なかなかすばらしい話を耳にしました。
産経新聞の安藤慶太記者が、めでたく論説委員になったそうです。

上の記事はこちら。
正月の際は、まだ「社会部編集委員」でしたから、この数日中に論説委員になられたのですかね。御昇進(ですよね?)おめでとうございます。

いやー、すごいですねー、論説委員だって。安藤氏がなれるんだから、産経新聞の論説委員っていったい何なんだという疑問が生じます。
このブログでは、過去何回か安藤氏の驚愕すべき珍論を批判してきました。安藤氏の奇怪な主張とは、たとえば
>最後にもう一言。こうした歴史を遡っての断罪が許されるなら、TV自体が将来「人権侵害装置」のごとく不当な断罪を受ける恐れは十二分にあるということだ。人を盛んに見せ物にする、それが「人間動物園」という後講釈が成り立つのであれば、NHKこそ「人間動物園」ではないのか。例えば毎週日曜日に全国各地で行われているのど自慢。司会者が「さあ、次は元気な若手消防団の皆さんです!」。
「○番、仮面舞踏会!」と始まり、派手なコスチュームとアクションを伴い、途中まで張り切り過ぎた歌を聞かされ、あえなく鐘が「か〜ん」。再び3人が大袈裟にずっこけ、会場がドーっと沸きかえる。「元気な仲良し3人組でしたあ」と淡々とコメントして次へ、といった具合である。
いい笑いものである。「アジアの一等国」としてこんな痛い映像を見せられる(それでいて結構見ていたりする)のだが、これは「人間動物園」ではないのか?
とかまた
>■平和教育の賛美歌
今から思えば何かが狂っている光景の連続だった。
小学校では一学期の終業式が近づくと「夾竹桃(きょうちくとう)のうた」をよく歌わされた。
《夏に咲く花 夾竹桃
戦争終えた その日から母と子供の おもいをこめて
広島の 野にもえている
空に太陽が 輝くかぎり
告げよう世界に 原爆反対を》
まるでうたごえサークルのようなテイストの歌だ。曲の最後など政治スローガンそのものなのだ。でも当時の私は元気に歌い終わって、結構心地よい思いを味わっていた。これが「平和教育」の「賛美歌」みたいなものだとは当時わかるはずもなかった。広島に原爆が投下された8月6日、夏休みの出校日になっていて、体育館に生徒を集めたところで、先生から「さん、はい」という号令のもとで歌わされるのだ。午後は午後で毎年のように「はだしのゲン」の上映会も用意されていた。学校教育の至るところにそういう仕掛けがあったのだが、後で夾竹桃が毒性植物でもあることを知り、なるほどと思ったものである。
個々に見ると道を誤れば、厳しく諭してくれたし、真剣かつまじめな教師も多かった。だが、学校にここまで特定のイデオロギーが持ち込まれていいはずがない。
あるいは、
>もっといえば、今回、海上自衛隊の出番は最初から最後までなかった。それを多くの人が当たり前に受け止め、何も考えずに済ませている。これも本来、とても不思議な光景だといわざるをえない。
これなんか最低の内容ですね。
>■接見も可視化したら■
素朴に思うのだが、なぜ捜査機関にのみ全面可視化が求められるのか、という疑問も述べておきたい。仮に捜査機関による取り調べの全面的な録画が認められるのであれば、弁護士が接見の場でどのようなやりとりを具体的に行ったのかも録画して国民の前に公開されて然るべきだと思うのである。
被疑者には黙秘権がある。自分に不利になると思われることは喋らなくて良いのだそうだ。弁護士はそうしたことを踏まえて具体的に接見を通じてアドバイスし、被疑者の支えとなる。それはそれで良いのだが、一方で、刑事弁護に名を借りた「入れ知恵」の類だって絶対にないとはいえない。性悪説に立って、捜査機関の横暴を防ぐためにビデオカメラを入れるのであれば、弁護士の横暴だって起こりうる。ところが、そうした議論はあまり聞かれない。
刑事司法の役割は事案の真相に迫り、不正を公平公正に処罰することであるのではないだろうか。今叫ばれている全面可視化の議論が、捜査機関のみを制約し、被疑者の利益のみを図るために進められている極めて一面的で危険な動きと言わざるを得ない。引き続き、注意深く見守る必要があると考える所以である。
私も最近はばかばかしいので彼の批判をするのをやめましたが、やはりこれは良くなかったかもしれません。微力ながら、安藤氏のような人物はそれなりに批判をしていかなければいけないのかもしれません。論説委員になったということは、これからも産経はばしばし安藤氏のお馬鹿な論説を載せるということでしょう。それなら私も、執拗に彼を批判することとしましょう。
それにしても・・・産経新聞てほんと常軌を逸していますね。これじゃあまともな記者がやる気をなくすのも当然でしょう。
ほんとすごい新聞です、産経新聞て。
なお、この件についてご教示くださったpr3さんに感謝を申し上げます。
産経新聞の安藤慶太記者が、めでたく論説委員になったそうです。

上の記事はこちら。
正月の際は、まだ「社会部編集委員」でしたから、この数日中に論説委員になられたのですかね。御昇進(ですよね?)おめでとうございます。

いやー、すごいですねー、論説委員だって。安藤氏がなれるんだから、産経新聞の論説委員っていったい何なんだという疑問が生じます。
このブログでは、過去何回か安藤氏の驚愕すべき珍論を批判してきました。安藤氏の奇怪な主張とは、たとえば
>最後にもう一言。こうした歴史を遡っての断罪が許されるなら、TV自体が将来「人権侵害装置」のごとく不当な断罪を受ける恐れは十二分にあるということだ。人を盛んに見せ物にする、それが「人間動物園」という後講釈が成り立つのであれば、NHKこそ「人間動物園」ではないのか。例えば毎週日曜日に全国各地で行われているのど自慢。司会者が「さあ、次は元気な若手消防団の皆さんです!」。
「○番、仮面舞踏会!」と始まり、派手なコスチュームとアクションを伴い、途中まで張り切り過ぎた歌を聞かされ、あえなく鐘が「か〜ん」。再び3人が大袈裟にずっこけ、会場がドーっと沸きかえる。「元気な仲良し3人組でしたあ」と淡々とコメントして次へ、といった具合である。
いい笑いものである。「アジアの一等国」としてこんな痛い映像を見せられる(それでいて結構見ていたりする)のだが、これは「人間動物園」ではないのか?
とかまた
>■平和教育の賛美歌
今から思えば何かが狂っている光景の連続だった。
小学校では一学期の終業式が近づくと「夾竹桃(きょうちくとう)のうた」をよく歌わされた。
《夏に咲く花 夾竹桃
戦争終えた その日から母と子供の おもいをこめて
広島の 野にもえている
空に太陽が 輝くかぎり
告げよう世界に 原爆反対を》
まるでうたごえサークルのようなテイストの歌だ。曲の最後など政治スローガンそのものなのだ。でも当時の私は元気に歌い終わって、結構心地よい思いを味わっていた。これが「平和教育」の「賛美歌」みたいなものだとは当時わかるはずもなかった。広島に原爆が投下された8月6日、夏休みの出校日になっていて、体育館に生徒を集めたところで、先生から「さん、はい」という号令のもとで歌わされるのだ。午後は午後で毎年のように「はだしのゲン」の上映会も用意されていた。学校教育の至るところにそういう仕掛けがあったのだが、後で夾竹桃が毒性植物でもあることを知り、なるほどと思ったものである。
個々に見ると道を誤れば、厳しく諭してくれたし、真剣かつまじめな教師も多かった。だが、学校にここまで特定のイデオロギーが持ち込まれていいはずがない。
あるいは、
>もっといえば、今回、海上自衛隊の出番は最初から最後までなかった。それを多くの人が当たり前に受け止め、何も考えずに済ませている。これも本来、とても不思議な光景だといわざるをえない。
これなんか最低の内容ですね。
>■接見も可視化したら■
素朴に思うのだが、なぜ捜査機関にのみ全面可視化が求められるのか、という疑問も述べておきたい。仮に捜査機関による取り調べの全面的な録画が認められるのであれば、弁護士が接見の場でどのようなやりとりを具体的に行ったのかも録画して国民の前に公開されて然るべきだと思うのである。
被疑者には黙秘権がある。自分に不利になると思われることは喋らなくて良いのだそうだ。弁護士はそうしたことを踏まえて具体的に接見を通じてアドバイスし、被疑者の支えとなる。それはそれで良いのだが、一方で、刑事弁護に名を借りた「入れ知恵」の類だって絶対にないとはいえない。性悪説に立って、捜査機関の横暴を防ぐためにビデオカメラを入れるのであれば、弁護士の横暴だって起こりうる。ところが、そうした議論はあまり聞かれない。
刑事司法の役割は事案の真相に迫り、不正を公平公正に処罰することであるのではないだろうか。今叫ばれている全面可視化の議論が、捜査機関のみを制約し、被疑者の利益のみを図るために進められている極めて一面的で危険な動きと言わざるを得ない。引き続き、注意深く見守る必要があると考える所以である。
私も最近はばかばかしいので彼の批判をするのをやめましたが、やはりこれは良くなかったかもしれません。微力ながら、安藤氏のような人物はそれなりに批判をしていかなければいけないのかもしれません。論説委員になったということは、これからも産経はばしばし安藤氏のお馬鹿な論説を載せるということでしょう。それなら私も、執拗に彼を批判することとしましょう。
それにしても・・・産経新聞てほんと常軌を逸していますね。これじゃあまともな記者がやる気をなくすのも当然でしょう。
ほんとすごい新聞です、産経新聞て。
なお、この件についてご教示くださったpr3さんに感謝を申し上げます。











新聞っていうものは所詮こんなもん
ということかもしれません。
福島に行っても同じこと言えるのかな…、福島に産経読む人がいたら抗議されるのでは…と思いました。(読む人いないかも…)
まあ、原発事故が起こっても民主党が「原発推進!!」と言っていれば、産経はこんな状況で原発を推進しようとするなんて信じられないと批判しているだろうと思うので、批判する価値もない存在ですね、産経って…。
(私は原発輸出しようとしてる時点で民主党は十分原発推進派だと思いますが、産経にとっては原発を遠ざけてるらしいので上記のような表現になっております。念のため。)
まあたしかに産経新聞を世間一般の新聞とみなしてはいけないんでしょうね。アジビラか同人誌、プロパガンダ紙と考えたほうがいいのでしょう。
自分には関係ないからって、こういう態度をとるんでしょうね。絶望的に貧困な想像力です。
>産経はこんな状況で原発を推進しようとするなんて信じられないと批判しているだろうと思うので、批判する価値もない存在ですね、産経って…。
ほんと、産経なんてそんな連中です。どうしようもないですね。
http://adv.yomiuri.co.jp/yomiuri/busu/busu01a.html
福島県での発行部数は4577部ですね。
一応、少なくとも数百人は読んでいるのではないかと。
なるほどねえ、あんまり読む人が多いということはないでしょうが。「正論」を読んでも、いろいろ産経本紙の宣伝に必死ですしね。