杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

南部杜氏、時空の旅

2017-06-16 16:16:42 | 地酒

 5月下旬、2年ぶりに岩手県の南部杜氏の故郷を訪問しました。「萩錦」「富士錦」の杜氏を務めた小田島健次さんが酒造人生にひと区切りつかれるということで、慰労と感謝を伝えるべく遠野市のご自宅にうがかいました。

 

 一昨年訪れたときは、小田島さんと後輩の蔵人小林一雲さんと3人で花巻の居酒屋で盛り上がりましたが(こちらを)、今回は嬉しいことに萩錦の蔵元夫人萩原郁子さんも来てくださり、ご一緒に小田島家に泊めていただけることになって、従前に増して賑やかな慰労会となりました。

 

 5月24日、まず東名高速バスで東京へ行き、東京国立博物館で「茶の湯展」、三井記念美術館で「奈良西大寺展」を鑑賞。新宿から盛岡行きの夜行高速バスを乗り継いで25日朝6時過ぎに盛岡駅に到着。早朝営業の入浴施設を見つけてリフレッシュした後、盛岡城址公園を散策し、9時開館のもりおか歴史文化館をのぞいてみました。6年前に開館したフィールドミュージアムで、盛岡の歴史文化をわかりやすく紹介しています。駿府城公園にもこういう施設が欲しいなあ…!

 同館で開催中の企画展『盛岡南部家の生き方』では、経済を支えていた金山が枯れたり天候不順による不作凶作、自然災害等に再三見舞われた地方大名の艱難辛苦がうかがえました。天下泰平と謳われた江戸時代も半ばを過ぎる頃には全国各地でこのような綻びが生じ始めていたんですね。

 胸を突かれたのは、享保21年(1736)1月に発行された『南部利視宛江戸幕府老中連署奉書(手伝普請命令)』。幕府から遠州大井川の河川整備を命じられたものでした。もちろん静岡の大井川のことです。会場では実際の絵図面も展示されていました。

 私は真っ先に、大井川の伏流水で酒を醸す志太の酒蔵に長年奉職した南部杜氏のおやっさんたちのことを思い出しました。おやっさんたちのご先祖様もこうして大井川を守ってくれていたんだ…と。

 南部家当主に宛てた江戸幕府老中連署奉書(手伝普請命令)は他にもたくさんあって、日光、仙洞御所、甲州など各地のインフラ整備に駆り出されていたようです。これは盛岡藩に限らず、全国のあらゆる藩に義務付けられていて、各藩主は苦しい財政を立て直すために必死に藩政改革を行った。そういう中から上杉鷹山(米沢藩)、細川重賢(熊本藩)、松平治郷(松江藩)、佐竹義和(秋田藩)といった後に名君といわれる逸材が生まれました。逆に言えば、幕府の直轄地だった駿府のようなところには、改革も名君も必要がなかったわけですね。

 

 お昼前に新花巻まで移動し、小田島さん夫妻、萩原さんと合流。花巻空港のレストランで盛岡冷麺をいただいた後、遠野市にある小田島家に向かいました。その途中、かつて小田島さんの下で頭(かしら)として働いていた菊池一美さんが入所しておられる介護施設にお見舞いにうかがいました。

 小田島さんは頭の菊池一美さん、釜屋の菊池正雄さん、まかないの菅原テツさんの4人でチームを組み、20年前に初めて取材させていただいた当時は萩錦、葵天下、曽我鶴、小夜衣の4蔵を掛け持ちしていたのです。そのことを書いた毎日新聞連載コラム『しずおか酒と人』1998年2月5日付け記事のコピーを小田島さんに託して駐車場で待っていたのですが、窓越しに、萩原さんとの再会を破顔一笑で受け入れた菊池さんを目にし、イラストで描かせてもらった面影がしっかり残っていて、胸が熱くなりました。

 毎日新聞連載コラム『しずおか酒と人』1998年2月5日より

 

 自宅のある長野県から車で掛けつけた小林一雲さんや小田島家のみなさんがバーベキューの準備をしてくださっている中、私と萩原さんは小田島家から車で数分の宮守川上流生産組合加工所を訪問しました。どぶろく特区で知られた遠野市にある4軒のどぶろく醸造所のうちの一つです。

 ここでは地元農産物の加工品(ジャム、ジュース、味噌など)のほか、自社栽培の酒造好適米「吟ぎんが」100%使用の『遠野のどぶろく』を造っていて、突然の訪問にもかかわらず加工部長の桶田陽子さんが丁寧に案内してくれました。市内4軒あるどぶろく醸造所の中では平成16年開業の最も新しい加工所で、仕込み蔵は建物も機械もまだ新しく、萩原さんも「うらやましい」を連発。どぶろくは甘口(アルコール度12%)と辛口(同15%)の2種類あって、辛口は吟ぎんが精米50%と大吟醸並みのスペック。どぶろくとは思えないスッキリ感と口当たりの柔らかさ&甘酸っぱさで、冷やして飲めばクイクイ行けちゃいます。 

 夜のバーべーキューでは、この辛口どぶろくと地元特産の馬肉をたっぷりご馳走になりました。明治元年に建てられたという小田島家は民宿が経営できるほどの広さで、小田島さんは趣味のジャズ音楽を聴くために音楽教室にあるような特大サイズのアンプをお持ち。「いずれはこの家をリフォームし、酒友が集えるサロンにしたい」とおっしゃっていました。実現のあかつきには写真付きで大々的にご紹介したいと思います!

 

 翌26日は朝7時30分から始まる南部杜氏自醸清酒鑑評会一般公開に参加しました。南部杜氏協会加盟の杜氏が平成28酒造年度中に醸した酒ー吟醸の部は全国(北海道~岡山)124蔵328品、純米吟醸の部は109蔵245品、純米酒の部は71蔵154品を対象にしたもの。吟醸の部トップはあさ開(岩手)の藤尾正彦さん、純米吟醸の部トップは三春駒(福島)の齋藤鉄平さん、純米酒の部トップは陸奥八仙(青森)の駒井伸介さんでした。

 静岡で活躍中の南部杜氏は小田島さん(萩錦・富士錦)をはじめ、山影純悦さん(正雪)、多田信男さん(磯自慢)、八重樫次幸さん(初亀)、菅原富男さん(臥龍梅)、伊藤賢一さん(富士正)、葛巻文夫さん(天虹)、日比野哲さん(若竹)、増井美和さん(出世城)等、静岡酒の屋台骨を支える方々ばかり。昨今のトレンドである高カプロン酸系酵母の香りと高糖タイプがやはり幅を利かせる中、入賞せずとも静岡らしさを堅持した銘柄がいくつもあり、ホッとしました。とくに、長年能登杜氏の蔵として認知されていた初亀に2年前に移り、それなりにご苦労もあっただろうと思われる八重樫さんの酒は、私の脳裏に焼き付いていた南部杜氏の醸す静岡吟醸のイメージを見事に体現していて、初亀の水や蔵のしくみを完全にご自分のものにされたんだろうと嬉しくなりました。

 静岡タイプでは上位入賞しないだろうと予想できる鑑評会に出品する杜氏さんたちの心境を慮ると複雑な気持ちになりますが、全国規模の鑑評会のような場で呑み比べてみるとやはり静岡酒の特徴がよくわかるし、審査員ではなく消費者の方を向いて造れと指導されていた亡き河村傳兵衛先生の教えが継承されていることを確認できるのです。

 

 一般公開は10時に終了。富士宮から駆けつけた富士錦酒造の清信一社長と合流し、南部杜氏自醸会吟醸の部でトップをとったあさ開(盛岡市)の蔵見学に向かいました。この蔵は20年前にしずおか地酒研究会の南部杜氏の故郷ツアーで訪問したことがありますが、当時の素朴な酒蔵の面影はなく、現在は見学者用コース&試飲お土産店&併設レストランが整備された立派な観光蔵に。静岡の蔵元には参考にならないくらいの規模で、いちいちため息をつくばかりでした(苦笑)。

 あさ開の併設レストランで昼食を済ませた後、帰りの新幹線まで時間があったので盛岡市内の報恩禅寺を訪ねてみました。広大な座禅堂と五百羅漢(ごひゃくらかん)で知られ、 宮沢賢治が盛岡高等農林学校時代に参禅したそう。受付にいらした和尚さんが「どこでも写真を撮ってかまわんよ」とおっしゃってくださったので、木彫りで499体が現存しているという羅漢堂をのぞいてビックリ!胎内の墨書銘から、1731年(享保16)に報恩寺代17世和尚が大願主として造立し、京都の9人の仏師によって4年後に完成し、京都から盛岡に運んだ輸送用の箱を台座として再利用しているとか。五百羅漢は全国で50例ほど現存が確認されていますが、木彫りで499体が現存し、造立年代が明確にわかるのは全国的にもまれだそうです。「こんなお寺があったなんて知らなかったなあ」と小田島さんも感心しきり。

 この羅漢さんたちが作られた享保=江戸中期といえば、前述した盛岡藩が藩政改革で苦労をしていた時代。辛い時代でも、いや、辛い時代だからこそ、人々は仏堂に救いと望みを寄せていたのでしょう。

 

 南部杜氏は、近江商人村井権兵衛が紫波郡志和村に大坂の池田杜氏を招いて酒造りを始めたのが源流とされています。村井家は信長に滅ぼされた越前浅井長政の家臣村井氏の子孫で、慶長年間に金山開発に沸いていた遠野に移住し、盛岡で「近江屋」を創業。当時最先端の酒造技術者を大坂から招いたことで、優秀な技術が根付き、多くの酒造職人が育ち、大消費地だった仙台藩へ出稼ぎに赴いた。江戸後期の文化文政年間には、米の収穫後に脱穀・籾摺りを簡便にした千歯扱き(せんばこき)が岩手にも普及し、年内に脱穀作業を終えることができるようになって冬場の出稼ぎが可能になったのです。

 静岡の酒を美味しくしてくれた南部杜氏のふるさとには、出稼ぎの酒造りで生きていかねばならなかった人々の歴史があり、南部に酒造りの技術が根付いた理由もちゃんとあった。東北の厳しい環境であったがゆえに地方自治や地域文化の根が張り、競争力のある優れた技や創意工夫の暮らしが育まれた・・・。小田島さんを道案内に、歴史の時空を超えた酒造の旅が出来た2日間でした。

 

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