杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

河村先生の遺産(その2)伊豆のみかんワイン

2016-12-28 20:55:21 | 地酒

 今年2016年も暮れようとしていますが、私にとっての2016年は、ライターの仕事を始めてちょうど30年という節目の年でもあります。静岡新聞社発行のタウン誌のスタッフライターとしてデビューし、フリーランスになって最初に定期的に請け負った取材業務のひとつに、静岡県下の農協の直販宅配ガイド『四季ORIORI』がありました。

 平成元年(1989)8月発行の『四季ORIORI第7号』では県下10農協の特産品を紹介しており、伊豆東農協のページでは特産のニューサマーオレンジ、夏みかんサワー、そしてこの年に新発売となった『伊豆みかんワイン・ゆめ紀行』を取り上げました。

 「伊豆のみかんがおしゃれにドレスアップ」というダサいキャッチコピー(苦笑)は、当時の農協スタッフさんからなぜか気に入られ、カメラマンがイメージに合わせた写真も撮ってくれましたっけ。ちなみに真ん中のイラストマップは私の手描きです。これも今見ると、子どもの絵日記レベル(苦笑)。

 

 平成元年8月発行ですから、取材はその3~4か月前。ちょうどこの頃から静岡の酒の取材も始めていました。もっとも酒の取材は好きで始めたアテのない仕事でしたが、河村傳兵衛先生や栗田覚一郎さん(当時の県酒造組合専務理事)という面白いオジサマたちに勝手にくっ付いて行って、クセのある酒蔵や酒販店のおやじさんたちにからかわれながらも、静岡吟醸のビックリするような味わいにドキドキしたものでした。

 河村先生に「伊豆でみかんワインというのを作ったそうで、農協の雑誌の取材で行ってきました」とお話したら、「あれは私が開発したんだ」と言われてビックリ。先生から、素人が読んでもちんぷんかんぷんの技術論文を見せていただき、「まあワインも日本酒も似たようなもんか…」とスルーし、論文のことは記憶からすっかり消えていました。

 

 先月から取り掛かっているJAの情報誌で伊豆みかんワインを取り上げることになり、懐かしいなあと思っていた矢先に先生の訃報。それに呼応するように先生のみかんワインの論文のことが思い出されました。今なら多少理解できるかもと思い、頭に叩き込む意味で一部ここに書き込んでみます(具体的な数字や酵母の名称は伏せますね)。

 

ミカンワイン

 昭和47~48年、温州ミカンの農作により暴落した。このため生食以外の利用にミカンワインの試験醸造を行った。

 ミカン果汁の中には微量の酵母と細菌が存在し、殺菌剤を用いると菌を完全に殺菌することはできないが、菌の増殖を抑制した。試供した酵母はブドウ酒酵母2株、清酒酵母3株を用いた。清酒酵母は湧付が遅れたがワイン酵母は早く、ミカンワイン製造にはワイン酵母が適していた。

 温州ミカンの糖分は7~10%であるので、ワインを醸造するためには補糖し、糖濃度を26%まで高める必要がある。果皮を手で剥皮し、搾汁したパルパー果汁を用いたが、製成酒の香りはクセが少なく、味も淡麗で良好な品質であった。工場生産されているパルパー果汁、インライン果汁、逆浸透圧法果汁、真空濃縮果汁も用いてワインを醸造した。それぞれきき酒した結果、パルパー果汁のワインが最もよく、淡麗であった。インライン果汁と逆浸透圧果汁は精油分が多いため苦味を感じた。真空濃縮果汁のワインは香りが悪く酒質が最も劣った。いずれの製成酒とも酸味が強く、除酸する必要があった。

 静岡県のみかん果汁の酸度は1.0~1.2であり、他県と比較して高いため、100%果汁として飲みにくい。ミカンワインの酸度も、ブドウを原料としたワインに比較して5~6割多く、酸味を強く感じた。ミカンワインの有機酸はクエン酸が90%で、残り10%はリンゴ酸である。酸味を減ずる方法は、一般的にはアルカリ性試薬によって中和する方法である。中和剤として炭酸カルシウム、炭酸カリウム、炭酸ソーダ、アンモニアを用いてミカンワインの酸度を調製した。中でも炭酸カルシウムを添加して0.5%の酸濃度に調製したワインが最も良好であった。

 中和剤で酸味を減少させる方法では有機酸塩がワイン中に残存し、風味に悪影響を与える。ブドウ糖からのワインはマロラクチック発酵によってワイン中のリンゴ酸を乳酸やエタノールに変換し、味を丸くすることができる。ミカン果汁中のクエン酸を微生物によって分解し、減少させる方法を考え、クエン酸資化性の酵母をスクリーニングし、分離した菌株を定めた。

 ミカンワインのもろみ中にこの酵母とワイン酵母を添加してもほとんど酸度は減少しなかった。そこで先に果汁をこの酵母で発酵させ、クエン酸を消失させた後にもろみに添加し、発酵させると任意の酸度に調製することができた。製成したワインは無処理や中和法によるワインに比較して、丸みのある良質のワインとなった。

 賀茂郡東伊豆町の伊豆東ワイン㈱で昭和63年11月から製造し、現在は果汁42キロリットルで原酒80キロリットルを生産している。原酒に糖分、クエン酸、香料を添加して、アルコール8%の甘味果実酒を製造している。 

バイオテクノロジー研究調査報告書/平成2年3月 静岡県工業技術センター発行より

 

 

 

 ミカン農家に損をさせないために、なんとか売れる加工品にしよう、しかも「淡麗で丸くて良好」と、まるで静岡吟醸に匹敵するような美味しいワインを作ろうと、トライ&エラーを繰り返した河村先生の生真面目な姿が甦って来るようです。昭和40年代から始めた研究であれば、本当に地道にコツコツ研鑽を積み重ねてこられたんですね。

 

 思えば、河村先生の研究は、酒蔵やみかん農家が苦しい時に必要とされてきたものでした。農作物が原料だからすぐには成果が出ないし、研究室で成功したものを現場に落とし込んで定着させるには、現場が意識を共有してくれないと難しいでしょう。

 公務員ですから、民間企業のように結果が出なくて業績評価に響く、なんてことはないだろうし、異動になれば後腐れなし・・・で済ませることも出来たはずですが、私が知っている河村先生は、私が知っている公務員というカテゴリーには当てはまらない、妥協を許さない勝負師でした。その、他人にも自分にも厳しい生真面目さが時には軋轢を生んだこともありましたが、しっかりレガシーを残している。「公僕」という肩書が、これほどふさわしい人が官庁の研究機関にいるでしょうか。

 

 現在、温州ミカンは当時の「豊作で価格暴落した余剰ミカンを加工に回す」という状況とは打って変わり、生産農家の高齢化や産地集約等により、生産量が減少しています。というか、作るからにはしっかり品質管理&ブランド化して、ちゃんと売れるミカンを作る、という体制になっているんですね。三ケ日ミカンが生鮮品として日本で初めて「機能性食品表示」を取得したことも話題になっています。

 

 平成元年の開業時以来、28年ぶりに訪ねた伊豆東ワイン㈱では、アルコール度5~6%の甘口ワイン、10~11%の辛口ワインの2タイプ製造していました。加工用に回せるミカンの入荷量が少ないため、仕込み日も限定的。ミカン以外にアロエやニューサマーオレンジのリキュールも作るようになったそうです。直売店や工場見学コースは昔のまま。考えてみると6次産業の先駆けだったんですね、ここ。

 

 ・・・にしても、河村先生が開発に関わった伊豆みかんワインを、先生が亡くなった直後に再び取材するなんて、先生に天上から「しっかり論文を読んで取材しろ」と叱咤されたようなもの。日本酒を飲みつけている身にしてみれば、みかんワインなんてミカンジュースに毛が生えたようなもん・・・なんて見下していた自分が恥ずかしくなってきます。

 見た目はいかにも観光土産って感じですが、河村傳兵衛研究員の若かりし時代のレガシーとして飲み支えしなければなりません。このワインも「静岡の地酒」に相違ないのですから。

 伊豆みかんワインはこちらのサイトから購入可能です。

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