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和解強制示す文書発見 京都のジフテリア予防接種禍事件

【出所:2017年4月25日 京都新聞】

 京都市で昭和23(1948)年に乳幼児68人が死亡した世界最悪とされる薬禍「ジフテリア予防接種禍事件」で、遺族らが国に和解を強いられていたことを示す資料が、被害者グループの調査で市の公文書から見つかった。賠償問題が再燃した70年代に、市の要請で遺族会の代表が発生当初から和解に至る経緯を振り返り記した文書で、被害者グループは「遺族や被害者の資料が乏しく、今回の発見は意義深い」としている。

 被害者らでつくる「京都・島根ジフテリア予防接種禍事件研究会」が情報公開請求し、21日に開示された。

 事件は発生翌年の4~5月、遺族が10万円、被害者が一律1万円という少額で和解したとされる。70年に他の予防接種被害者の救済措置が閣議決定されたことで、ジフテリア予防接種禍事件の補償問題が再燃。国は72年に国会答弁で過失責任を認めたが、さらなる補償については「和解は成立済み」とし、応じなかった。一方で、京都府議会では和解文書が存在しないと指摘されていた。

 今回見つかったのは遺族会代表が京都市に提出した文書で、正式な和解文書がなかった市が国の求めに応じて作成させたと推察されるという。

 「示談解決当時の経緯」(74年3月21日付)は、事件発生1カ月後に、厚生大臣が見舞金を持ってきたが「国令によって受注した者が毒物を注入され、それを手ぬかった厚生省によって死に至らしめられた遺族の悲しみとしては当然2万円や30万円もらっても拭(ぬぐ)いきれぬ」と記す。

 また、補償金は国や府、市から分割払いされ、国から「これ以上意味のないお金は出せない」と切り捨てられた。さらに、府から「警察がこの間、府、市に行った人の名前をリストにあげに来ている」と半ば脅された様子や、厚生省から「訴訟されるなら受けてたちましょう。(遺族側が)敗訴となれば現在までの7万5千円も返済してもらわねば」などと言われるなど、行政側が補償額を低く抑え、提訴されないよう圧力をかけていた様子が生々しくつづられている。

 文書の最後で遺族は「『円満解決』の文字の下には決して不満以外のなにものでもない事がある」と締めくくっている。

 調査した研究会の栗原敦さん(63)=宇治市=は「遺族らが署名押印した示談文書や領収書が存在しないことに変わりない。全体を精査した研究によって、遺族らの声がかき消された経緯のさらなる解明が望まれる」と話した。
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