うたことば歳時記

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私の「夏は来ぬ」

2017-05-20 09:55:43 | その他
今朝(5月20日)、散歩の途中でホトトギスの声を聞きました。去年も今頃でした。ホトトギスはカレンダーもないのに、よくもまあ正確に渡って来るものと感心させられます。旧暦では今日は卯月4月25日ですから、今日の鳴き声は「忍び音」ということになります。私のブログでことあるごとに「忍び音」について書いていますから、読者の方はもう御承知とは思いますが、世間では「ホトトギスの初声」とか「声をひそめて鳴くホトトギスの鳴き声」だとか、出鱈目な解釈がまかり通っています。国語辞書・古語辞典までそうなのですから、一般の人が勘違いするのはやむを得ませんが、残念でなりません。ホトトギスの「忍び音」とは、旧暦卯月4月に鳴く声のことです。詳しくは私のブログ「うたことば歳時記 ほととぎすの忍び音」を検索して御覧下さい。辞書がいかに出鱈目であるか、納得していただけると思います。

 ホトトギスの声を聞くと、思い浮かぶのは唱歌「夏は来ぬ」のことです。御存知のように卯の花の垣根にホトトギスがやって来て鳴くというのですが、生態としてはあり得ないことです。ホトトギスが卯の花に好んでやって来るという趣向は、王朝和歌には常套的に詠まれています。しかし当時の人が卯の花の枝にホトトギスが止まって鳴いているのを見ていたわけではありません。卯の花の咲く季節とホトトギスの鳴き始める季節がたまたま一致しているため、ホトトギスは卯の花を好んで鳴くと決めつけて、観念的に詠んでいるだけのこと。作詞者の佐佐木信綱は国学者でもありますから、その様なことは先刻承知でした。ところが現代人は古人のホトトギスと卯の花の関係を知りませんから、歌詞そのままにホトトギスが卯の花にやって来ると思ってしまうのです。佐佐木信綱も罪な歌を作詞したものです。

 唱歌「夏は来ぬ」に歌われている夏の景物は、ほととぎす・卯の花・螢・楝・水鶏・田植え等ですが、今年はまだ螢と水鶏は目撃していません。楝の薄紫の花はもう美事に咲いています。田植えは本来は露の最中のことでしたが、現在は時期が早まり、我が家の周辺ではもうそろそろ終わる頃です。

 散歩をしながら、ふと私にとっての「夏は来ぬ」にはどのような景物があるか思い巡らせて見ました。要するに何を見れば夏が立ったことを実感するかというのです。これは地域によって異なるでしょうし、その人の感性にも因るでしょうから、人それぞれでよいとは思います。

 私の住んでいる埼玉県の比企丘陵では、卯の花の盛りはこれからです。今年の立花は5月5日でしたから、その時期の景物として私が夏の到来を感じるものは、イチハツが上げられるでしょうか。アヤメの仲間では一番最初に咲くことから、その名前があります。昔は火事除けのお呪いとして、茅葺き屋根に意図して植えられたものでした。その他には、ガマズミ・ノイバラ・エゴノキの白い花が印象的です。

 ノイバラには立派に薔薇(ばら)の芳香があり、薔薇の原種であることがわかります。「ばら」を外来語のように片仮名で書く人が多いのですが、『万葉集』にも「うまら」という名で詠まれていて、立派な日本語です。薔薇という漢字が与えられ、「ショウビ」と音読みすることもあります。

 ガマズミもノイバラも卯の花もエゴノキも、みな白い花が咲きます。枝に絡まるスイカヅラの花も、咲き始めの頃は白く、そのうちにクリーム色になります。新緑が美しいこの時期、緑に映える白い花は、いかにも初夏らしい色の取り合わせですね。

 道柴の上には柳の綿が5㎝くらい積もっています。朝日を浴びて空中を舞い漂う様子は、それはそれは美しいものです。枝垂れ柳は雄株ばかりで綿ができませんが、川柳の種類には雌株が多く、この時期特有の景物となっています。

 チガヤの穂が綿のように膨らみ、今にも風に飛んで行きそうになるのも今頃です。せいぜい50㎝ほどの高さですから、これでは茅葺きの屋根や茅の輪潜りの輪の材料にはならないのに、ネット情報には茅葺き屋根や茅の輪の材料になると、これまたいい加減な解説がたくさん見られます。実体を知らずに、経験もなしに、ネット情報をコピペするので、そういうことになってしまいます。

 川の土手の側には、スイバ(すかんぽ)やそれより少し大柄のギシギシがたくさん咲いていました。山田耕筰作曲、北原白秋作詞の「 酸模(すかんぽ)の咲く頃」という小学生の唱歌があります。歌詞は「 土手のすかんぽ、ジャワ更紗(さらさ)、 昼は螢がねんねする、僕ら小学尋常科、今朝も通ってまたもどる、すかんぽ、すかんぽ、川のふち、夏が来た来たドレミファソ」というのですが、「尋常科」は後に「一年生」に変更されています。私が小学校に入学した頃は、よく歌いながらスカンポの茎を折ってかじったものでした。この歌詞に「夏が来た来た」と歌われているように、夏の到来を感じさせるものでした。さすがに町中には見られないでしょうが、郊外の水辺に近いところならどこにでもありますから、探してみて下さい。その花の様子がジャワ更紗に喩えられたことも、御覧になればすぐに納得できます。東京に下宿していた頃、食べる物がなくて多摩川の土手から春の若芽を採って来て、ぬめりのある舌触りを楽しみながら食べたものでした。ただしほうれん草のように蓚酸が多いとのこと。茹でてから水にさらして下さい。

 ホトトギスの仲間にカッコウがいますが、数日前の母の日にはその鳴き声も聞きました。カッコウはヨシキリの巣に卵を産みますから、葦の生えているような所にやってきます。ホトトギスはウグイスの巣に卵を産みますから、葦原には絶対に来ません。ウグイスはうす暗い茂みの中に営巣しますから、竹藪の多い里山ならホトトギスの声が聞こえます。今日ホトトギスの声を聞きましたから、これから7月まで、毎日毎晩のようにホトトギスの声を聞けるのが楽しみです。

 身の回りには初夏の景物が沢山あります。それらを見ながら、私なりの「夏は来ぬ」を楽しんでいます。読者の皆様の「夏は来ぬ」にはどのようなものがあるのでしょうか。「都会ではそんなものはない」などと言わずに、食べ物なら楽しむことができますから、例えば豆ごはんなんてこの時期ならですよね。私は食べることにはあまり関心がないので、「私の夏は来ぬ」には食べ物は登場しませんでしたが、みなそれぞれの「夏は来ぬ」を探してみて下さい。
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