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(福岡)患者塾:医療の疑問にやさしく答える 塾長のつぶやき 「花の力」病院は配慮を

【出所:2017年5月17日 毎日新聞(福岡)】

 母の日の夕方、書類の整理を終えて庭木に水やりをしていると、高齢の女性の患者さんがにこにこしながら近づいて話しかけてきました。手に見たことのない青い花を1本持っています。よく見るとカーネーション。こんな色のカーネションもあるんだとちょっとびっくりしてしまいました。

 「青いカーネーション?」

 「そう。東京の息子が送ってくれたんです。今まで一度もこんなことしたことなかったのに。カードまで添えて」

 しゃれたカードには「この青いカーネーションの名前はムーンダスト、花言葉は永遠の幸せ――東京に来ていっしょに暮らしませんか。ずっと幸せでいて!」

 この女性のご主人は、昨年の夏に亡くなってしまいました。医者ぎらいで大腸がんが見つかった時には手遅れでした。女性は底抜けに明るい人だったのですが、以来何となく閉じこもりがちになっていました。東京に来たらいい、と息子さんから誘われていたのですが、なかなか決心がつかないでいたらしいのです。この花が届いて、ずっと眺めているうちに東京に行く決心がついたのだそうです。「幸せのお裾分け」と言って女性は青いカーネーションを私に手渡して、笑顔で自宅に戻っていきました。

 女性の心の中でどんな変化があったのかはよく分かりませんが、この青い花と花に添えられた愛に満ちた言葉で、死別のグリーフから立ち直ることができたのは間違いないようです。私たちは、しばしば贈られた花で沈んだ心から立ち直ったり、人生の節目で新たな元気をもらったりするものです。誰だって一度や二度はそんな経験があるでしょう。「所詮は義理の花」などとひねた思いが浮かんでも、なぜかうれしさが込み上げてくるから不思議です。

 花にはおそらくそうした不思議な力があり、だから病院にお見舞いに行く時に、元気になってもらおうと花を持って行く方も多いのでしょう。入院した時の孤独感は並大抵のものではありません。花にすてきな心のこもった言葉が添えてあれば、それはそれはうれしいものです。

 ところが、十数年前から一部の病院で「生花の持ち込みお断り」の動きが始まりました。理由は感染。大阪府内の病院で花瓶の水を調べたら緑膿(のう)菌が出てきたんですね。医療機関は感染には敏感ですから、その病院では、安全を第一に考えて「生花の持ち込みお断り」を決めました。そして数年後に一部で報道され、その動きは一気に全国に広がってしまったのです。

 生花から院内感染が起こるという医学的根拠は全くありません。日本感染症学会はホームページで「免疫不全がなければ花瓶の水や鉢植え植物は感染源とはなりません。移植患者や重症エイズ患者の病棟以外であれば制限は不要です」とアナウンスしています。また、感染症が専門の神戸大学の岩田健太郎教授も「花瓶の中に緑膿菌がいても、肺に入らない限り肺炎の原因にはならない。緑膿菌は花瓶から飛び出して患者の口に入るわけではない。理論的に花瓶の水や花が感染症を起こす可能性はきわめて低く、また実際にそのような報告はない」と自身のブログでコメントしています。

 花屋さんと関わりの深い農林水産省もホームページで、生花の病院内への持ち込みには支障がないことを詳しく述べています。さらに2015年3月の衆議院の地方創世特別委員会で、厚生労働省の幹部が次のように答弁をしています。「現行の法令において、医療機関に生花の持ち込みを制限されるようなものはもちろんなく、厚生労働省から生花の持ち込みを制限するような働きかけを行っていることもない」

 14年に日本花き卸売市場協会などが全国主要7都市の377の病院に実施した調査では、生花の病院への持ち込みについて、全面禁止は26%、一部禁止が35%、持ち込み可が39%でした。地域別に見ると全面禁止は、大阪44%、名古屋39%、札幌32%、東京21%で、広島と福岡は3%でした。福岡は全面禁止が少ないのが目立ちますが、それでも10年前には多くの病院が「生花持ち込み禁止」の動きに同調し、見舞いに訪れる人々が戸惑ったものです。その後多くの病院で再び解禁になりました。

 友人の病院では、今も「生花持ち込み禁止」を続けています。理由はこうです。「感染が直接の理由で禁止にしたんだけど、してみたらいろんな人たちから結構賛同されたんだよね。同室の人が花を飾ると香りが気になって眠れない人もいた。たくさん花が来る人はいいけど来ない人は逆にもっとさみしい思いをしていた。持ち込み禁止にしてから病室が落ち着いた気もする」

 病院への生花持ち込みには確かに友人が指摘するようなさまざまな問題もあるのでしょう。しかし花を届けたい人たちがいて、花をもらうことで癒やされる人たちがいるのであれば、それをかなえるやさしい仕組みを病院には作ってほしいと思います。病室がだめならまとめて花束を置くスペースを作るのもいいかもしれません。大切にすべきは贈る人と受け取る人の心でしょう。病院にはどうかこうした心への配慮を第一に考えて対応してほしいと思います。

 青いカーネーションをくれた高齢の女性は、夏には東京での新しい生活が始まることになりそうです。オシアワセニ……。
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