マキペディア(発行人・牧野紀之)

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「非正規」の人々

2016年06月06日 | ハ行
 所属なき人 見えているか

        小熊 英二

19世紀英国の首相ディズレーリは、英国は「二つの国民」に分断されていると形容した。私見では、現代日本も「二つの国民」に分断されている。

 そのうち「第一の国民」は、企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。「第二の国民」は、それらの組織に所属していない「非正規」の人々だ。

 この分断の顕在化は比戟的最近のことである。私が国立国会図書館のデータベース検索で調べたところ、雇用関連の雑誌記事の題名に「非正規」という言葉が使われたのは1987年が初出だ。そしてそれは2000年代に急増する。

 それ以前も「パート」「日雇い」「出稼ぎ」などはいた。だが、それらを総称する言葉はなかった。「パート」や「出稼ぎ」でも「正社員の妻」や「自治会員」である人も多かった。単に臨時雇用というだけでない「どこにも所属していない人々」が増えたとき、「非正規」という総称が登場したともいえる。

 彼らは所得が低いのみならず、「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し、結婚も容易でない。

 「週刊東洋経済」の特集「生涯未婚」は、「結婚相談所なんて正社員のためのビジネスだとわかりました」という34歳男性の言葉を紹介している(週刊東洋経済5月14日号)。女性の7割は年収400万円以上の男性を結婚相手に期待するが、未婚男性の7割は年収400万円未満である。その結果、男女とも結婚できない。50歳時点で一度も結婚していない「生涯未婚者」は、2035年には男性で3人に1人、女性で5人に1人になると予測されている。

 これは所得の問題だけではない。昔なら低所得でも、所属する企業・親族・地域の紹介で「縁」が持てた。所属のない人々はそうした「縁」がないのだ。

 こうした「第二の国民」は、どの程度まで増えているのか。統計上の「非正規雇用」は4割だが、藤田孝典は「一般的に想像されるような正社員は実は急減している」という(藤田孝典・白河桃子、対談「婚活ブームを総括しよう」、週刊東洋経済5月14日号)。労組もなく、労働条件も悪く、「10年後、20年後の将来を描けない周辺的正社員」が増えている。そして「彼らの増加と未婚率の上昇はほとんど正比例」というのだ。

 低収入で家族もいない人が増加すれば、人口減少だけでなく、社会全体の不安定化に直結する。1月に犠牲者15人を出したスキーバス事故の背景に、高齢単身運転手の劣悪な労働・生活状況があったことはテレビでも報道された(番組・NHKスペシャル「そしてバスは暴走した」4月30日放映)。

 それにもかかわらず、「第二の国民」が抱える困難に対して、報道も政策も十分ではない。その理由は、政界もマスメディアも「第一の国民」に独占され、その内部で自己回転しているからだ。

 日本社会の「正社員」である「第一の国民」は、労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け、彼らを保護する政策を実現できた。

 もちろん「第一の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方、保守と革新の対立などだ。55年体制時代の政党や組織は、そうした対立を代弁してきた。今も既存の政党は、組織の意向を反映して、そうした伝統的対立を演じている。

 報道もまた、そうした組織の動向を重視する。新聞紙面を見るがいい。記事の大半は政党、官庁、自治体、企業、経済団体、労組といった「組織」の動向だ。一方で「どこにも所属していない人々」の姿は、犯罪や風俗の記事、コラム、官庁の統計数字などにしか現れない。

 政党も報道機関も、「組織人」と「著名人」しか相手にしない。というより、組織のない人々を、どう相手にしたらよいかわからない。私はある記者から、こんな話を聞いたことがある。

 福島原発事故後、万余の人が官邸前を埋めた。米国大統領府前で万余の人が抗議すれば、大ニュースになるはずだ。しかし日本では報道が遅く、扱いも小さかった。その理由について、その大手メディア記者はこう述べた。

 「あの抗議は労組や政党と関係のない所から出てきた。組織がないのに万単位が集まるなんて、何が起きているのか理解できなかった。私たちは組織を取材する訓練は受けてきたが、組織のない人々をどう取材したらいいかわからない」

 30年前ならこの姿勢でもやっていけただろう。だが所属組織のない人々が増えるにつれ、「支持政党なし」も増え、新聞の部数は減る一方だ。「第二の国民」にとって、新聞が重視する政党や組織の対立など「宮廷内左派」と「宮廷内右派」の争いにしか見えないからだ。これは媒体が紙かネットかの問題ではない。

 政策もまた、認識が古いために、的外れになっている。堀内京子は、官邸主導により、少子化対策として「3世代同居」優遇税制が導入された経緯を検証している(堀内京子「現実無視のイデオロギーが税制ゆがめる。首相指示により『3世代同居』前面へ」Journalism 5月号)。だが平山洋介によれば、3世代世帯は持ち家率が高く、住宅が広く、収入が多い(平山洋介「『三世代同居促進』の住宅政策をどう読むか」世界4月号)。3世代世帯の出生率が高いとしても、恵まれた層の出生率が高いというだけだ。それを優遇しても、少子化対策として効果はなく、恵まれた層をさらに優遇するだけだという。

 放置された「第二の国民」の声は、どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は、日本社会の未来を左右し、政党やメディアの存亡を左石する。これは、この文章を読んでいるあなたにも無縁の話ではない。(朝日、2016年05月26日)

感想

 重要な問題提起だと思います。かつても「非正規」の人々はやはりいたのではないでしょうか。しかし、こういう人々を組織したのが共産党であり、創価学会だったのではないでしょうか。

 そう言えば、先日の『週刊現代』5月28日号は「公務員の待遇が恵まれ過ぎている」という事を証明したものでしたが、そこでも「非正規」公務員は度外視されていました。事態は、こういう「不公正」を扱う記事でさえ「非正規」を無視する所まできているのです。

 子供食堂が急速に広がっているようです。ここから本当の動きが出てくると好いと思っています。

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1 コメント

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ご無沙汰しています (理科大好き人間)
2016-06-07 15:57:54
 知人が静岡の袋井への転居通知を送ってくれたので久しぶりに牧野ブログを見せてもらいました。ちょうど私もこの4月から、完全定年になり子ども食堂と拘わる、中学生の勉強の手伝いを始めました。まったく偶然にこの記事を読ませてもらいました。何かの縁と思いここに書きこませてもらいました。場合によっては子ども食堂の方にもいつかかかわるかもしれません。いつか、何かお手伝いできることがあるかもしれません。ということで、ここに書きこみを残させていただきました。

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