団塊世代MACCHAN(まっちゃん)の、<人生これから>だよ!

60歳でリタイア後9年経過。年金だけに頼る生活でも、楽しみ一杯の毎日を過ごせている。健康と家族と友人を大切にして生きる。

カンボジア・ベトナム旅行のエピローグ

2017-03-25 | 旅行

以前から訪ねてみたかったカンボジアのアンコール遺跡、一昨年のハノイ旅行がよかったので今度はホーチミンへ行ってみたいという願いが同時に叶い、そして素晴らしく安く楽しい旅行になった。

いつもより更に饒舌になったMacchanの旅行記、なんと一週間以上も続いてしまったがまだ伝え切れていないことがあるので(ええ~!)もう少々お付き合いを。

深夜便でホーチミンを発ったベトナム航空の成田直行便は、わずか5時間で到着した。出発直後にはドリンクサービスがあってお別れのベトナムビールを飲んだので、気持ちよく2時間程うとうと眠れた。到着直前にはご丁寧に朝食まで出してくれて成田上空に差し掛かったなと思う頃、機内のあちこちから何人もの人々がくしゃみをし始めた。

はは~ん、現地では無かった花粉症が出たんじゃないかと思った。Macchanは幸いその時はくしゃみが出なかったが、帰宅後目がやにっぽくなり鼻の中が乾いて赤い鼻糞が固まる出発前の症状に戻った。今の花粉は杉なのか檜なのか、はたまた春の何かの花なのか。南国では一切症状は出ず、上空に差し掛かっただけで出始めるとは。

浜松~成田間の青春18切符での移動を、同行者のなべちゃんにしつこく誘ったのに断られた。特に帰途は疲れているので、とても考えられないのだそうだ。何事も面白がる姿勢は二人とも変わらないのだが、片道6時間はホーチミン~成田より時間がかかる!のが難点なのだろう。

そして話は変わるが、すっかりファンになってしまった企画旅行社のてるみくらぶが昨日から何かおかしい。ネットニュースでは、ベトナムへの出発が迫った人々から発券ができないとか、会社と連絡がとれないという訴えがあったらしい。何があったのか、一気に業容を拡大し過ぎたのか。ここは見守るしかないが、親友のふくちゃんが来月の旅行を既に申し込んでいる。中部ベトナムにも行きたいし、心配だ。

我が家の居間のグリーンカーテンにしている、アーマンディーが早くも咲き始めた。可愛がっているかみさんの指摘で気がついたが、花は4弁5弁6弁と混在している。植物では珍しいことだが、まさかこの花粉は悪さはしていないだろうね。

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ホーチミンぶらぶら歩き(その3)

2017-03-24 | 旅行

いつにも増して充実し楽しかったツアーも、いよいよ最終日になった。ホテルのチェックアウトを済ませ、荷物をホテルフロントに預けて昨日の続きの市内観光に繰り出す。全ての市内主要観光先はホテルから至近距離にあるが、17名のツアー一行にとってはもてあますほど大きな観光バスにその都度乗っての贅沢な観光だ。

先ずは市民の胃袋ベンタン市場を見て回る。昔からかくやと思わせる肉や魚や野菜の生鮮市場だ。肉の販売は冷蔵庫もない売り場で、固まり肉をおばちゃんが切り出した端から市民に売れていく。魚は活き魚か氷の上に置いた状態で売られ、ここもおばちゃんが鱗を落としたり切り身にしたりして次々に捌いていく。昔のどこの町にもあった場末の市場を見るようで、何故か懐かしい風景だ。市内には大きなショッピングセンターやスーパーが増えているようなので、こういう風景は早晩化石になってしまうのだろう。

続いて統一会堂、戦争証跡博物館、サイゴン大教会、郵便局と、フランス統治時代からの現役を含めた施設を見て歩く。

戦争証跡博物館は国民にとっては理不尽な東西冷戦下の、それぞれの陣営のバランス下で繰り広げられた、いわば受難の戦争の歴史を刻んだ貴重な歴史資料館。半世紀前の新聞記事ではよく目にした、従軍写真家が残した画像が多く展示されていたが、Macchanの世代では感慨のあまり涙なくしては見られないものばかり。その後も世界中で超大国のエゴによる悲惨なシーンが、懲りもせず何度も繰り返されている。

郵便局では地元の有名人らしい90歳を超える手紙の「代書屋」のお爺さんが、今もかくしゃくとして文字が書けない人々の貴重なピンチヒッターとして活躍しているシーンを目の当たりにした。いや~時代の生き証人だなあ。

最後のツアー食の昼食をみなで食べてからは、夜半過ぎに出発する帰国便まではフリータイム。

なべちゃんとまたまた3人で、ダウンタウンをぶらぶらする。ホーチミン市レベルではもう大都市化まっしぐら、日本のゼネコンも加わる地下鉄の工事現場をすりぬけながら、世界でも有数の69階建て高層ビルの展望フロアに上がってみる。入場料が1500円以上だったらやめような、と根拠不明の申し合わせで訪れるもシニア割引で650円。地元の物価からはまだまだ高いが、某国のスカイツリーよりよっぽど割安なので喜んで昇ってみる。クレジットがききにくい国なのに、持ち合わせが無くなったベトナムドンの代わりにカードで支払いOK。昨日楽しんだメコン川の蛇行が手に取るようによくわかり、急速に都市化する市街地も一目瞭然だ。

ぶらぶら歩き回るとなぜか腹が減る。地元の市民しか入らないような食堂で、ベトナム最後の晩餐。数種の炒め物と地元ビールの333(バーバーバー)やサイゴンなどを選んで、4本の缶を開ける。いや~ハノイに続くベトナム体験は満足したが、次は大都市化する市街地はパスだねと意見一致。中部ベトナムが次の狙い目かな?

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ホーチミンぶらぶら歩き(その2)

2017-03-23 | 旅行

真夏のカンボジアとベトナムをぶらぶら歩いていたら、もう旅は残り2日になった。ベトナムの公共交通機関はまだまだ発展途上、朝夕の混雑時の道路はおびただしい数のバイクで占領される。圧倒的シェアを誇るホンダが、バイクの呼び名そのものになっている。

街は今ビルや地下鉄の建設ラッシュで、あちこち大きな工事現場だらけだ。中国、インド、インドネシアと続くバイク王国も、都市化の進み方はまったく同じ。戦後の日本も都市化で、ローカルな景色がまったく全国中同じになったように、東南アジア諸国も同じ道をたどっているように見える。

それでもさすがに亜熱帯地域だけあって、町の緑は豊かでビルごとグリーンに包まれているものも。

午後は名物の水上人形劇を鑑賞する機会もあった。一昨年のハノイでもこの劇場を見かけたが、どうやらベトナムの伝統芸術のようだ。昔から農村の田んぼの中で行われていた民族芸だったそうだが、工夫が繰り返され今や常設劇場で年中行われ洗練された芸術に高められている。それにしても、腰までの高さの水中で複数の人形の素早く繊細な動きをどうやって操っているかは、一時間半見ていても分からず。でもそれでいいのだ。

夕食はメコン川クルーズをしながらの船上ディナー、ベトナムの音楽舞踏を楽しみながら優雅にホーチミン2日目の夜を過ごす。船上から見る市街の夜景は、増え続ける高層ビルの電飾が美しい。それにしても、安上がりのパック旅行にこんなに充実したメニューがついていてもいいのか?今までのトラピクスそして最近のてるみくらぶ、各社スタッフの新企画の研究開発力は凄まじく、それに乗っかって人生の刹那を遊ぶ爺婆一行は驚きと嬉しい悲鳴の連続だ。

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ホーチミンぶらぶら歩き(その1)

2017-03-22 | 旅行

今回の5泊7日(機中1泊)の格安ツアー、アンコール遺跡がメインのカンボジアシェムリアップに3泊、ベトナムホーチミン(旧サイゴン)に2泊の何とも盛りだくさんのツアー。

4日目の夜にホーチミンに入り、自由食だったのでホテルのレストランでベトナムの庶民料理の試食を兼ねて遅い夕食をとる。今回のツアーはかつてまあまあクラスのホテルが古くなって、このような安いツアーに提供されているらしい。目覚めたら市街のど真ん中、「人民委員会庁舎」すなわち大きなホーチミン像のある公園の正面で、110年前のフランス植民地時代の豪奢な建物が手に取れるような近さに驚き瞬時に覚醒した。

2日間のホーチミン観光も、朝から忙しいスケジュールですぞと嬉しい悲鳴。ホーチミン(最近は昔懐かしいサイゴン名が復活しつつある)といえば、大きな三角州(デルタ)があるメコン川ですがな。午前中はそのメコンデルタを手漕ぎボートで巡るクルーズ。

昔も今も変わらず水辺で暮らし、今は豊富な果物を育てみやげ物にして生活をしている住民たち。市街地とは船でしか往来できないが、少ないながら車もバイクもある。しかし朝からハンモックに寝転がり、来客に媚を売ることもなく気ままに過ごす老人たちが大勢いた。

昼食はデルタから市内に戻って名物料理を出す大きなレストランで、エレファントフィッシュの唐揚げを豪快にほぐして生春巻きにして食べさせてくれたり、米粉のパンを上手に揚げて風船のようにした見ても食しても楽しめるランチだった。いいなあベトナム料理、ビールも安くて美味いしMacchanは庶民の生活が見える旅先にすぐ惚れてしまう。

 

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アンコール遺跡ぶらぶら歩き(その4)

2017-03-21 | 旅行

あこがれのアンコール遺跡をぶらぶら歩き回って、ベトナムホーチミンへ移動する日になった。午前中はフリータイム、どんなに安く充実したパックツアーでもこの時間はなかなか楽しい。

朝食を終えたら3日間部屋を共にしたヤモリ君とお別れして、なべちゃんと3人連れでカンボジアのタクシートゥクトゥクを拾ってシェムリアップの街へ繰り出す。

トゥクトゥクはメーターが無いので、料金は乗車前に運転手と交渉する。当然のことながらカーナビは付いていないが、街中では同業仲間とよく会話し携帯で情報交換しながら目的地に連れて行ってくれる。庶民の脚で圧倒的に多いのはバイクで、家族3~5人で1台に詰めて乗っているのはあたりまえ。

道沿いに咲く花は名も知らないがやっぱり熱帯だね、なんとも言えぬいい感じのトロピカルカラー。酒のつまみで普段食べているカシューナッツは、こんなふうに生ってるんだね。

街中を流れる川はけして清流とはいいがたいが、小魚も子供たちも嬉々として泳ぎ家族がのんびり散歩している。

市場には小魚の干物や珍しい加工品が芸術的に並んでいる。道端で販売しているのは何とドアノブ専門店?ああ何時間歩き回っても、興味は尽きないなぁ。

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アンコール遺跡ぶらぶら歩き(その3)

2017-03-20 | 旅行

昨夕の山頂遺跡からの夕日見物に続いて、早朝5時に起きてアンコールワット遺跡を背景に昇ってくる朝日の見物に出かけた。旅の一行は17名だったのに昨日の炎天下の徒歩見物はみんな疲れてしまったらしく、希望者で参加したのはわずか2組4名のみ。早起きした甲斐があって、塔の先端からダイヤモンドに輝く日の出を見られた。信心も何もないMacchanも暫し神々しい気持ちになったのだった。

朝食後は紅色砂岩の美しい彫刻で有名な、世界遺産群「パンテアイスレー」を見学する。遺跡を発掘する作業に邪魔になった樹木を焼き払ったために、遺跡の一部は黒焦げになっているところがある。各遺跡には彫刻した素焼きの陶器をはめ込んだものと硬い岩に軟らかい砂岩を貼り付けて彫刻したものとの2タイプがあるようだ。いずれも細緻な芸術性があり、美術センスをもった彫刻家を大勢どうやって集め養成したのだろうと感じた。

午後も広大なアンコール遺跡群をぶらぶら歩き回る。比較的中小規模の遺跡タブローム、タケウ、スラスランなどを次々に訪れる。王宮が遺棄された後の数百年で、苔むしたどころか熱帯樹林に覆われ取り込まれた遺跡群。千年前後の歴史を当時のまま振り返ることができるのは、石文化のお陰なのだろう。どれがどれだったか一週間しか経っていないのに、残念ながら撮影した写真を見ても定かではない。外国人が京都や奈良の世界遺産寺社仏閣を見て回っても、同じように感じるのだろうか。

シェムリアップはカンボジア第2の都市だと聞いているが、街の中にはのんびり暮らす犬たちが多い。中国や東南アジアの、のんびりした街の風物詩のひとつだ。街角にはトラック廃タイヤを利用した屑かごがたくさん置いてある、アイディア賞!

農家のおばちゃんが手作りで「椰子の花」から採った蜜を煮詰めて、素朴な砂糖に固めて椰子の葉で包んだ土産を売っていた。一家総出の労力で、50円100円単位の手作り品を生産販売している。こういう生活もいいなあ。

夕食は伝統舞踏を見ながらの伝統料理のバイキングを地元のビールと共に楽しむ。伝統文化の存在を認めない1970年代のポル・ポト政権時代を経て、音楽や舞踏の伝統が途絶えそうになったとのことだが、今では学校も作って保存伝承に努めているそうだ。文化は平和があってこそのもの。

 

 

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アンコール遺跡ぶらぶら歩き(その2)

2017-03-17 | 旅行

ツアー初日は成田からハノイ経由で空路、あこがれのカンボジアの大世界遺産アンコール遺跡があるシェムリアップに入った。

カンボジアの産業の半分以上を担う、アンコール観光の本拠地だ。後に圧倒される壮大な遺跡群とは異なり、シェムリアップの空港は何故かほっとするのどかな地方空港だった。搭乗機から数百m歩いて平屋の民族建築風空港ビルに入っていくのだが、否が応でも古都にやってきた気持ちが高まる。

到着翌朝からは、東京23区に匹敵する広大な範囲に広がるアンコール王朝の遺跡群を訪ねる。まずは遺跡すべての共通3日間通用入場券を62US$で購入、その場で撮った顔写真が組み込まれ首からぶら下げる。最初は有名なアンコールトム、幅100m以上の堀と一辺3Kmの城壁に囲まれた「大アンコール」という意味の最盛期を誇った12世紀末の王宮跡だ。世界的に最も有名なアンコールワットを規模ではるかに上回り、神々に守られた王宮の回廊には当時の民衆の暮らしがレリーフで見事に表現されている。

規模の壮大さに圧倒されながら炎暑の中をぶらぶらと歩き回る。春とはいえまだまだ寒さが残る浜松からの温度差はなんと30度。この王朝の各代の王はそれぞれが王宮を建築したというが、ローマやトルコの帝国と異なり海外遠征勝利で連れてきた奴隷が大勢いたわけではない状況で、財と知恵や労力はどうやって集めたのだろう。

午後はアンコールワット(寺院)に移り、大きな池を渡る参道から三重の回廊を目指す。この古寺遺跡は12世紀前半に30年以上の歳月をかけ建築された王の墳墓らしい。アンコールトムと同じく回廊の彫刻には戦闘の様子や数々の庶民の生活の様子が彫刻され無言で歴史を語る。王朝が滅亡してからは各建築物は放置され500年以上の年月土砂や木々で覆われていたという。

19世紀以降発掘作業が進んだが、内戦などで破壊や略奪の被害に遭った。近年日本を含む各国の協力で修復が進み、有数の優れた遺産として世界的に有名になった。炎熱の中アップダウンに富む広大な遺跡を精力的に見て回るのは、せめて60歳代に実行せよとの先輩たちの教えはなるほどこういうことかと納得できた。Macchanはかろうじて間に合ったが、70代から80歳に手が届いたツアー一行のメンバーも休み休み頑張って見て回っていた。

300人制限の三聖山の一つプノンバケン山頂遺跡から美しい夕日を見送り、観光の初日は暮れた。

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アンコール遺跡ぶらぶら歩き(その1)

2017-03-16 | 旅行

3月9日から一週間、アンコール遺跡群で名高いカンボジア&2年ぶりのベトナム再訪の旅をしてきた。まだまだ寒さが残る日本から連日30度をはるかに超える常夏の国へ、雄大な世界遺産に圧倒され素朴な人々の生活ぶりに感心し名物料理に舌鼓を打った。

7~8年前まだ「てるみくらぶ」の名前を聞いたこともなかった頃、亡くなった親友のいとちゃんに教えられて台湾北部の超格安旅行に参加して満足し、この旅行会社の企画に興味をもった。

2年前に北部ベトナムをなべちゃん夫婦と旅行したのは別会社だったが、今回あこがれのカンボジアともう一度行きたかったベトナムのホーチミンがセットになったツアーを、このてるみくらぶが更に格安で企画していた。なべちゃんと相談して飛びつくように前回と同様夫婦同士で申し込んだ。

残念ながらMrs.なべちゃんは脚の故障で不参加になり、3人の変則行脚だったが十分に楽しんだ様子を数回に分けてご紹介しよう。

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大正女の生命力(その2)

2017-03-10 | 母の介護

元気を回復して自分でスプーンを持って積極的に食器から食べていたころに比べると、母は最近はまた眠っている時間が多くなったがそれでも食べさせると積極的に口を開き食事を完食する機能は問題ない。

先週昨年末に続いて2本目の歯が抜けた。朝起こしに行ったら、歯はベッドの上に転がっていたらしい。前回と同様根っこは折れたのか歯槽膿漏で溶けてしまったのか、歯には付いていない。上前歯の左右対称位置が歯抜けになった形だが、92歳にしてまだ25~6本の歯が残る。

何故か歯が抜け出してから自分の指や手のひらを嘗め回し、タオルやエプロンやおしぼりをやたらに噛むようになった。今週は先週に続き2枚目の着ているトレーナーの右袖に穴を開けてしまった。報告してくれた看護士さんには、食いちぎって飲み込まないように注意はしてほしいが少しの穴はもう仕方がないから放置しましょうと伝えた。

それでもしばしば噛み付く原因だけは知りたいが、ベテランの看護師さんも思案投げ首でいまのところ対策はないらしい。元気なことは結構なことだが、幼児レベルから子犬レベルになってきたようにも思え少々複雑な気持ちだ。

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近頃の「遊び小屋」デー食事風景

2017-03-08 | 「遊び小屋」を遊ぶ

「遊び小屋」建築DIY、完成後5年経過し建築の楽しみから集いを楽しむ場に徐々に変化してきた。作業は減ったが、集った仲間は小屋では何をして過ごしてもよい暗黙のルールが出来上がった。

昨今は月に2回ペースになったが、「遊び小屋」デーは続いていて毎回2~6名くらいが集い一日ゆっくり過ごす。暦上も弥生3月完全に春になったが、この日も冬将軍がまだ頑張っていて外では寒く、一日薪ストーブと炬燵を囲んで持ち寄った食事をしたり少しのビールで楽しんだ。

この日のゲストは、うーさん&Golichan夫妻&かずさん&ふくちゃん5名。みんな大好きな揚げ物&ししゃもの七輪焼き&畑の産物新たまねぎスライス&茹でブロッコリー・カリフラワーの豪勢さ。ビールは昨年末仕込みの黒ビールボックと春らしいスペシャル缶。

お気に入りの音楽とこだわりの数々の会話で、あっという間に日が傾いていく。まだまだ寒いが、もう2週間もすれば待ちに待った桜の季節だ。2週間前かみさんが庭の桃の木に試しに架けておいた鳥籠のみかんと水カップに、小鳥が入ってついばんだ痕があった。面白い。

 

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