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就活で初めて自覚する 発達障害の壁

【出所:2017年3月6日 日本経済新聞】

 3月、2017年の就職活動が始まった。企業の求人は例年を上回る高さで、学生優位が続く。だが、その裏で、発達障害をもつ学生の就活が社会問題になりつつある。2018年には障害者雇用義務が拡大する。彼らの悩みと個性を企業はどう受け入れるのか。

■医師の宣告、「ADHD」

 昨年9月26日、東京・神保町。都内の私立大4年生のダイスケ(21、仮名)は、あるビル1階のエレベーターホールで逡巡(しゅんじゅん)していた。「帰りたい、でも確かめたいことがある」。エレベーターにのって彼が押そうとしたのは精神障害の診断・治療をする神保町メンタルクリニックのある5階のボタン。「同乗している人に、見られているんじゃないか」という不安にさいなまれながら、なんとか5階に上がった。

 「典型的なADHDの症状ですね。発達障害の一種です」

 数十分に及んだペーパーテストとヒアリングののち、医師は淡々と宣告した。

 「ああ。やっぱりそうだったんだ」

 長年、ダイスケを悩ましていたものの正体が、分かった瞬間だった。

 ADHD――。ダイスケに宣告された症状の日本語訳は「注意欠陥多動性障害」。机に座って長時間集中できない、大人数が静かにしている空間で思わず声を出してしまう、といった症状が代表的。国が精神障害の一つと認定している発達障害の一種だ。国に申請すれば、身体・知的と並ぶ3大障害者手帳の1つ、精神障害者保健福祉手帳を取得できる。

 実は、ダイスケのように発達障害を持つ学生の数が年々増えている。日本学生支援機構によると、15年度時点で、全国の大学や短大、高校には発達障害を持つ学生が約3400人おり、前年度から26%増えた。厚生労働省社会・援護局の香月敬就労支援専門官は、「大学に申請されている人数にすぎず、実際に何人いるかはだれもわからない」と話す。

 アスペルガーや学習障害、ADHDなどの精神障害が「発達障害」とひとくくりにされるようになったのは、05年に発達障害者支援法が施行されてから。その後、世間の認知度が高まったため、高等教育機関で数が増加しているのは不自然ではない。問題は、発達障害を持つ学生の多くが就職活動を通して、自身の症状に気づくことだ。

■就活で顕在化

 東京大学で発達障害の学生を支援をするコミュニケーション・サポートルーム(CSR)室長の渡辺慶一郎は、「学業の面では支援体制があり、就職後は企業がケアをするが、就活はそうした支援が抜けている『はざま』だ」と指摘する。CSRに来室する東大生の大半が3~4年、もしくは修士2年の学生で「ほとんどが就活を機に症状が顕在化している」(渡辺)。

 発達障害を持つ学生向けの就活支援事業を手掛けるKaien(東京・千代田)代表取締役の鈴木慶太も、「これまで敷かれていたレールがなくなるのが就活だ。無数にある企業からどこを選ぶのか。最適な解がないことに混乱し、障害に気づく」と分析する。就活は、高校までの勉強のように、授業でならったことをアウトプットすればいいものではない。面接という対人的なスキルやとっさの判断力が要求される。

 誤解されていることが多いが、発達障害は知的障害と異なり、必ずしも知的劣位があるとはかぎらない。多くは対人関係が困難という症状だ。日本自閉症協会(東京・中央)会長で精神科医の市川宏伸は、「IQが150以上の発達障害者などいくらでもいる。対人関係が苦手だが、それを補って余りある集中力やこだわりを持つ。問題は社会に適合できるかどうかだ」と話す。

 ADHDの診断を受けたダイスケの場合も就活のプレッシャーがきっかけで症状が顕在化した。昨年3月に周りの友人たちが就活を本格化させるのに焦っていた。社会を理解しようと、ECサイトの商品の紹介文を書くバイトに応募したが、失敗を繰り返し2~3か月で退社。「なぜ、自分だけ」との疑念が頭を離れず、受診にいたった。

 市川は、「問題は、幼い頃ではなく、人格形成の終わった20代前半に、障害者であるという現実に直面することだ」と話す。当然、簡単には受け入れられない。

■「なんで私が落ちたのか」

 15年6月、偏差値60以上の都内の名門私大。キャリア支援室課長(46)のもとに、4年生の女子学生ユキ(22、仮名)がやってきた。学生相談センターのカウンセラーが同伴し、就活の相談に訪れたのだ。

 ユキの目はうつろで、黒と白のボーダー柄のTシャツのえりは伸びきっていた。肩まで伸びた長い髪は手入れの気配もなく、化粧っ気もない。「女の子なんだから、少しは身だしなみにも気を……」。見かねた課長の言葉をさえぎるように、「そんなことを聞きにきたんじゃない」。

 「なんで私が落ちたのか」――。2時間の面談中、ユキはどなり、泣き続けた。友人には内定が出始めていたが、彼女は面接で落ち続けていた。課長は、人目をはばからずに泣く様子に違和感を覚えた。

 ユキは、ネットで発達障害の存在を知り、カウンセラーに、「私って発達障害なのかな」と相談した。カウンセラーが医者を紹介し、15年8月に発達障害の診断が下った。

 その後もユキは独自に就活を続け、16年1月にはあるIT(情報技術)会社の内定を獲得する。しかし、「小さな会社には入りたくない」と辞退。リクルートホールディングスのグループ会社から一般枠で内定を獲得し、入社を果たした。課長は、「総合職は無理ではないか」と危惧したが、忠告することはできなかった。

 入社まもない16年7月、「体がつらいのでもう辞めます」と課長にメールを送信し、退職。現在は自宅で療養している。

 ユキの場合、障害が判明したのは就活が終わりに差し掛かる4年生の夏だった。課長は、「すぐに受け入れられないのも無理はない。障害者採用枠での就職ルートの存在も伝えはしたが、彼女の眼中になかった」と振り返る。

■見過ごされた世代

 なぜ彼らは就活という局面で壁にぶち当たるのか。日本発達障害ネットワーク(東京・港、JDDNet)事務局長の橋口亜希子は、「発達障害者支援法ができたのは05年。彼、彼女らは、その前に小学校に入ってしまっている」と指摘する。

 発達障害者支援法は、障害を定義したことだけでなく、市町村に障害を持つ人の支援を要請し、早期発見の重要性を強調した点で画期的だった。自身も発達障害を持つ息子を育てている橋口は、「法ができると聞いた時には、『夢のよう』と思い感動した」と振り返る。「将来、症状を緩和させるためには幼少期のケアが極めて大事」(精神科医の市川)だからだ。

 だが、その時点で幼少期を通過していた人々は見過ごされた。ADHDのダイスケやユキは、法が施行された年にすでに小学校に入学。発達障害を早期に発見しようという意識が現場に浸透する前に、大学に入学してしまった。こうした「見過ごされた世代」の就活が今、ピークを迎えている。

 企業に障害者の雇用を義務付ける障害者雇用促進法が改正され、18年4月から適用される。現行では、企業は雇用総数のうち2%を障害者枠に設定する義務がある。この2%は、障害者数などの数字から算出しているが、これまでは身体・知的障害者しか対象でなかった。18年4月の改正では、ここに精神障害者も加え、2.3~2.5%にまで雇用率が引き上げられる。

 障害者の就労支援を手がける、働く障害者の弁護団(東京・中央)代表弁護士の清水建夫は、「身体・知的障害者で働ける人は基本的に雇用し尽くされている。一方、精神障害者は社会の認知度が低かったこともあり、敬遠されてきた。雇用率を達成するには精神障害者を雇わざるを得ないだろう」と話す。

 障害者の職業訓練事業を手がけるLITALICOのヒューマンリソースグループマネージャー、吉村紘樹は、「資金力のある大手はともかく、中小企業への影響は大きいはずだ。うちにも問い合わせが殺到している」と話す。
 もうすでに彼らの潜在能力を生かしている企業もある。

■なくてはならない戦力

 「この人たち、とても有能じゃないか」。13年12月、ゲーム大手グリーの特例子会社、グリービジネスオペレーションズ(横浜市、GBO)の社長に就任した福田智史は、これまでの認識を改めた。特例子会社は、企業が法定雇用率を達成するために、障害者を雇用する会社で、全国で約450社あり、障害者雇用の受け皿になっている。

 福田が面談した社員の多くはコミュニケーションに困難があったが、データ入力や集中力で特異な能力を持っているとわかった。「マネジメントや環境しだいで戦力になる」

 GBOの設立は12年。当時はグリーの全盛期で史上最高益を毎年更新し、従業員数も11年6月末の500人から12年6月末には1300人に増やした。そこで問題になったのが、法定雇用率だ。達成しようにも働ける身体障害者は採りつくされていた。精神障害の中でも軽度の症状と見られた発達障害者の雇用にかじを切った。30人程度いる社員の9割が発達障害で、全国トップレベルだ。

 福田が就任した13年当時、GBOの主要な業務は「本社イベントのカレンダー入力や経理などの単調な作業」(福田)。発達障害者のポテンシャルに気づいた福田は本社に掛け合い、販売前のゲームの品質チェックやイラスト作成の業務をGBOに移管した。障害者枠で雇用される社員の給与は一般枠に比べ低い。GBOでできる業務を本社から移管すれば、本社の費用削減につながる。

 発達障害を持つ人は聴覚過敏や視覚過敏などの症状を持つことが多い。オフィスにはイヤーマスクや仕切りを設け配慮し、疲れたら休める休憩室も用意した。業務の悩みにはグリー本社から派遣されているスタッフが迅速に対応し、ポテンシャルを最大限に発揮できる環境を整えている。

 今ではグリー本体で開発されたゲームの品質チェックの大半はGBOが担い、他社のゲームが自社ゲームの特許侵害をしていないかなど、高度な業務も任されている。将来的にはグリーが次の柱にと意気込むVR(仮想現実)ゲームの品質チェックもGBOが担当する予定だ。福田は、「障害者はお荷物じゃない。今やグリーにとってなくてはならない戦力だ」と胸をはる。

■歩き出したダイスケ

 2月19日、東京・神田の貸会議室に発達障害に関わりを持つ人約90人が集まった。JDDNetが主催し、発達障害を持つ当事者やその親、就労支援の関係者の研修会。グループディスカッションを熱心に聞き入り、時には質問もするダイスケの姿があった。

 「診断を受けてから、外に出るのが怖くなったし、なにか失敗するんじゃないかと自信がなくなり、家にじっとしていたくなった。でも、まずは外にでることか大事なんじゃないかと思う。いろんな人の話を聞いて自分で考えたい」

 3月1日、経団連加盟企業の採用活動が解禁となり、街にリクルートスーツ姿が交じる季節になった。

 ダイスケは、障害をもつことを開示するか、開示せずに、一般の学生と同じように就活をするか、まだ悩んでいる。「自分に何ができるのか、わからないけれど、少しずつ前に進みたい」。動きながら必死で自分にあった企業、環境を探そうと模索する姿は、周りの就活生となんら変わりない。

 JDDNetの橋口はこう言う。「人付き合いが苦手、集中力が続かない。彼らの特徴は、実は、私たちみんなが持っている特徴なんです。ただ、それが過剰なだけ。社会や企業がそれを理解し、適切な環境を整えていく努力は、一人ひとりの従業員について考えていくことにつながる。つまり、一般の人の就労環境の改善にもつながっていくと思うのです」

=敬称略
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