護師、ヘルパーらが連携して、各世帯を回り、苦痛を取り除く治療を続けている。みとりを続けながら研修も重ね、技術の向上に取り組んできた。森井さんは「在宅ホスピスは365日24時間対応の厳しい仕事だが、レベルアップと後進の育成に努めたい」という。

◇高まる需要 県が啓発

 内閣府の2012年度の意識調査では、「最期を迎えたい場所」としては、「自宅」が54.6%と最も多く、次の「病院など」(27.7%)の2倍だった。高齢化が進むとともに、在宅ケアの需要は高まっている。

 県も在宅ケアを推進するため、県医師会と連携した勉強会を開催している。しかし、患者がいつ亡くなるか分からず、診察の態勢が整えにくいこともあって、終末期の在宅ケアに積極的に取り組む病院や診療所は、あまり増えていないのが現状だという。

 県保健予防課は「ひばり往診クリニックの先進的な取り組みを全県に広げるため、啓発を続けていきたい」としている。

<取材後記>生死 真剣に考える

 私自身、いずれはがんで死ぬだろう、と思っている。

 31歳の時、緊急手術を受け、2か月間、入院した。小腸に穴が開いていた。原因不明の難病「クローン病」と診断され、今も治療を続けている。主治医からは「健常な人より大腸がんなどになる危険性がかなり高い」と注意されている。以来、がんや難病患者の取材を、大切にしている。

 今回、初めて在宅ホスピスの現状を知った。森井さんの真摯な姿勢、家族に支えられながら命を輝かせた前田さんに、強く共感した。
 取材後、前田さんが亡くなった。遺族は「寿命だったのでしょう」と静かに話した。亡くなった日は、私の40歳の誕生日だった。偶然、だけでは片付けられない。生き方、死に方を真剣に考えよう。そう思った。(辻田秀樹)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 市原の医師法... 臍帯血販売業... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。