碧い山・青い海

趣味の山登りとか、技術とネット情報を照合し個人メモに・・

1704- 地域も企業もやはり人

2017-04-29 | テクニクス
 先日、神戸のクリエイティブ・センターの資料館に立ち寄って いま活躍している 国内のデザイングループ活動を神戸に集めて紹介する資料を沢山見る事が出来た。
元は神戸生糸検査所の建物を利用した巨大な建物だが、関東大震災で横浜の生糸検査所が崩壊した時に 主要産業だった生糸輸出を支えたのがこの場所だった。横浜には無いと思うが、生糸検査設備が維持保存され見学できるのはここだけだ。
 資料の中に「神戸の魅力は、山より海より人でした」と言うキャツチがあり 流石にこのデザイン風のフレーズは 心に響いてとても気に入ってしまった。
兎角、地域おこしと言うと 観光地がある・新規ショツピングモール・物産がある・・と言う打ち出し例が多いが 神戸人の視点は震災経験も深く関わった 他人に思いやりのあるキャツチで 少し他とは違うのだろう。

 人が大切と言えば、良く売れている本紹介に「三洋電機が消えた日、シャープの崩壊」と言う記事があったが 思い返すと国内には 有名な良い企業が消えてしまったが そこで中心的に貢献していた技術者はどうなったのだろうか。
群馬の東京三洋電機本社は、仕事の関係で 企画設計・デザイン室など毎月の様に通っていた時代がある。三洋電機は関西だが労働争議で嫌気がさしたトップが米軍基地の広大な跡地(96万平方メートル)に「東京三洋」として世界の三洋を目指す拠点にした。エアコン・冷蔵庫など満載した列車が構内から毎日、国内と世界に送り出した。三洋電機が「家電立国日本」の象徴とも言われ 1万5千人の従業員の働く場所だったようだ。

 洗濯機は噴流式を開発し、パン焼き機とか、シェーバーなど女性も加わりユニークなヒット商品を次々と発売し 元気で自由な会社だったらしい。当時はそこで働ける人たちを羨ましく感じたものだ。顕著な商品に充電バッテリー「エネループ」がある。今の自動車とパソコン・スマホの最重要技術だが、その中心技術者は現在、韓国サムソンに採用されてしまったそうだ。それと「it's 新社会人のための家電製品」シリーズのSANYO小型白物家電の大ヒットも記録に残るものだ。
 他にも大ヒットした「家庭用パン焼き機GOPAN」も今はパナ・ブランドになってしまったが 充電電池も含めて若さと元気だった 三洋ブランドの方が懐かしい。
私にとつても、勤務先の会社の北関東の大切な顧客だったのでその思いはその猶更だが「世界のSANYO」が消えるなど 当時は夢にも思わなかったが 世の中何が起こるか分からない。

 電池開発者は吸収されたパナソニックで肩身の狭い仕事をするよりも、自由に仕事の続けられる新天地 韓国・サムソンに歓迎されながら転社する道を選び今も部下と共に活躍しているそうだ。親となったパナソニックは三洋を解体し、世界の三洋家電は中国の「ハイアール」に売却され一部の人も移籍した。消えた他社にも起業の基礎を築いた技術者が、経営破綻を機会に国外勤務する話は国内には多く 昨年のシャープにしても それは同じだろう。
 残念だが、国内企業の体質には技術の価値を正しく認める習慣は少ないので 後にノーベル賞を受けた「青色LED開発技術者」の例の様に反旗を上げられるまで経営の理解はしてもらえないのだ。その点は実力本位で処遇を決める欧米・アジア諸国の方が遥かに進んでしまい 高度な技術を持つ人材は厚遇しても安い買い物なのだ。国内は、長い好景気が災いし 人材流失など夢にも考えなかった 経営側の危機意識とか人材の重要性の認識が 発達しなかったのかも知れない。

 現代機器の電子回路の塊は、部品を売るだけで製造していなければ実際の内部は分からない。しかし、元は微細な印刷技術による多層(ビルドアップ基板)回路も、多層間を接続するレーザー穴加工技術も国内で発達し輸出貢献もしていたが、不況になり技術者と共に出て行ってしまったようだ。国内家電は、あっと言う間にアジア後進国に追い抜かれたが、それはアジアで活躍する消えた国内企業の人達の努力の結果が牽引したのが大きいのだろう。

 高度な技術の塊は 多くはブラックボックス化され どんなに技術を学び研究しても入れず 開発に関わった者だけがそのポイントを握ってしまう、結局は企業も人なのだが 時流に乗った時の経営者にはそれが見えないのだ。
今も存続する企業は、社員を大事にしていたのかは 分からない。消えた企業はそれが出来ていなかったとも思えないのだが、人も地域もそこにいる人を大切に育てないと 滅びるのは確かだろう。
 
 「It's」と言うのも三洋商品の新シリーズの発売に使われたキャツチだった


 カメラも時計と並ぶ私の趣味だ。タロン・アイレス・レオタックス・ペトリ・ミランダ・・みな消えたメーカーだが「ペトリ35」は今も私が、「レオタックス」は弟が保管している。


 神戸クリエィテブ・センター 神戸を作る75人のデザイナー・・世界中に神戸を知ってほしい ・・PR誌から

1704- 昔、神戸人形があったと言う話題

2017-04-27 | hobby
 神戸では今「神戸港開港 百五十年」と言う行事が 各地で開催されている。六甲山の山頂にも兵庫県のシンボルマークも今年、「KOBE 150」と言う大きな文字に変わっている。
メリケン波止場近くに神戸税関の古いビルの前に、これも由緒ある今は 神戸デザイン・センターである「KIITO」。これは1927年建築のゴジック風の元・生糸検査所だった建物がある。
 いつもは、デザインアートのレクチャー会場・イベント展示場として開放されていて 神戸の歴史とか都市づくりも 一般人も参加できる活動拠点になっているらしい。以前に民間企業がここにあったので、レーザープリンタ加工を見学させて貰ったことがあるが。

 この百五十年の記念行事で神戸市民に配布された「神戸みなと・時空」と言う神戸文化の企画展の 入場券を頂いたので見に行ったが 神戸の総合商社「鈴木商店」、台湾生まれ神戸で活躍した作家「陳舜臣-チンシュンシン」の活動した歴史と玩具博物館と神戸のコラボレーションした「TOY&DOLL COLLECTION」-郷土玩具展がその内容だ。陳舜臣氏はNHK大河ドラマにもなった作品もあり、展示紹介されていた本は 良く知られているものばかりだった。

 古い雛飾り・五月人形も素晴らしかったが中に「神戸人形」と言うものが紹介されていた。
明治末期から昭和初期に神戸の長田神社参道で売られていた小さな黒い顔の「からくり人形」で動きがユニークで国内だけでなく、外人さんも買い求めその多くは海外に行ってしまったらしい。
 戦後に途絶えてしまった日本人の器用な手仕事と知恵の集積された人形を、復活しようと記録とか痕跡を集め 若い人形作家の協力も得られて この機会に代表作品が作られ展示されていた。


 一部の「西瓜食い・酒飲み」の二種類の150体が来館者に限定販売され自由に触らせて貰ったが その面白い動作に笑えてしまった。
玩具好きの私にとっては、特ダネでありブログに紹介することにした。

 神戸の芦屋川の上流の高台にある山手町の「うずもり」にその工房がある・・今は高級住宅街だが 昔は山奥でここに手仕事工房が集まっていたようだ


 これは、最近作だと思われるが 少しやり過ぎかも


 「酒飲み」・・右の黒いツマミを回すと動作する木片と糸だけの単純構造らしい


 「西瓜食い」の人形 いずれも復元品だ







1704- ハード・ボタンからタッチ画面に

2017-04-26 | テクニクス
 世の中の機器の操作ボタンが、だいぶ前からその多くがタッチパネルに置き換わってしまった。街の若者たちは、必需品の様に 手際よくまるで技能職人の様に使いこなしているのだが。
でもそんな物に興味のない一般の人々も「解りやすく、使い易くなったのか ?」と言うと そうでもなく それによるトラブルもあるらしいから ここでも技術の進歩の悪い側面だと思ってしまうのだ。

 それでも最近、格安スマホを買ったのだか ハードな操作ボタンが一段と少なくなっていると思った。ハードボタンの多くが 部品点数を減らすパネル操作に置き換わってしまったのだ。
理由はメーカーサイドが考えた「コスト低減・機種共通性」があるが 顧客側にも有益な機械的故障を避けた「耐久性・多機能化・低価格・防滴性」などで 価格低下で手に入ったのだからこれもニーズなので仕方ない。

 タッチ操作には「圧力感知・電磁誘導・静電容量」があり、今は静電容量方式が主流らしい。それによって指操作の「フリック・スワイプ・ピンチ」のバード・ボタンとは違う 複雑な操作も実現できているのだそうだ。
銀行・コンビニのATM機器も、乾燥した指では反応せず 操作ができない問題になっている。仕方なく、指を湿らして操作している人も一部には存在するらしいがセンサーが良くなれば解決するのだろう。

 何よりも問題は、操作が判り難い事だろう。昨年米ニューヨークの地下鉄で経験したが、日本の券売機より古イタイプの操作ボタンが多く 画面は操作ガイド表示のみ。最初の言語選択は日本には無いものだが多人種の国らしい。タッチパネルでは無い 広い範囲の人が使うことを配慮した優しい選択になっていた。でも昔は「NYトークン」を使う改札だっのだが、流石に今は券売機の専用パス購入方式に変わっていた。
 日本では何処も券売機は機能満載だらけの凄いハイテクなのだが 余りにも理解しにくくて敬遠したいものも多い。それと比較して、欧米では社会の状況を時間をかけて採用していく余裕を感じる。

 この新型スマホもハードボタンが電源ボタンと音量ボタンの僅か3個しかない。これだけで PCのキーボードと同じ事をさせようとするのだから 操作が複雑になるのも致し方ないが習得は大変そうだ。故障すると、影響が大きいこともあって
街のエレベーターなどは、まだハードボタンだ。しかし、その内に画面の前に立つと「何階に行きましょうか」と聞かれ「〇階にお願いします」と言わないと動かない様な時代になるのだろうか。

 左は起動画面だがホームボタンが無い、画面を下からスワイプしてやっと操作できる


 券売機の最近は、複数購入・定期券購入・乗換え路線対応・カードチャージも出来る・・しかし、見ただけでは解らないし周囲に駅員はいない




1704-芦屋川から魚屋道コース

2017-04-25 | 山登り
 安定した春日和、六甲山に日帰り登山。
芦屋川駅を9時前に出発し、標準コースの「高座の滝→ロックカーディン→風吹岩→最高峰→魚屋道→有馬温泉」。
 気持ちの良い朝だったが、入道雲が出て六甲山全体は真夏の炎天下のようになった。水は2リッターほど、持っていたのだが風が気持ち良く 水分を取るのが遅れたらしい。
最後の登りになる、最高峰の登りで 足がつり時々 休憩する羽目になり 予想外に時間を費やしてしまった。
 最近、登山仲間の常備薬の正露丸と並ぶ、漢方の「芍薬甘草湯」即効薬を持っていたのでそれを飲み1時間かけてやっと元に戻したが この季節は日が長く下山した5時でも未だ明るかった。

10年前にも最初に六甲山入門編で このコースを登っていたが、かなり厳しく感じるのも その時の辛さを忘れたのか 10年増えた歳のせいなのかも知れない。
六甲北側の、紅葉谷はじめ多くが、今も登山道が正常化されていないらしい。このコースも有馬に魚を運ぶ、魚屋道(ととや道)だが途中数か所の崩壊箇所があり 道にも落石がありかなり荒れている。
 神戸在住の外国人が、六甲山を拠点に山岳活動を始めたのが日本登山は始められた。北ア先駆者のウェストン氏もこの仲間だったらしいから このロッガーデンのあるコースは特別らしい。

 芦屋川駅から住宅街の道を行くが、初めての人は必ず迷う・・神戸の登山口は、迷うことから始まるのだ


 駅から迷わなければ30分「高座の滝・茶屋」


 滝上にある、有名な登山家「藤木九三のレリーフ」もここに。


 直ぐに花崗岩の岩だらけのルート「ロックガーディン」延々とこの様な登りに


 雨が峠(621m)11時50分着 この辺りはイノシシが多く出るそうだ


六甲最高峰(931m)、過去10回ほど来ているが パスする訳にも行かないので・・夏雲だ


 魚屋道から西側は昨年春に下った「番庄屋畑尾根と湯槽谷山(801m)」を遠望


 六甲山北側はブナ林が多い、保護も植林もされている。ツツジも多いが、白いブナの花もあり賑やかだ


 有馬温泉街は 高級旅館が多い・・関西の箱根の様な場所なのかも



1704- 通信講座のメニュー

2017-04-21 | 日記
 数年前から、興味ある大学通信講座を「中世史・江戸文化・デザイン技術・山中教授IPS・プログラミング ・・」家にいながら知識を得られるなんて・・これに協賛する意味もあり最初から 雑多に8講座を修了した。
国内史とか、デザイン手法には私はあまり知らない分野なのだが この講座のお陰て目から鱗・・と言う感じで非常に熱中出来たのと 判らないところは何度でも聞き返すのも学習しやすかった。
 でも、技術ならと自信をもって挑戦した プログラミング初歩は 途中まで行ったのだが 難しくて中止してしまった・・テストが解けないのだから。講義は易しく解説されても理解となると 基礎的なフィールドが違い過ぎて古い技術知識では理解不能だと思い知った。
 
「Gacco」と言う主要大学が参加して、著名な教授が中心になって最初の1-2年は 講座内容も年配者にも興味引くものが多かったと思う。
それが最近は大学講座も若い教授か中心となったり民間の学習塾・教育研究所・語学教育企業 などの参加が増え 受講者の参加してくれる講座になり 結果的に若者向きの内容が増えたように感じる。

 受講者は増えていると思うのだが、講座毎にテスト出題があり採点から修了証書発行まで 大変な作業を無料講座と言う形でするのは 無理なのかもしれない。
安易に受講して、途中で投げ出す受講者もいるだろう。英語教育のTOEIC など語学教育の企業が この仕組みを利用して受講修了者を 自社の有料教育制度の勧誘情報があるのを見ると収益手段にする場合もある気がする。
 インターネット教育で、国民の教養を高めよう ・・と当初は理想的な教育方法と思えたが 中々難しいようで このまま続けられるのか心配になっている。
私としては、日本史・世界史などの講座があれば受講したいと思っているのだが 受講者が見込めないのか 中々そのメニューは回ってこない。


 発足当時から変わっていないが、素晴らしいポリシーだ・・政府援助がもっとあっても良いとは思うが。



 最近の教育メニューだ。趣味・興味ではちょつと 手が出ないのだ