碧い山・青い海

趣味の山登りとか、技術とネット情報を照合し個人メモに・・

1306-六甲山 長峰山コース

2013-06-27 | 山登り
 梅雨の晴れ間を狙って、阪急・六甲駅から長峰山(別名天狗塚687m)を経由して六甲電波塔と麻耶山の鞍部、杣谷峠・山上の「穂高湖」・徳川道・シェール道・トゥエンテイクロス・布引滝に下山を計画した。結果は、ほぼ予定通りに15時過ぎには新神戸駅に下りた。
 神戸の街は海山に挟まれた細長の平地に3本の電車が大阪まで走っている。阪急・六甲駅は一番高い位置なので山登りはこの線を使う(因みに、その下にJRの六甲道駅・海側には阪神の新在家駅がある)。駅北の正面に長峰山が見えるので街中の登り坂を見て道路を登ります。駅から1時間、登り続けると六甲高校・松陰女子大の校舎になるがこんな通学路、どうなっているの・・と更に登ると伯母野町の終点。ここ標高260m。毎週、天狗塚を往復していると言う途中、追い抜かれた単独の叔父さんの話では「ガキの頃からこの道は下から学校に登って通ったから」。海抜ゼロからここまで通った・・・今でもそれが続いている街だ。



 長峰山は、天狗塚と言う大岩があり神戸の街と、麻耶山がよく見えて静かる場所。出会った人のお話では長峰コースは健脚向きとかで厳しい方らしい。



 杣谷峠は青少年自然の家のリクレーションセンターがあり、ドライブウェイになっていた。すぐ前の森の奥が穂高湖(大正池に似ている)なのでそこで昼食。前の尖った山は「シェール槍」これも大胆なネーミング。

 

観光客も見逃すらしい穂高湖はとても静かなで気に入ったが、南西に向かう徳川道に向かう。これも名前が変なのでWEBで調べてみるとこんな記述があった。「神戸(兵庫)の港が横浜に続き開港されたのが慶応3年(1867年)12月7日。幕府は開港こそしたものの、外国人と諸大名との接触による、ごたごたを特に恐れました。1862年横浜で起きた生麦事件は記憶に新しい上、外国勢との武力の差が身に沁みて分かっていたからです。
西からきた参勤交代の行列はトラブルを避ける為、大蔵谷付近から西国街道と別れて道を北へとり、山道を白川、鈴蘭台と辿り、更に今の森林植物園を抜け、摩耶山の裏から仙谷(そまだに)へ出て南へ下り、石屋川沿いの御影でもう一度西国街道に含流する手筈。全長は約32Km。これならばなるほど接触トラブルもないはずです。総予算額3万6189両のこの工事、兵庫開港の12月7日に完成しました。歴史は皮肉なもの、この「徳川道」が完成した12月7日の2日後には王政復古。幕府は崩壊し、明けて慶応4年(1868年)1月3日には<鳥羽伏見の戦い>という歴史の大転回の時期に当たってしまい、参勤交代も無くなり、この街道は利用されることもなく8月13日付けで廃道となってしまいます」
・・・この辺りの歴史も横浜港町とも関係がありなにか面白そう。徳川道は確かに大名行列のできる雰囲気を残す登山道かも



 何処からか定かでないが途中からシェール道と言う布引沢沿いの下り道になる。シェールは貝の意味なので多分、この沢に採れる日本のシジミ味噌汁が気に入った変な外人が名付けた・・・と深読みしたが間違いで、実はドイツ人のシェール氏が夏でも涼しいこの道を好んで歩いていた事がその語源だった。



 桜道分岐と言う所から、トエンテイクロスと言う変な道で調べると、昔は渡渉が20か所あり、大変な沢道だったと言うのが語源らしい。しかし、布引貯水池までに4か所位の堰堤・砂防ダム工事がされ渡渉箇所はさほどの事は無く、むしろシェール道の方が多い。一か所、沢が氾濫した様で渡渉困難な箇所で川に落ち仲間に引き上げられていたパーティもいた。砂溜まり性だがそれより、都会の近くにこんな所がありのにもびっくり。



 これが4回目の六甲ハイクだがここは晩秋とか真夏にも良いコースかもしれない。途中、キノコの群落とか何かわからないリスらしき動物にも出くわしたが幸い、怖そうなイノシシには出会わなかったが。

1305-神戸六甲山 大平山コース

2013-06-27 | 山登り
 昨年から、神戸にセカンド・ハウスを持ちました。早速、その秋に新神戸駅の裏手から天狗道を使って麻耶山を登り、更に六甲山の南北になる阪急・芦屋川駅から最高峰に登り魚屋道(ととや道)経由で有馬温泉に下りました。もう少し全体規模を知りたくて、今回は六甲山の北東端・宝塚駅から大平山経由で六甲最高峰、有馬ケーブル山頂のガーデン・テラス、更にあわよくば麻耶山縦走を目指して見ました。
JR福知山線の宝塚駅を下り南西へ宝来橋を渡ります。


 ここも、神戸独特ですが街中の坂道をいやになる程登り続けないと登山口にたどり着けません。



 塩尾寺(えんぺいじ)の境内から見た宝塚の街。下は甲南大学・・・神戸の学校は何故かとんでも無い高台にあります。



 岩倉山の分岐、このコース意外と長くて山頂への予定時間が見当がつかなくなった。



 大平山は森林の中て見晴らしがなく最高峰を過ぎて1時間ほど歩くと電波塔です。普通呼ばれているここが六甲山頂の様です。意外と時間がかかり過ぎてここで14時に。



 山頂の観光中心地の「ガーデンテラス」、麻耶山までドライブウェイが通りバスも使えます。麻耶山まで縦走と計画していましたが、バスを見せられたら結局はケーブル下りに決定。



 最後、ガーデンテラスから見た大阪の街です・・・かなり絶景みたい








1304-牛窓のジェラード屋さん

2013-06-27 | 日記
 岡山市の東にある牛窓(うしまど)、海辺の小島が見える小高い丘があり瀬戸内の小島が見える事から地元では「エーゲ海」と言っている場所を紹介します。そんな話は、地中海の人は誰も知らないと思いますが市内から30分のドライブで空気も良く瀬戸内海が見えるので天気の休日には良く行きます。目的は、牛窓の牧場野菜です。無農薬で作られる季節野菜で、ご夫婦と娘さん3人で売っているコールマンのテント二張りの露店です。無農薬の秘訣は虫の好きな雑草を近くに育てれば手がかからないのだそうです。温室など持たず、曲がった野菜も含めてどれも美味しい。ご主人の口癖「わしとこは、温室とか季節外れのひねた野菜は作らないんじゃ!」


 八百屋の横は白亜の2階建ての建物があり、牧場夫婦のご長男がイタリア仕込みの「ジェラード」と言うアイスクリーム屋さんをしています。ご両親が18頭の乳牛を育て早朝、絞った牛乳でジェラード屋に送り牛糞で作る野菜も増えすぎてたので、休日の晴れた休日にその店隣で八百屋を初めて5年と言う親父さんの話です。ジェラードも野菜も都会雑誌で紹介されたりして、いつも大盛況!



 話は変わって、昨年亡くなった米アップル社ステーヴ・ジョブスさんの米SF大学の講演内容が「ジョブス・天才の素顔 若者への遺言」で ニューズウィーク社サイトにあった。この最後に出てくる言葉が気に入っています。

「自分の心と直感に従え
 死を望む人などいない。天国へ行きたい人だって、そのために死にたいとは思わない。それでも、死とは誰も避けて通れない道であり、そうあってしかるべきだ。なぜなら、死とは生が生んだ唯一かつ最高の発明だと言えるからだ。死は生に変化をもたらしてくれる。死は新しいものの道筋を開くために古いものを片付けてくれる。今この瞬間、君たちは「新」である。だがいつの日か、そう遠くない将来、君たちもだんだんと「旧」になり、消えてなくなる日が訪れるだろう。大げさに聞こえるかもしれないが、これが現実だ。君たちの時間は限られている。だから無駄にしてほしくない。ほかの誰かの人生を生きてはいけない。周りの雑音に自分の内なる声をかき消させないでほしい。そして一番大事なのは、自分自身の心と直感に従う勇気を持つこと。不思議なことに自分の心と直感は、自分が本当になりたい姿をよく分かっているものだ。
 私がまだ若い頃、『ホールアース・カタログ』という(ヒッピー文化の)出版物があった。私の世代にとってはバイブルのような存在だった。創刊されたのは60年代の終わり。パソコンのなかった時代で、出版の一連の作業がタイプライターとはさみとポラロイドカメラで行われていた。グーグルをペーパーバックにしたような本で、そのカタログは理想にあふれ情報量も豊富だった。
 最終号を迎えた70年代半ば、私はちょうど君たちぐらいの年だった。最終号の裏表紙は、朝焼けに映える1本の田舎道の写真だった。ヒッチハイクしているときに遭遇するような光景だ。そしてこう書いてあった。「ハングリーであり続けよ。愚かであり続けよ」
 それが最後のメッセージだった。これこそ、私がいつも自分に言い聞かせている言葉だ。今日卒業し、新しいスタート地点に立った君たちにも送りたい。
 ハングリーであり続けよ。愚かであり続けよ。」

 この中の「田舎の一本道」を牛窓で見つけた パチリ!



 最後に瀬戸内海を