海のうた 月のささやき

たまには耳をすませて、自然や自分の内側、そして違う世界からの声を聴いてみることも必要だと思う。

失恋のせい?

2006-02-26 22:13:38 | 心と身体
鬱の調子が、あまりよくないです。
何だか、重苦しい、傷付いたような気分が晴れなくて。

出かけたり、活動することはできていて、動いている間は割と平気なのですが。昨日も、京橋のフィルムセンターで古い映画の鑑賞→美術館めぐりに行って来ましたし。(フィルムセンターは素敵です。学生なら300円、一般でも500円で映画が見られる。古い映画なのは、私にとっては逆に新鮮だし、わざわざ上映するのだから、そんなに駄作はないと思う。空いている時が多いし、静かだし。)


思い当たる原因は、あるんです。一月半ぐらい前に、失恋したから。
ただ、そのことで傷付いているのかどうか、よく分からないんです。

何かちょっと紛らわしいですけど、自分の感じていることが自分で分からないという意味ではなくて(それもあるけど)、この苦しさが、失恋のためなのかどうか判別できない。

失恋した後、数日は泣いたりショック状態だったりしたけれど、その後は、案外、すんなりと思い切りがつきました。
思い切りがついたと思ったのは錯覚で、今になって押さえつけていた感情が噴出してきたのか。それとも、鬱が下がり調子になっているので、それに相応しい記憶が湧き出してきているのか。
人間の、というか私の心って何なんだろうなあ、と思う日々です。


失恋相手との間のこれまでの関係も、何だったんだろうなあ、と、自分の中でうまく処理できないでいます。

そういう関係でいたのは、とても短い間でしたけど、それまでに、友達としての関係があるわけだし、関係が切れるとしても、お互いに嫌な印象を持ちたくないと、私は思うんです。
だから、手のひらを返したような冷たい対応をされたのが悲しい。割り切った行動をとる人だというのは知っていたけれど。
それまで、合わないと思っていた色々な面が思い出されて、自分がひどい間違いを犯してしまったような気がします。好きだと思った気持ちは、錯覚ではあっても、偽物ではないと思うけれど。

一般的な意味でではないけど、私にとって運命の人だったと、今でも思っています。
出会うことが、必然だった。その経験を通して、学ぶべきこと・成長すべきことがあった。だけど、ずっと一緒にいる相手ではなくて、卒業することが必要だったのだと思う。
もう二度と会いたくないけれど、一緒にいられるうちに、もっと相手のことを思いやったり、好意や感謝を伝えたりすればよかった。(そうすれば失わなくて済んだかも、という意味ではなく。)

ああー、こういう思いをすることも、必要な経験なんでしょうかね…。
もう本当、きれいに忘れたい。忘れてしまっても、きっと学んだことは魂に刻み込まれてるよ。
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フィルムセンター
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