美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

松田聖子 あなた (イザ!ブログ 2012・7・8 掲載分)

2013年11月23日 06時11分05秒 | 音楽


『あなた』といえば小坂明子さんの持ち歌として有名です。確か私が中学校三年生のとき、今から四〇年ほど前のことです。一六歳の小坂さんは、ヤマハ・ポピュラーソング・コンテストに出場し、ピアノを弾きながらこの曲を熱唱してグランプリを獲得しました。また、同じ年の世界歌謡祭でも最優秀賞・グランプリを受賞しました。もちろんレコードは売れに売れました。私と同年代の方なら、そのときの記憶が残っているものと思われます。

この歌を、松田聖子さんが、往年の人気歌番組「夜のヒットスタジオ」で歌ったことがあります。ちょうど郷ひろみとの熱愛のうわさが持ちきりだったころのことです。八二~三年なのかなぁ。ピアノを弾いていたのが、なんとこの歌の主・小坂明子さんという豪華バージョンでした。そのときの記憶も鮮やかに残っています。なぜなら、聖子さんがこの歌を完全に自分のものにしていて、この曲が他人の持ち歌であることを聴く者にすっかり忘れさせてしまったからです。図らずも引き立て役に回ってしまった小坂さんが気の毒なくらいでした。

最近たまたま、その模様を録画した動画をインターネットで見つけました。

改めて聴いてみて、その歌唱の凄みを再認識しました。聖子さんは、このときこの曲の心を掴みきっています。自分の持ち歌にし切っています。最後の「あなーたー あなーたー」のリフレインのところで、ついに持ちこたえることができずに、彼女の不安定で強い情動が曲のフォームを食い破って顔をのぞかせています。

週刊誌的なセンスで解釈すれば、郷ひろみのことを思って「聖子ちゃん、思わず泣きじゃくる」という見出しになるのでしょう。当時は、ふたりの噂で世間は持ち切りでしたからね。

そういう要素もなくはないのでしょうが、私にはそれは瑣末なことのように思えます。彼女は、この曲の核心の表現が、どれほどの過酷な心の抑制を必要とするのかを、表現者として身をもって半ば以上無意識に示してしまったのではないかと思えてしょうがないのです。

だから、このときの彼女の表現には絶対感があります。つまり、『あなた』の歌唱として、このときの聖子さんは空前絶後のレベルに達してしまったのです。これから先だれがこの曲を歌っても、もっと上手に歌う歌い手は登場するかもしれませんが、彼女の隔絶性を脅かす表現はついに現れないのではないかと思えてしょうがありません。

このときの彼女は、その終末部で歌唱の完全なコントロールを犠牲にすることで、情緒的身体をあげてこの曲の真価を現前させてしまったのです。

あの独特の粘り気のある伸びやかで高音部が微妙にかすれる歌声によって、彼女は、一途な女心と艶やかなエロスをじっくりと表現します。その表現において他の追随を許さない歌い手である、というのが私の聖子評です。『抱いて』なんて、とてもいい曲だと思います。これもアップしておきましょう。

松田聖子☆抱いて‥


それにしても、曲の終わりのところで、ほんの少しだけ映し出された郷ひろみの毒気を抜かれたような表情がなんともいえません。男は、愛する女の真情がほとばしり出て取り乱したところを目の当たりにするとみんなあんなふうになるものなのではないでしょうか。

*追記  「松田聖子 あなた 小坂明子」で検索してみたら、小坂さんが後に、このときのことを振り返っているのが見つかりました。事実は事実として、掲げておきましょう。予想どおり、小坂さんはこのときの聖子さんのことをあまり良いようには言っていません。それはそれで、仕方のないことだと思います。だって、たしかに「食われて」しまったのですから。しかし、聖子さんにあからさまな計算はなかったと私は思います。生まれついての大スターとしての無意識が、ドラマを不可避的に演出したとはいえるような気はしますけれど。才能って、残酷ですね。また、聖子さんのこのドラマティックな『あなた』は、どうやら八四年のことのようです。

http://saintkid.blog116.fc2.com/?m&no=558


松田聖子 あなた


〔コメント〕

*Commented by イド さん

はじめまして。

阿比留瑠比さんのブログへのコメントありがとうございます。
人間性と政策と行動は分けて考えるほうが良いと思っています。
小沢新党について、マスコミはそこをわざとなのかごっちゃにして、政策批判ではなく印象批判をしています。
まず批判するべきは消費税増税です。

プロフィールを拝見して、趣味が近いので嬉しくなりました。
私もブリティッシュ・ロックと岩崎宏美・昭和歌謡が大好きです。
聖子ちゃんの「あなた」もとてもいいですね。感動しました。

私は思想的には岸田秀先生に師事しています。
阿比留さんブログに献本して2回取り上げてもらいました。
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1074670/
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2267036/
参考までに。

2012/07/12 16:22



*Commented by 美津島明 さん

To イドさん

わざわざ当ブログにおいでいただいてまで、ご返事をいただけて、感激です。

>人間性と政策と行動は分けて考えるほうが良いと思っています。
>小沢新党について、マスコミはそこをわざとなのかごっちゃにして、政策批判ではなく印象批判をしています。
>まず批判するべきは消費税増税です。

まったくその通りだと思います。私を含めて国民の六割は、いまだに三党による民意無視の、消費増税法案の持って行き方とデフレ不況下での大型増税の実施そのものにまったく納得していないのですから、その意思を投票行為できちんと示すことを最優先して考えるべきであると私は考えます。

その場合、小沢新党が選択肢として大きな存在であることは間違いがないのですから、そこは現実的に考えたいと思っています。好き嫌いはこの際後回しです。財務官僚翼賛体制の包囲網で、国民の選択肢は相当に限られているのですから。

>プロフィールを拝見して、趣味が近いので嬉しくなりました。
>私もブリティッシュ・ロックと岩崎宏美・昭和歌謡が大好きです。

同好の士に出会えたこと、とても嬉しいです!

>聖子ちゃんの「あなた」もとてもいいですね。感動しました。

分かっていただけて、私も感動しました。

>私は思想的には岸田秀先生に師事しています。

私も、処女作の『ものぐさ精神分析』以来、彼の本はたくさん読んできました。とにかくめっぽう面白いですからね。私は、彼の本に接すると、なんとなく山上たつひこの『喜劇新思想大系』や『がきデカ』を連想してしまいます。あまり自覚していませんが、私も強い影響を受けているはずです。

阿比留さんのブログでイドさんの本が取り上げられたとのこと。早速見てみます。

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3 コメント

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郷ひろみを見よ! (来年還暦聖子ファン)
2014-12-17 03:28:46
この動画、YouTubeで発見して、涙、涙なしには見られません、聞けません。かつて聖子さんのライブに何回も行きました。井上順の横に座る、郷ひろみ。ほかの座っている出演者たちの、ほとんどが歌の前半、聖子さんの歌に合わせて体を左右に揺すっているのに、郷ひろみだけ、ほとんど微動だにせず座ってます。そして、曲の最終盤、一瞬アップで郷ひろみを捉えるカメラ。
しかし、。このときも、ほぼ無表情で映る郷ひろみ。いや~、郷ひろみは、このとき圧倒されてしってますね。この女にはかなわないや、と自分の器を知って、逃げ出したのかも?
Unknown (KAZZ)
2016-12-31 19:36:38
この動画を見て泣いた。
聖子の気持ちが伝わる。 
コメントをどうも (美津島明)
2017-04-22 13:23:03
来年還暦聖子ファンさん、KAZZさん、コメントをどうもありがとうございます。

聖子さんの歌の才能は、圧倒的ですね。エロス的に危険なものを含むほどに。女性陣営の本能的な反感を買うのもむべなるかな、と思います。

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