美津島明編集「直言の宴」

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中共は、歴史問題についてなぜ堂々とウソをつくのか(その1) (美津島明)

2015年10月09日 13時03分13秒 | 政治
中共は、歴史問題についてなぜ堂々とウソをつくのか(その1) (美津島明)


青天白日の軍旗を持った八路軍

中共当局は、歴史に関するウソ八百を並べ立てても、まったく臆するところがない。平気の平左衛門なのである。それは、とても不思議なことだ。九月三日の抗日戦争勝利70年を記念する式典での、習近平の演説を聞いてみて、あらためて、そういう感想を抱いた。

なにゆえ彼らは、歴史の改ざんをためらわないのだろうか。そういう疑問を抱いたので、石平氏の『中国「歴史認識」の正体』(宝島社)を読んでみた。

氏は、まず二〇一四年九月三日の「中国人民抗日戦争勝利69年を記念する座談会」での習近平の講和を取り上げる。70年記念式典での演説とよく似た内容である。

8年間にわたる抗日戦争を通して、中国人民は日本侵略者を打ち破り、日本軍国主義の徹底した失敗を宣告し、中国人民抗日戦争と世界の反ファシズム戦争の徹底的勝利を宣告した。

このなかで習近平はどれだけのウソをついているのか。氏によれば、次のように列挙される。

ひとつめ。「中国人民は日本侵略者を打ち破り、日本軍国主義の徹底した失敗を宣告し」たという歴史的事実はない。日本は、アメリカに対して敗戦したのであって、中国に負けたのではない。当時の日本の支那派遣軍は依然として中国大陸の大半を支配下に置き、105万人の兵力はほとんど無傷のままだった。アメリカに負けた日本は、そのことによって連合国軍に「全面降伏」したことになるので、形式的な手続き上、当時の中華民国政府にも降伏したのであって、日本軍が戦闘において中国軍に負けたという歴史的事実はない。

ふたつめ。「中国人民」が「中国人民抗日戦争と世界の反ファシズム戦争の徹底的勝利を宣告した」というのもまっ赤なウソである。日中戦争の戦況は、ユーロッパ戦線に何の影響も与えなかった。逆に、連合国軍がヨーロッパ戦線で対ドイツ戦に勝利したことによって、ソ連軍に余裕が生まれ、シベリアから日本の関東軍を攻撃し、日本の敗戦を早めたのだった。「中国人民」が「抗日戦争」を戦うことによって、あたかも「世界の反ファシズム戦争」を勝利に導いたかのような物言いは、厚顔無恥としかいいようがない。

事実そのとおり、と評するよりほかはないだろう。反日の江沢民政権以前の中共は、まだしも正直なところがあって、ちゃんと「惨勝」という言葉で、日中戦争の結果を表現していた。それは、〈戦闘においては、惨敗としか言いようがないほどの被害をこうむったが、中国が連合国軍の一員だったので、政治的には勝利したことになった〉という認識を示した言葉である。

ここで耳障りなのは、何回も出てくる「中国人民」というイデオロギッシュな言葉である。
「中国人民」=「中国共産党」という刷り込みの圧力を感じるのだ。そのことに関連して、石平氏は、当講和における習近平の「中国人民の抗日戦争において、中国共産党の主導的な役割は戦争勝利の鍵であり、中国共産党は常に抗日戦争の中心的存在である」という言葉を引き、それをおおむね次のように徹底批判する。

当時の中国には、中華民国という合法的な政府がきちんと存在していて、日本軍が戦った主な相手は「国民革命軍」という中華民国の政府軍だった。共産党が率いていた部隊は「八路軍」と呼ばれ、それは、「国民革命軍第八路軍」という正式名称の略である。つまり、当時の「抗日統一戦線」の下で、共産党の軍隊は国民政府軍に吸収された一部隊に過ぎなかった。いうまでもなく、国民革命軍の最高司令官は国民政府トップの蒋介石である。これを要するに、当時の抗日戦争において「主導的な役割」や「中心的な役割」を果たしていたのは、中国共産党ではなくて、国民政府とその指導者・蒋介石であった、というよりほかはない。それゆえ、習近平の言葉は、中国共産党を自画自賛せんがための露骨な歴史のねつ造である。

これまた、歴史的事実そのままであって、文句の付けようがない。

さらに氏は、抗日戦争勝利70年を記念する式典での習近平の演説でも登場した「中国軍民死傷者3500万人」について、次のように言っている。

(習近平のことを指している――引用者注)自身はここでその根拠をいっさい示していないし、彼の率いる中国政府はいかなる公式文書においてもこの「3500万人」という数字を弾き出した根拠を示したことがない。中国国内でそれを確実に立証した論文や著書があるわけでもない。つまり、何の根拠もなく「3500万人」という数字が共産党政権によって一方的に言い出されただけである。

それだけではない。この数字は、次第に膨らんできたのである。

たとえば1950年共産党政権が樹立した直後に発表された数字は「1000万人」であったが、1985年には「2100万人」となった。そして反日教育が始まった江沢民政権下の1995年、この数字はいきなり現在の「3500万人」に膨れ上がってしまった。

まさに、「白髪三千丈」の世界である。詩の世界で数字を大袈裟に言うのはシャレになるが、生々しい政治の世界でそれをやられちゃたまったものではない。

誇張された数字といえば、どうしても「南京大虐殺30万人」に連想が及ぶ。個人的なことをいうと、私は、三十代の半ばに『南京への道』などの本多勝一氏の一連の中国物を読んで、日本人としてずいぶん心を痛めたことがある(本多氏はむろん30万人説派である)。はるばる南京市の南京大虐殺記念館を訪ねて行ったこともある(とにかく敷地がだだっ広かったのを覚えている)。

ところがその後、「どうやら自分は彼に騙されていたようだ」という気持ちが強くなってきた。その直接のきっかけは忘れてしまったが、小林よしのり氏の『戦争論』等の一連の作品が解毒剤の役割を果たしたような気がする。また、本多氏の、裏を取らずに当事者や関係者の証言をつなぎ合わせて話を進める、という杜撰な本の作り方に不信感を抱いたというのもある。とはいうものの、まだまだ、自分なりの「南京事件」観を確立したとは言い難い段階であり、それは私なりのささやかなライフワークのひとつであったりもする。

それはそれとして、石平氏は本書において、南京事件に関して、実証的ではないが、とても興味深くてリアリティにあふれた論じ方をしている。そうして、当事件が事実ではなくて実はほとんどフィクションなのではないかという意味のことを言っている。引用がいささか長くなるが、とても面白いのでご勘弁願いたい。

もちろん「南京大虐殺」はでっち上げられた、まったくのウソである。どう考えても当時の日本軍は南京という都市で30万人を殺せるわけはない。たとえ殺したとしても30万人の遺体はどこにあり、誰が数え、どう処理したか。その膨大な量の遺骨が埋葬されていれば必ず出てくるのだが、今までは何も出てきていない。

私は26歳まで中国で生きてきた。しかし、私自身が小中学校の頃、中国の教科書には南京の「な」の字も出ていなかった。一切そういう記述はなかった。私の大学時代のクラスメートの1人は先祖代々南京市民であったが、祖父の代より南京から一歩も出たことはないその友人は、自分の祖父母からも父母からも「南京大虐殺」の話を一度も聞かされていないと、本人が証言している。もし30万人を虐殺した事実があれば、彼の親戚が犠牲になったとしても不思議ではない。しかし、そのようなことはまったくなかったようである。

この話1つにしても、中国の主張する「南京大虐殺」は捏造であると私は思っている。


  (この稿、つづく)
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1 コメント

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よく分析しましたね (エイパポ)
2015-11-10 19:06:35
私は、14年間中国にいますが、教育上で南京のことは教わります。日本でいう、原爆みたいな感じでしょう。南京大虐殺は、『捏造だ』という意見は、心の奥から拒否させていただきます。人を何人殺しただろうが、結局は『殺した』。これは結果です。数は討論できますが、殺した事実は争えません。もしこのトピックで分析するなら、あなたは自分の意見側からの視点だけでなく、反対側の視点から物事を考えてみてもいいと思います。南京の話を聞いたことのない人より、聞いたことのある方にインタビューしましょう。世の中には、何億人もいます。たった百人ぐらいではありません。

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