雑誌ブリコラージュに「生活リハビリの達人」への道 と題して連載をしております。当初、ノウハウをわかりやすく紹介するだけの記事を書こうと思ってたんですが、この回から様子がおかしくなりかけてます。キャラが勝手に現れ、「メデシン仙人」と名乗り、動き始めました。すごい仙人です。読んでみてください。
Mission2 メデシン仙人ニ、聴け!
「生活リハビリ」という言葉があいまいなまま乱用されています。施設では職員がお年寄りに「何でも自分でやるのが生活リハビリよ」と言って、できないことをやらせようとしていました。これでは「生活リハビリ」ではなく、ただの「スパルタ」です。達人を目指す者ならば伝えてほしい。「これが真の生活リハビリだ」ということを。生活リハビリについて考える際に、とてもわかりやすい図があります。まずはそれから紹介しましょう。
図1 生活行為を規定する要因1)
「生活行為を規定する要因」この図の3つの輪をみてください。ヒトが何か生活行為をするには、「身体的要因」「環境的要因」「精神的要因」の3つが揃わなくてはなりません。この3要因が重なっている色のついたゾーンから「具体的な生活行為」を表す矢印(↓)が出ています。3つの輪のうち1つでも欠けると、どれだけ待っても生活行為は始まりません。「3つが揃わないとヒトは何もできないんだよな。身体的になんともなくても、気が乗らなかったり、環境が合わなかったりすれば、なにも実現しないもんな。フムフムなるほど・・・」僕は独り言をいいながら、この図を眺めていました。
「メデシン仙人」あらわる
「そんなにみつめちゃイヤーン」この図から声がしました。
「わっビックリした!だれですか?」
「ワシじゃ」と声の主が姿を現わしました。
「ワッ何この人、気味悪!」と一瞬思いました。顔はしわくちゃの老人で、身体は3つの円でできています。老人なのに瞳は少年の様にキラキラしていて、太い腕、そして胸にハートをつけています。さっきの図では矢印がでていた所から、「ベー」っとベロをだしている、というけったいな風貌のオジイサンでした。
その老人は僕に話しかけてきました。
図2 メデシン仙人
突然現れて「目と手と心を総動員してケアせよ」と説きはじめた
「ワシはメデシン仙人じゃ。皆に生活リハビリの達人になってもらおうと道案内をしておる。ワシの教えどおりにケアをすれば、たちまち達人になれるのじゃ」
僕はこの状況についていけません。「え、めでしん?何のことですか?」
「ワシの名前の通り、『目』と『手』と『心』を総動員してケアをするのじゃ!」
「あぁ!目と手と心で目(め)手心(でしん)ですか!メデシンって薬の意味ですよね?」
「ある意味、薬じゃ。でも、もはやワシの存在は、そこらの薬を越えたものなのじゃ」
「(自信満々でちょっとこわいな)なにか僕に用ですか?」
「わしのカラダをようみてみい、なんか気づいたことはないか?」といって僕の方をじーっと見つめてくるのでした。
「(わ、困るな。なんかすごい期待した目でこっち見てる)き、きれいな瞳をされてますね」
「(うれしそうに)そうじゃろ、これがお年寄りのできる動作を見極める目じゃ。それだけ?この腕とかは気にならぬか?」
「(ちょっとめんどくさいな)はい、腕も太いですね」
「この腕は環境を整え、介助する腕じゃ。ま、ビビらなくてもよい。ここまで鍛え上げなアカンというわけではないのでな・・・。それにしても、おまえ鈍感じゃな。ホラ、このハートについても普通は聞くじゃろ!」
「・・・なんですか、そのハートは?」僕は渋々尋ねました。
「アハッ、このハート?そんなに聞きたい?」
「はぁ(自分が質問を強要したくせに!)」
「そうか、そこまで知りたいなら、このハートについてオープンにするけど、よく聞けよ!このハートはな、実は本人さんのやる気を引出し、支える心なのじゃ」
「この目と手と心を持ってこそ、生活リハビリの達人への道は開かれるのじゃ」
その日からというもの、メデシン仙人はどこからともなく現れ、生活リハビリの極意を僕に教えてくれることになったのです。
Oさんとビール
ある日、僕らは悩んでいました。男性Oさんのことです。お風呂の拒否があり、周りの職員さんもあきらめています。
メデシン仙人が現れ、僕に耳打ちするのです。
「こういうときにこそ、おまえの『目』と『手』と『心』を使うんじゃ」
そして僕にグーッと顔を近づけ、矢継ぎ早に以下の質問を浴びせてきたのです。
「この人は大腿骨頚部骨折の手術後じゃが、股関節の動きはどうじゃ?お前にみる『目』があるか?」
「この人が安心して入れる風呂の環境と介助する『腕』をお前は用意できておるか?」
「この人は今までどんな人生を送ってきた?この人が入りたくなるお風呂を用意する『心』をお前は持っておるか?」
僕はタジタジになりながらも、その時はじめて自分の目と手と心を意識しました。そして無我夢中で考えました。
「えーと大事なのはまず目か、え~と、股関節は90度までしか曲がらないけど、浴槽を座位でまたぐ動作は可能なようです」
「それから腕!安心して入れる個浴の環境設定と介助技術の準備はOKです」
「心?おっと、肝心なことを聞いてなかった。Oさん、アナタは今までどんなお風呂の思い出がありますか?」
Oさんは答えてくれました。「そうさな、農作業が終わって、まず熱い湯に入る、風呂上がりのビールが最高やったな」「ビ、ビール・・・がんばって用意します」
そしてひのきの風呂につかった後、Oさんにビールを飲み干してもらいました。それからというもの、Oさんはお風呂をとても楽しみにしてくれるようになりました。
僕は仙人にお礼を言いました。「おかげでOさんがお風呂に喜んで入ってくれました。ありがとうございました。アナタに会ってわかったことがあります。『生活リハビリ』とは、なんでも自分でやらせようとするのではなく、本人さんが主体となってもらえるように考えて、関わる我々の『姿勢』のことなんですね。我々の目と手と心で、その人の生活を手づくりしていくことからはじめないといけないんですね!これからはそのようにみんなに伝えていきます。」
それを聞いて、メデシン仙人は、満足そうな顔をしました。
「そうじゃ、その人が秘めているエネルギーはお前が思っているより、めちゃくちゃ大きいんじゃ。」といって紙に数式を書き始めました。「わしの考えた方程式E=mc2知っておるか?ブツブツ・・・わずかな質量の物質にも莫大なエネルギーが宿っておる、生活リハビリでもそれは同じ、ブツブツ・・・」それを聞いて僕は腰を抜かしそうになりました。「あなたは、ア、アインシュタイン!」その問いには答えず、仙人はこう言いました。「お前がんばっとった!しかしOさんに喜んでもらえたのはワシのおかげでもある。そんなワシに感謝をしているなら、カタチであらわさぬか?ワシにもビールをごちそうせい!余っておらぬか?さっきの風呂上がりのビール・・・なぁ?」
そういって物欲しそうな目で僕にすり寄ってくるのでした・・・。どうやら相当酒好きの仙人のようです。
伊藤隆夫 在宅リハビリテーションと理学慮法 理学療法科学 2002
大田仁史 三好春樹「実用介護事典」 (講談社)2005
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