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救急車ピーポー音、生みの親 全国のウー音変わった理由

【出所:2017年5月15日 朝日新聞】

 日々どこかで耳にする「ピーポー、ピーポー」という救急車のサイレン音。この音を生みだしたのが、大阪サイレン製作所(京都府京田辺市)だ。赤く光る警光灯、消防車用のアルミシャッターなどの開発・製造も事業の柱。使われる地域や社会の変化に応じて改良を続けている。

 工業用機械が休みなく動き、製品がベルトコンベヤーでどんどん運ばれている。そんなせわしない光景を頭に描いて工場に入ると、全然違っていた。静寂のなか、作業服を着た何人かの社員が手作業で部品を組み立てていた。

 救急車や消防車は大量生産される車ではない。サイレンや警光灯といった装備の受注単位は、数台分から多くて十数台分。使い勝手や設計に合わせてカスタマイズすることもある。しかも部品が多く複雑な構造なので、経験と技術がある職人でないと作れない。「価値ある商品とサービスを提供し、社会の安全に貢献するのが経営理念。信頼性は重要です」と、上岡幹宜(みきのり)社長(57)は話す。

 創業から88年。開発の歴史を聞いていくうちに、子どものころの記憶がよみがえった。

 1932年に最初に開発したのは、消防車用のハンドサイレン。釣り具のリールのような形状で、ハンドルをぐるぐる回すと「ウーー」と鳴る、あれだ。昭和半ばの邦画などで見たような気がする。

 現在の救急車用の「ピーポーサイレン」が開発されたのは67年。緊急自動車への搭載が国に認められ、70年に「ウー音」からの切り替えが始まった。72年までに、全国の救急車のサイレンがピーポー音に変わったという。

 「ピーポー」音はどうやって生まれたのだろう。

 きっかけは60年代、警察から寄せられたある要望だった。「サイレンで変わった音が出せないか」

 消防車やパトカー、救急車のサイレンが同じような「ウー音」では区別がつかない、という理由だったようだ。先代の社長が欧州視察の際に聞いた緊急車両のサイレン音がヒントになり、あの独自のピーポー音ができた。大阪や東京など大都市を中心に、サイレンの全国シェアは救急車で約5割、消防車は6~7割を占める。

 ピーポー音の誕生から50年たった今でも、ユーザーからは様々な要望が届く。最近では、「音がやかましい」「音が急に止まると、ドキッとする」といった市民らの声に対応。サイレンを鳴らし始める時は徐々に音が大きくなるようにし、止める時も次第に小さくなるようにした。サイレンや警光灯を動かすアンプも進化し、2002年に騒音対応型が開発された。

 近年は、一つのボタンで複数の機器が作動するよう改良されている。サイレンを鳴らしながら、「救急車が通ります。進路を譲ってください」「交差点に進入します。ご注意ください」といったメッセージを流すこともできる。こうした行き届いた配慮や、生命や財産を守る緊急活動を支援するという会社の使命感が、ユーザーの評価につながっている。

     ◇

 〈大阪サイレン製作所〉

 1929年、大阪市で創業した上岡製作所が前身。現在の会社は大阪府東大阪市で56年に設立。98年に京都府京田辺市に京都工場を開設し、2011年には本社も同所へ移転した。従業員40人。札幌市とさいたま市に営業事務所がある。15年度の売上高は約15億円。
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