まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅・町歩き、野球等観戦、寺社巡りについて書きます。元・JR全線乗りつぶし達成者です。

第5番「道成寺」~新西国三十三所めぐり・20(11月5日は世界津波の日)

2016年11月05日 | 新西国三十三所
先日の滝野の光明寺に続いて、今度は和歌山の道成寺と立て続けに回る。気候のいい時季に行けるところは行っておこうというところである。新西国三十三所は、和歌山県は高野山の宝亀院とこの道成寺の2ヶ所のみ。近畿2府4県にまたがる札所めぐり、まずは和歌山県がコンプリートということになる。

道成寺は、紀勢線の御坊の次の駅。早朝から快速と普通を乗り継いで行ってもいいのだが、朝は少しゆっくりするとして、その分特急「くろしお」に乗ってみることにする。普段の旅でもなかなか乗る機会がない在来線特急。どうせ青春18きっぷの時季ではないのだから、特急料金はその分かかるがたまにはこういう行き方もいいだろう。ということで、天王寺9時23分発の「くろしお3号」の御坊までの指定席を確保する。これだと御坊が10時46分着、道成寺へは10時59分の紀伊田辺行きに乗り継いで到着する。帰りのことは・・・一応プランを考えているのだがそれはまた後ほど。

天王寺から特急に乗り込む。特急「くろしお」は少し前まで旧国鉄型の381系の振り子型車両が使われていて、白浜アドベンチャーワールドにちなんでパンダのぬいぐるみをあしらったシートもあった。今はJR西日本型の新型車両がメインである。通常は6両のところ、土曜日だからか、後に3両白浜行きを増結している。

和歌山を過ぎると紀三井寺の車窓案内があり、海南では紀州漆器の紹介もある。観光、行楽客が多い特急ならではの案内だろう。その海南を過ぎると車窓右手には海が広がる。列車の窓からこうした鮮やかな海を見るのも久しぶりだ。

紀州といえばみかん。山の斜面、あるいは線路際にも多くのみかん畑がある。そろそろ収穫も本格的かと思うが、まだ斜面一面がオレンジになるというほどでもないかな。有田のみかんといえば、拙ブログでも何回か記事にさせていただいた伊藤嘉昭農園を思い出す。私の大学時代の同級生で、脱サラして地縁も血縁もない和歌山の有田で就農してみかんの栽培を始めた。地道な取り組みが少しずつ実を結び、今ではネット販売で口コミでも好評価を得ている。そろそろ今年も注文の時季かなというのと、今日は道成寺に向かっているということをメールしてやると、「そしたら泊まっていかんか?」との返信が来た。うーん、私の想像を超えた展開。ありがたい話だし、久しぶりに奥様とお会いしたり、初めてお子さんの顔を見るのもいいかなと思ったが、さすがに今日は完全に日帰りの装備だし、明日6日は朝から出動しなければならないのでご辞退する。ちなみにみかんは今のところ、熟度を見ながら一つ一つ収穫している段階とのことである。旬は少し先かもしれないが、毎年安定した美味しさのものを送り出していてぜひお薦めなので、ブログをご覧の皆様も一度注文してくださいな。

・・・話を元に戻す。時刻は10時半すぎ、「くろしお」がちょうど醤油と金山寺味噌で有名な湯浅を通過した時だった。携帯、スマホにエリアメールの着信が入る。それも警報音つき。私だけでなく車内の至るところで警報音が鳴り、乗客がざわつく。

画面を見ると差出人は「広川町津波避難訓練」とあり、「こちらは広川町です。和歌山県に大津波警報が発表されましたので、ただちに高台や避難所など安全な場所に避難してください」というメッセージである。ああそうか、と思わずうなってしまう。

11月5日は昨年国連総会で「世界津波の日」と制定された。私の勤務先企業でもこの通知があり、(5日が土曜日のため)前日の4日に、社内で緊急時の安否確認のメール配信の訓練を行った。津波といえば5年前の東日本大震災での大きな被害が今も記憶に新しいが、なぜ11月5日なのか。そこに出てくるのが「稲むらの火」の話である。

「稲むらの火」の話。1854年の安政の南海大地震の時、村の庄屋の浜口梧陵という人が、地震の揺れの後に海水が沖へ退いていくのを見て、「津波が来るのでは」と感じた。そこで村人たちに危険を知らせるために、刈り取ったばかりの稲むらに火をつけた。その火を見て消火のために高台に上がった村人たちのすぐ下に津波が押し寄せたが、梧陵の機転と勇気で多くの人たちの命が助かった・・・というものである。戦前には国語の教科書でも広く教材として取り上げられていたそうである。戦後の教育改革の中で取り上げられることもなくなったが、東日本大震災や、最近の南海トラフ地震の発生予測もあり、最近では改めて注目されている話である。

この話の舞台が、湯浅の町を含む今の広川町であったこと、そしてこの津波があったのが(旧暦だが)11月5日ということで、「世界津波の日」にちなんだ津波避難訓練が行われていたのである。特急「くろしお」はその時間に町を通過したわけだが、帰宅後に見たニュースによれば、本当の列車か貸切用なのかはわからないが、訓練のために紀勢線の実際の列車を停めて、乗客が列車からの退避、そして高台への避難を行ったそうである。

なるほど、これだけ見れば、11月5日、広川町で過去の歴史を学ぶ意味で津波の避難訓練を行う意義は非常によくわかる。ただそれがなぜ「世界津波の日」となるのか。津波被害の大きさなら、東日本の3月11日というのが教訓になりそうなのだが(防災の日が関東大震災の9月1日であるように)。

・・・ここで出てくるのが、このお方。自民党の二階幹事長である。和歌山の選出ということもあるし、「国土強靭化」が持論である(だから和歌山に高速道路を造る・・・というのは別の話として)。この人の尽力もあって、「11月5日」を世界にアピールすることになったと言える。多くの死者、被災者を出した3月11日ではなく、多くの命が救われた11月5日を前面に出すことで、防災や避難の大切さを認識する・・・というのは、これはこれで理にかなっていると言える。だから和歌山で公共事業をじゃんじゃんやって・・・というのは別の話として、和歌山県は県内の至るところに土地の標高、海までの近さを示す標識があるし、避難場所もあちこちに整備されている。二階を非難・・・もとい二階に避難か。いや津波だと二階も危ないか。

何だか話が横にそれてばかりだが、「津波」というものに対して、自宅で警報が出た場合はどこに避難するか、どう動くかはある程度想定できても、たまたまこうした出先で警報に遭遇した場合はどうするか。こういう時こそ心を落ち着けて状況を判断することが必要だとはわかっていても、その時になると果たして動けるか。そうした人でも確実に避難できるような案内が求められるところだが、実際細かなところまでのカバーは難しいだろうな・・・。

緊急メールが来てから御坊駅に着くまでの10分あまりの間、そんなことをぐるぐると考えていた。もう一度気持ちを切り替えて、乗り継ぎの各駅停車に乗車。わずか1駅、3分で道成寺に到着である・・・。
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