ハコヅメの雑感

主にネット・書籍でへぇとおもった三国志関連のメモ集。

History Batonを頂く

2005年07月09日 | 三国志 メモ
清岡さん主体の「三国志ニュース」から、なにやら楽しそうなhistory Batonなるものを頂きました。
ココ最近、いろいろと忙しかったもので、なかなか回答できずにおりましたが、バトンがどんどんつながるといいですねぇ^^
さてさて、歴史に関する設問の解答をば…ってあんまりたいしたことは書けませんが^^;

1.Number of your book about history(歴史に関係する本の所持数)

え〜と、ちくまの正史三国志が蜀書を除いて7冊。
あと、今も捨てられない、高校のころ使っていた世界史の教科書&資料集。
もちろん捨てられない、日本史の資料集。古典の資料集もしっかり残ってます!!
やっぱり写真や図説なんかが多いので、見てるだけで面白いんですよね。
あとは、世界史人名辞典とか^^;
う〜ん。他には苦しいけど、大学のころ所持していた古英語の資料集。
洋書ででっかくて分厚くて重い代物。
これで、イギリスの歴史も一緒に紐解けますもんね。
映画「キング・アーサー」とか「トロイ」「キングダム・オブ・ヘブン」なんか見た後に
家に帰って資料集を見直してました。存外役立つ??
関係ないけど、同じように理科の資料集もなぜか取ってあります。
しし座流星群とか、この本持って夜空を眺めてました。

2.People who patronizes it now(今イチオシの人物)

う〜ん。
一押しですかぁ。今気になってるのは、孫策ですね。
というのも、参加している会報様に孫策のイラストを投稿しようとしてます。
最近はどう想像しても、ヤンキーマンガの主人公です。
孫策をはじめ、孫一家が気になります。

3.The battle I remained(印象に残っている戦い)

合肥の戦いかしら…。
あんまり戦いがどうのとかはわかってないです^^;私。

4.Five person favorite of me, or that mean a lot to me(好きな、若しくは特別な思い入れのある人物5人)

+甘寧+呂蒙
もうこの二人は自分の中では今更いうこともないので割愛です。
+張英+樊能+于麋

なんで、劉ヨウ配下が盛りだくさんかというと、単にゲーム「三国志IX」で
山越討伐でこき使っているうちに愛着が出てきただけです。
経験を重ねて、だんだんと成長して(成長ポイントを山越対策でこの三人に振りまきまくり)
まさに百戦錬磨の渋さが光る将になってしまった……!!

5.One-Five people to whom I'm passing the baton(バトンを回す人1〜5人)

むじんさん、いつもお世話になってます!!
お忙しいでしょうが、バトンをうけとってくださ〜い!!
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三国志マガジン 白眉最良号を読む

2005年06月03日 | 書籍 メモ 
今日、発売からやや遅れたものの、三国志マガジンに目を通した。
三国志マガジンは、本屋さんで働いている知り合いにデリバリーを頼んでいるんだけど、(目的の本が満足に買えない人なもので)今日届けてくれました。
今回、連載の「火鳳燎原」「曹操孟徳正伝」、面白くなってきたなぁ^^と思った。
なんか、「蒼天航路」でもそうだったのですが、「火鳳燎原」を読んで、董卓もただの大悪党というイメージから最近変わってきてる。信念というか、気合の入った悪党だなぁと。
献帝もアリでした。暴走ぶりに笑ってしまったけど。
洛陽潜入後どうなるか次号が楽しみです。
小孟扮する貂蝉、早く見てみたい。
「曹操孟徳正伝」は、曹操の花嫁泥棒事件でさらった花嫁が献帝の母、王夫人だったっていう設定がいいなぁと思った。
そういえば、呂布の顔つき、「ウダヒマ」の初期の電波入ったアマギンとか、荒場凪の顔がふと浮かんできた。やっぱりこいつもプッツン来てるなぁって。
貂蝉が絡んでくるとどう変わるんだろ、この呂布は。

先月お邪魔した三国志城の記事も載ってるし、ほくほく♪
今回、なんか前号と比べて、薄くなった…?と錯覚したけど、内容は良かったです^^
うまなみ三国志も面白かったし、一番ぐっときたのが、巻頭読みきりの「巌のごとく」。
画力も流石だし、なんかほろっときた。…職場の休憩室で。
そしたら、ば〜んと休憩室の扉が開いて(こっそり見てたのでびっくり)、職場の三国志好きを知っている姐さんから、古本屋で売ってた「反三国志」を頂いてしまう。三国志好きをアピールしててよかった…。
さて、読まなくては…それにしても結構分厚いなぁ。

ちなみに、北方三国志、劉備が自分の想像よりかっこよすぎて一巻だけで購入が止まってしまってる。
破・三国志は、凌統と甘寧のとこだけ印象に残ってる。
話題の宮城谷三国志も読んでみたいなぁ。
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律暦志メモ 返却期間迫る…

2005年05月31日 | 三国志 メモ
6月初めに、職場のバイトの留学生が都合で中国に帰っちゃうそうで、あわてて、プレゼントを買いに行きました。
2年は日本に居たから、いまさら何を贈ろうか?なんて悩むこと司馬師…、もとい、しばし、ちりめん生地でつくったクマのぬいぐるみと、組細工のお箸に決定。
ちょっと奮発しました。ちょっとかさばるけど、飾ってくれると嬉しいな。
それにしても、もろ呉の出身の人なので、いろいろときめいてましたけど、三国志好きをカミングアウトすると、「三国志は戦争の話よ。男の人で好き人はいるけど、なんで?」と聞かれたっけ。
今年は、大学の冬休みで中国に帰る前に、一回でいいからスノボに行きたい!!の声に、前回遠征の三日後で他に誰も人が集まらなかったけど、彼女を連れて二人で行ったのが一番の思い出かな…。
彼女が私の休みに合わせて、学校、バイトをドタキャンしての強行軍だったから、連れて行く身としては、か〜な〜り後ろめたかったけど^^;
彼女のくれる中国のお菓子は、どれも微妙な味で身体によさそうでした。
それもいい思い出だなぁ。

さてさて、いろいろ考えて眠れないから、久々にメモ書き〜。
前回のドレミメモを書いてから、いったん図書館に出向き、延長してまた借りてきた、全訳後漢書「律暦志」と「禮儀志」
明日、また返却しなくちゃいけなくて、その間に読み切ったかというと否…。
律暦志は途中で読むの放棄しました。読んでるとまず、禮儀志から読めば良かったんだなと後悔。
暦ってホントさっぱりです。
とりあえず、今現在まで取った律暦志メモをこちらに書き写すことにする。

もう箇条書きというか、ノートみたいなものです。

+鐘律…音楽全般を指す。

+音階(聲)…ド(宮)レ(商)ミ(角)ソ(徴)ラ(羽)

+清濁=絶対音高の高低 →清=高 濁=低

+律呂=十二律の総称  →律=陽 呂=陰 ■呂律(ろれつ)がまわらないとの関連は??

+十二律
 黄鐘(律)┐=11月
 大呂(呂)│=12月
 太蔟(律)│=1月
 夾鐘(呂)濁=2月
 姑洗(律)│=3月
 仲呂(呂)┘=4月
 ズイ賓(律)┐=5月
 林鐘(呂) │=6月
 夷則(律) 清=7月
 南呂(呂) │=8月
 無射(律) │=9月
 應鐘(呂) ┘=10月  

蔡ヨウの「月令章句」より
『昔の聖人は陰陽に基づいて音声を区別し、その高低を詳細にしたが、しかしそれらを書き移すことも、口伝することもできなかった。
 そこで、最初に金属を鋳して鐘を作り、それにより十二の音を握らせ、そのあとで、鐘に基づいて上昇し下降する気を明らかにした。
 しかし、鐘の見た目は、大小が微妙で見た目で高低を区別しにくいので、そこで、竹を切って、これを律と呼んだ。』

+律…音の高低の基準→この長さが制度化するにいたる。

最初は、律の説明だったのだけど、
ココから後は、中国の星座と、太陽の角度とかそんなお話で、本格的に、暦がかかわってきます。
ここらへん、禮儀志とリンクする部分多数…。
あたまいた〜。でも興味深いといえば深い。
これは明日も借りなおすしかないかな…。
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甘寧神様になるその2

2005年05月07日 | 三国志 メモ
前回紹介した甘寧に関する論文らしきもの…
yahooで普通に甘寧伝を打ったら、なんと二番目に出てきてました。

というわけでリンクを貼っておきます。

三国志神仙伝
早稲田大学の三国志研究会さまに残ってた論文だったみたいです。
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古代中国のドレミ♪メモ

2005年05月01日 | 三国志 メモ
今日、先日借りた本を返しにまた図書館に行ってきました。それでまたまた借りてきた。
借りてきたのは、
・「全訳後漢書」-志-(一)律暦志 汲古書院
・「全訳後漢書」-志-(二)禮儀志 汲古書院
・「風俗通義」 中国古典新書
・「中国古代の生活史」 吉川弘文館

後漢書に関しては、うちの地元の図書館…八志のうちこの二つしか置いてなかったのがショック。
今、律暦志に目を通して入るものの、…なんというか数学大嫌い人間にとっては、暦だの単位だの角度だのもう「ごじゃはげ」な内容で理解に到るにはちょっと難しい…。

音律と暦が呼応するというこの律暦思想は…考えた人は大変だったろうな、という感想を吐くのがやっとです。
今の音階でいうド・レ・ミ・ソ・ラを五音とし、(七音だと、#ファとシが加わる)そこから十二律・六十律へ細かく音階を設定しちゃったと。その音を出す律管の長さが、また細かいのなんの。
んでそれを暦に当てはめて、またまた方角だのなんだかんだと細かくいろいろ決めちゃう。
もう恐れ入りました。というか、掛け算とは割り算とか、小数点論理なんか当時でもガンガン使っちゃっていろいろはじきだしてたんだな〜と感心感心。今に生きる私なんか、計算機すらろくに使えないのに…。

数字の話が出てきたとたん、飛ばし読みの私。
それはともかく、あんまりに細かく微妙…もとい繊細な六十律。
後漢の時代になると、耳でその六十律を聞き分け、管理する楽器の律調ができなくなっちゃったってさ。
後漢の章帝が詔を出して、「絶対音感テストせよ〜〜っ!!!」って、結局誰も合格できなかったという…。

本は変わって、「風俗通義」でも「五声(音)」と楽器の総称「八音」についてかかれてありました。
なんで、音階をまた五行に当てはめ、五常に当てはめ、別のものに置き換えたがるのだろうか。
例:宮(ド)は五行では「土」であり、五常では「信」であり、人にあっては「君(主)」である。
う〜ん。とってもヤヤコシイ。

それはそうと、映画「英雄」での秦の宮殿での音楽の美しさは感動しました。
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甘さん 神様になるのメモ

2005年04月29日 | 三国志 メモ
有名な方の「関」さんじゃないです。「甘」さんです。

えっと、TOP絵変更に付き、サイトのTOPにおいてあった「甘寧メモ」をこちらに移します。
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無双で凌統人気な昨今、すっかり影の薄くなった甘寧を再プッシュしようと小さく決起。
さてさて、青空文庫さまで、甘寧が出てくる小説を発見。
太宰治の竹青という小説。
舞台は三国時代の後、甘寧は神様として祀られている時代です。
なんで、演義で甘寧の死の際に
カラスが集まったか…その謎が見えてきます。
他、田中貢太郎の竹青も。
原典は、清の時代の中国の怪異小説集「聊斎志異」だそうな。
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以前、「甘寧」このワードだけでネットの大海を泳いでいたときのこと、「呉王」と烏の関連についての論文(らしきモノ)を見かけたのですが、現在探しても見つかりません。
総当りかける「若さ」がもうないというのも原因ですが、今甘寧と打つと、無双関係が上位ですもんね^^
そのかわりに、「青空文庫」さまの竹青で甘寧の二文字を発見したというわけです。

その論文を読んだとき、「おおお!!」と感動したものでしたが、烏(カラス)の習性が、船を操る人の縁起を担ぐとかなんとか書いてありました。
カラスの目標に向かって一直線に飛ぶ様が、船をまるで先導しているかのようだとかなんとか書いてあったと記憶しています。

長江の船乗りが演義で海賊設定な甘寧に航行の安全を祈願するようになり、加えて船乗りにとって身近で、かつ崇拝されたカラス信仰が合体して、「呉王」になっちゃった甘寧。

日本の神話で、八咫烏が神武天皇を勝利へ導くというのも、カラスのその習性を神聖視する名残が残っているとも書いてあったなぁ。
ついでに凌統の廟についてもちらっと触れてあったけど、人気は甘寧に軍配ありとかなんとか。
もう一度読みたいと思う、今日このごろ。
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古代中国服飾メモ 無双甘寧の武器について

2005年04月26日 | 三国志 メモ
今回のメモは、「武器と防具 中国編」より

無双でキャラクターが使用している武器は、三国時代以降の武器も多いですが、甘寧の「呉鉤」…も形状は唐代のものっぽいです。
「呉鉤」という名称は春秋時代、呉の国で反りの曲がった刀を作らせた故事より、唐代、曲刀を総称してっそう呼んだと書かれてあります。

名称は春秋から来てますが、形状は春秋時代のもの、そのままではなさそうです。
でも、反りのある刀というからには、「なた」状だろうとは思います。
青銅器の時代から、南の方で曲刀が出土してるらしいので、多分、南北朝時代を経て、南の文化を吸収した唐の時代に全国的に(?)メジャーになり、形状のバリエーションも増えたのかと推測できます。
標準規格は、0.7kg以上、全長1m、柄の長さが20cm、腕をおろした状態で、手にもち、自分の耳にかかる長さがよいとか。
呉鉤の場合、「突き刺す」というより、「斬りつける」に有利な武器ですので、ある程度の重さが必要なんでしょうね。
ということは、無双4の武器の重さ「軽い」はやっぱり甘寧には似合わないってことだなぁ。

ちなみに私、「重い」武器も結構好きです。
無双2の徐晃の武器の使用感は大好きでした。
軽いだと「斬ってる」感触が薄いですもんね〜。

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古代中国服飾メモ 丁寧の語源を知る

2005年04月24日 | 三国志 メモ
メモはこの本「中国古代の服飾研究」を図書館に返すまで、取れるだけ取っておこうと思う。

古代、将軍は太鼓と鐘を叩いて指揮をとっていたようですが、
その退却の合図である鐘の事を「丁寧」と呼ぶそうで。
最初のメモで軽く触れたけど、「寧」は「鈴」と読みを同じくそうで、その時点で瞬時に甘寧へと直結させた自分なのでありますが(汗)

今、読み返してると、「丁寧」って「丁寧な口調で…」という「丁寧」と同じ字を使ってるなぁ。
これってなんか関連があるのかな〜と思って、調べました。

↓検索したところ、ズバリだったようで。
「ことばをめぐるひとりごと」

こちらの管理人Yeemarさんがおっしゃるには、この鐘のなる音がそのまま、鐘の名前、そして、鐘の音にそってきちんと動く様にまでなったという、いわゆる、擬音が先立って生まれた語だとおっしゃっているわけなので、「丁寧」の語源は鐘の「名前」から来たなんて、単純なことはおっしゃってません。

音がそのまま、形容詞まで昇格したってことは、それだけこの「丁寧」の合図は、重要であったということでしょうね。
音がそのまま、動作や形容に使われる、他にそんなことばってあるかなぁ〜。
ふと思い浮かんだ、「チンする」とかは、思いっきり俗語だろうしなぁ。
と、ちょっと脱線したものの、たいへん勉強になりました。
言葉にも歴史って見えてきますね。
日本も漢字圏なのでまだまだ古代中国の歴史が漂着してそうな気がします。



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古代中国服飾メモ 馬具について

2005年04月23日 | 三国志 メモ
どうも甘寧が街を闊歩したのは、馬に乗って…というのが前提らしい??

馬具についての記述をあさっていると、呉志・甘寧伝の引用がされていた。
漢の武帝の頃には、馬具は発達し、後漢末に馬具は、どれだけ目立てるかの装飾品として、華美になっていったとある。
鞍に用いる布の素材・刺繍にこだわり、彫刻や細工、はては鈴をつけ…その音まで誇示!!というのが、長安で流行ったとさ。
甘寧の一行も陸路だろうが水路だろうが、華麗で道に照り映えたとあるのだから、馬具も豪奢だったと思われる。
そこで、甘寧伝に馬踏鐙の登場が見られる…と引用されているのだけど、私が確かめるとしても、甘寧伝の原文読んでるわけじゃないし、手元のちくま訳本では、「外出時には馬車や騎馬を連ね…」←このあたりに何かあるんだろうか。
それとも、「背中には水牛の旗差しものを差し、腰には鈴を…」が「馬の」っていうところにかかってたりして??
どうなんですか?沈さん!!(この本の編者)
う〜ん。考えてみれば街をのし歩くのに、騎馬はハイソで悪な甘寧一味にとっては当たり前なの??
私のイメージとしては、時代劇みたく、下町を蟹股気味に手下を連れて歩いている、ちんぴらイメージだったのだけど。
街をのし歩く徒歩の甘寧一味と、馬に乗って街を闊歩する甘寧一味。
どちらが街に照り映えるか…、そりゃ馬上だろうけど。。
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古代中国服飾メモ 印綬 綬嚢について

2005年04月22日 | 三国志 メモ
三国志の中でいちばん有名な印綬が「伝国の玉璽」だとおもうのですが、
そんな印綬メモ(意味不明)

曹操は、腰にいくつもの皮袋をぶらさげていた…という記述をみかけましたが、その中に、「官印」の入った嚢「綬嚢」はあったのだろうか。
「印綬」という言葉は、平時右腰に嚢に入れてぶら下げているであろう「官印」と、階級や身分で、色や長さ、本数が異なる「綬」と呼ばれる、腰にまく組紐の2つの要素でできてる。
私の今までのイメージとしては、ハンコに穴があいてて、そこに通される紐が「綬」だと思ってた。
ちくま注にも官印にリボンがついているので印綬という、と書いてあるし。

「印」と「綬」をセットで朝廷から賜って、セットで腰から下げるから印綬なのね。

++参考に目を通したい古典++
+「後漢書」輿服志
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