救急一直線 特別ブログ Happy保存の法則 ーUnitedー for the Patient ー

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研修医の皆さんへ 生体侵襲後の栄養管理  NO.2

2008年05月25日 09時40分13秒 | 講義録・講演記録 3
生体侵襲後の栄養管理<続編>

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之


【4】中心静脈栄養:栄養必要量と水分必要量の決定
生体侵襲の急性期は血糖コントロールに難じることが多いため,カロリー補充を一般にひかえていますが,生体侵襲後3日目ぐらいからは,十分な栄養管理を行うのが一般的であると思います。中心静脈栄養を具体的に組み立てられるように考えてみましょう。

(1)水分必要量
 最低限必要な水分量の決定には,少なくとも以下3つの方法があります。
① 30 ml × 体重(kg)
② 1 ml × 栄養摂取量(kcal)
③ 1500 ml × BSA(m2)
 これに,分泌物・発汗などを考慮に入れて,1日水分量を設定します。状況に応じての必要な輸液は,これ以外に追加します。

** 水分最低必要量 ********************************************************
具体的患者さん例:体重50kgの右半結腸切除術後の患者さん
水分最低必要量の算定:必要最低水分量は上記①より約1500 mlとします。
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(2)エネルギー必要量
①基礎エネルギー消費量を求めます。
 基礎エネルギー消費量の算出はHarris-Benedict(ハリス・ベネディクト)の公式が有名です。
Harris-Benedictの式(kcal/日)
男性:66.5 + 13.8W + 5.0H – 6.8A 
女性:655 + 9.6W + 1.9H – 4.7A 
W=体重(kg),H=身長(cm),A=年齢(年)

また,Weirの消費熱量式を用いた間接熱量測定法は,生体侵襲後の必要エネルギーを的確に示すことができ,特に,侵襲直後にエネルギー利用効率が減じている時の基礎エネルギー消費量の決定に有用です。VCO2とVO2は呼気ガス分析装置を用いて,測定します。

Weirの消費熱量式(kcal/日)
  基礎エネルギー消費量=3.96×VO2 + 1.11×VCO2-2.17×尿中窒素排泄量(g/日)



②総エネルギー必要量
 総エネルギー必要量=基礎エネルギー消費量×活動指数×障害係数
  活動指数:寝たきり状態(1.2),ベット外での活動あり(1.3)
 障害係数:手術(軽度:1.1,中等度:1.2,高度: 1.8),外傷(1.2-1.4)
       感染症(軽症:1.2,中等度:1.5),広範囲熱傷(1.2-2.0)

③総エネルギー必要量の簡易計算:25-30 kcal/kg

**総エネルギー必要量***************************************************
具体的患者さん例:体重50kgの右半結腸切除術後の患者さん
総エネルギー必要量は,③より約1500kcalとします。***********************************************************************

(3)エネルギー源
 タンパク,炭水化物,脂肪がエネルギー源となります。炭水化物とタンパク:4 kcal/g,脂肪:9 kcal/gです。

(4)アミノ酸の補給はどれぐらいがよいのでしょう?
 アミノ酸の補給の適切な量は,ストレスなし(0.6-1 g/kg体重/日),軽度ストレス(1-1.2 g/kg体重/日),中等度ストレス(1.2-1.5 g/kg体重/日),高度ストレス(1.5-2.0 g/kg体重/日)を目安とし,決定します。タンパク合成を施したい時期には,総カロリー摂取量(kcal)と窒素(g)との比(カロリー/N比)は100-200レベルであると,蛋白合成の効率が最もよいとされています。ストレスの程度が強いものほど,糖の利用効率が悪いため,タンパクを十分に補い,カロリー/N比を100に近づけるのが望ましいとされています。
アミノ酸はどれも約16%の窒素を含有しているので,およその窒素量(g)は,アミノ酸投与量(g)×0.16(あるいは÷6.25)で求められます。このようにして,まず,アミノ酸の投与量を決定し,そのエネルギー(投与量×4 kcal)を計算します。
重度のストレスにある50kgの患者さんを例にあげれば,最低75g のアミノ酸の補充が望ましいです。これは10%アミノ製剤(0.1g/mlのアミノ酸製剤)ならば,750mlになります。アミノ酸を投与した1日の結果として,尿素代謝産物(BUN)などの尿中排泄量や血中BUNを調べ,アミノ酸代謝を毎日,再評価することが大切です。

<注意点1>急性肝不全ではアミノ酸補給量を制限して,肝性昏睡を防ぎます。また,腎不全では窒素代謝産物の排泄が低下するため,血液浄化法を併用していない場合は,必要最低限の必須アミノ酸の投与とします。
<注意点2>窒素平衡
 タンパクが同化する(体に取り込まれてゆく),あるいは,異化する(体から減ってゆく)ことを評価することが大切です。蛋白質はアミノ酸の集合体ですので,やはり約16%の窒素を含有しています。尿中窒素代謝物(UUN)とアミノ酸投与量を比較して,排泄量が多い場合,負の窒素平衡,異化が亢進している状態であると評価します。窒素平衡を把握する場合は,尿のみならず便,ドレーン,胃管などへの排泄もありますので,総合的に評価することが大切です。

**アミノ酸製剤の投与量****************************************************
具体的患者さん例:体重50kgの右半結腸切除術後の患者さん
中等度ストレスと評価して1.5 g/kg体重/日,すなわち,75gのアミノ酸を付加することにします。10%アミノ酸製剤では750mlとなります。投与カロリーは4kcal/g×75g=300kcalとなります。
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(5)脂肪の補給はどうしますか?
総カロリー摂取量(kcal)の20%レベルのエネルギーとして,脂肪補給を計画します。必修脂肪酸(リノール酸)の補充目的だけであれば,総エネルギー必要量の1-3%で十分とされています。イントラリピッド®,イントラファッド®,イントラリポス®の10%あるいは20%製剤が静注用脂肪製剤として知られていますが,20%製剤で敗血症が生じたという報告もあり,濃度の低い10%製剤を使用することが推奨されています。10%脂肪製剤には0.1 g/mlの脂肪が含まれており,厳密には0.9kcal/mlですが,市販の製剤により多少差があり,約1 kcal/mlに調節されています。1日1500kcalを補う場合は,通常はその20-30%を脂質で補いますので,10%脂肪製剤であれば200-300kcal分である約200-300mlを少なくとも2-3時間以上かけて補います。
鎮静薬として用いられているデュプリバン®は水に溶けにくいプロポフォールを1%脂肪性剤で乳化させていますので約1.1 kcal/mlです。1%デュプリバン®10ml/hで鎮静している場合は,11 kcal/hの脂質投与をしていることになり,約264 kcal/日の脂質を補ったことになります。
脂質投与量をあげてエネルギー補給を増やす場合は,人工呼吸中の呼吸不全の患者さんです。呼吸不全患者の多くは CO2の蓄積が認められますが,脂肪製剤は糖やアミノ酸に比較してCO2産生量が少なく抑えられるので,1日量2 g/kgを上限として脂肪補給を投与予定カロリーの30-40%レベルに上げます。しかし,脂肪製剤の過量投与は,脂肪滴をマクロファージが貪食することにより,肺での炎症を促進させるとする可能性も示唆されています。

**脂肪製剤の投与量********************************************************
具体的患者さん例:体重50kgの右半結腸切除術後の患者さん
総エネルギー必要量は,この患者さんでは約1500kcalとしました。脂肪製剤は総エネルギー必要量の30%として約450kcal,10%脂肪製剤で約450mlを4時間以上かけて補う方針とします。**************************************************************************

(6)糖の補充量は最後に決定される

 今まで,50kgの中等度呼吸器感染症の患者さんを例として,投与水分量は1500ml,総エネルギー必要量1500 kcalと設定し,10%アミノ酸製剤750 ml (アミノ酸75g)で約300kcal,10%脂肪製剤約500 ml(脂質50g)で約450 kcal(実際は製品の都合で約500kcal)とカロリー分担をさせてきました。以上の流れから最終的に糖の補充量を決定します。この患者さんの中心静脈栄養の献立では,最終的に糖液が負担する輸液量は約350 ml,エネルギー量で700 kcalとなります。
 そこで,糖液の話ですが,50%糖液とはブドウ糖0.5 g/ml液のことです。ブドウ糖は1 g=4 kcalですので,50%糖液=0.5 g/mlの糖液=2 kcal/mlで計算します。同様にして,20%糖液は0.8 kcal/ml,10%糖液は0.4 kcal/ml,5%糖液は0.2 kcal/mlです。つまり,この場合は50%ブドウ糖液を350ml加えることで,ちょうど700kcalを糖で補うことができることになります。実際の臨床では,多少の誤差がでることがありますが,このようにして,中心静脈栄養の組成を決定していると理解してください。

**糖液の投与量********************************************************
具体的患者さん例:体重50kgの右半結腸切除術後の患者さん
総エネルギー必要量は,この患者さんでは約1500kcalとしました。蛋白製剤,脂肪製剤の投与量を決定した後,最後に残ったカロリーを糖に負担させます。50%ブドウ糖液を350ml加えることで,ちょうど700kcalを糖で補うことができることになります。**************************************************************************

(7)電解質+総合ビタミン剤+微量元素

 必要水分量とエネルギーの分担ができた次に,電解質とビタミンと微量元素の補充を評価します。

① 電解質:1日当たりに必要な電解質量は,ナトリウム 60-80meq,カリウム 30-60meq,塩素 80-100meq,カルシウム 4-10meq,マグネシウム 8-20meq,リン 12-20mmolを基準とし,増減させます。はじめから糖液に適切な電解質が含まれているものもあります。カリウムを補いたくない腎不全などの場合は,糖液と電解質を別に調整します。
② 総合ビタミン剤:脂溶性および水溶性ビタミンともに生体維持に不可欠なものです。
③ ミネラル・微量元素:鉄,亜鉛,セレン,クロム,モリフデンなど微量元素の欠乏を避けることが大切です。

** まとめ ****************************************************************
体重50kgの右半結腸切除術後の患者さんの中心静脈栄養
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① 水分量の算定:1500 ml(簡易計算 体重×30 mlより)
② 総エネルギー必要量の算出:1500 ml(簡易計算 体重×25-30 kcalより)
③ アミノ酸投与量の決定:中等度ストレスがあると評価して1.5 g/kg体重/日。この75 gは,10%アミノ酸製剤なら750 ml。カロリーは4 kcal/g×75 g=300 kcalです。
④ 脂質投与量の決定:総エネルギー必要量の30 %として約450 kcal,10 %脂肪製剤450 mlを4時間以上かけて,中心静脈栄養とは別ルートで補います。
⑤ 糖投与量の決定:残り350 ml分,700 kcal分を50%ブドウ糖液350mlで補う。
⑥ 電解質・ビタミン・微量元素を加える。
⑦ 脂質を抜かしたものをすべてミックスして,中心静脈栄養液のパックとします。投与速度は投与水分量を24時間で割ります。1500 ml÷24 (h),約62 ml/hとなります。


【5】経腸栄養の重要性

 今や救急・集中治療では腸を使える状態では積極的に初病日より経腸栄養を開始することが常識となりました。この考えの基本として,腸管免疫に大切さが強調されています。私は,初病日から炎症の落着する時期までは,持続投与で20 mL/hのラコールⓡかオキシーパⓡを用いています。6時間毎に胃内容物を吸引して,胃液生産量とともに,経腸栄養吸収量を評価しています。炎症の落着とともに,投与量を10 mL/ずつ増量させ,50~60 mL/hを完成状態と評価しています。病棟移行に合わせて,経腸栄養を1日3回の間歇的投与へ変更するか,軟食開始としています。

(1)Bacterial Translocation(BT)―サイトカインストーム―
 Bacterial Translocationは腸内細菌や真菌が腸管壁を通過して,腸間膜リンパ節や門脈などに侵入する現象のことです。通常は胃液,膵酵素,胆汁,腸粘膜上皮細胞,腸管粘液,腸管運動,腸管付属リンパ節装置が,消化管からのBacterial Translocationを抑制しています。絶食が3日を越えるとBacterial Translocationが生じてくるといわれています。Bacterial Translocationを予防するには,腸を蠕動運動させることが大切です。腸を動かすためには,交感神経緊張を適度に緩和すること,経腸栄養を可能な限り早期から開始することが大切です。

(注)腸管付属リンパ節装置:GALT(gut associated lymphoid tissue)
 パイエル板,孤立リンパ小節,粘膜固有層,上皮細胞間に存在して,消化管免疫に関与しています。消化管運動により,液性免疫IgAを産生し,分泌しています。この腸管免疫は腸管局所だけではなく,全身性に免疫機能をもたらすことが知られており,肺炎を起こしにくくなるという報告があります。腸を可能な限り早くから使うほうがよいとする根拠となっています。

(2)Immunonutrition:免疫賦活のための栄養剤
 グルタミンは小腸上皮細胞や腸管付属リンパ節装置の重要なエネルギー基質であり,腸虚血で産生されるフリーラジカルを除去するグルタチオンの合成に必修なアミノ酸です。グルタミン12-20g/日以上の経腸投与が腸管免疫の賦活化に有効であるといわれています。また,ω-3系脂肪酸投与による抗炎症作用,粘膜下血流増加作用,腸上皮増殖促進作用が注目されているほか,アルギニンによる免疫力増強作用などが知られています。現在は,これらを含有するラコール®やインパクト®が経腸栄養剤として利用されています。

(3)食物繊維
 食物繊維は腸内細菌叢の維持,糞便量増加,耐糖能改善,コレステロール上昇抑制機能があります。


【6】急性期の血糖コントロール

重症病態の急性期は生体侵襲に対する急性相反応,カテコラミン投与,インスリン抵抗性により高血糖となりやすいことを既に記載しました。この高血糖をどこまで容認するかに対して,アメリカ集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine)は,Surviving Sepsis Campaign guidelinesを公表しています。インスリンを積極的に用いて血糖値を150mg/dl(8.3 mmol/L)以下に調節するのがよいとしています。適切な血糖値調節により重症患者の死亡率を軽減できることが報告されています。これは,別講を参考としてください。

【おわりに】
 重症病態であっても,腸が使用できる状態であれば可能な限り早期から経腸栄養を導入することが望ましいと考えられています。私は,初病日の6時間以内から経腸栄養を併用しています。生体侵襲の急性相反応においては,炎症性サイトカインの影響により,血糖値があがりやすい傾向があります。このような反応は,十分な輸液と利尿により軽減できます。特に,侵襲の第5病日から炎症の落着を得た状態からは,経腸栄養により十分なタンパクを補充することが,不可欠と考えています。不十分な栄養投与とすることは,2次感染の原因となるばかりか,さまざまな細胞の細胞内情報伝達の2次性修飾を加え,望ましくないと考えられるようになっています。重症病態といえども,十分な栄養により免疫力を守り,痩せを防ぎ,生体の感染防御を整え,早期離床を心がけることになります。このタイミングを立案し,計画を遂行することにより,重症病態が再び重症にいたることを軽減できます。本講を,栄養評価の基本的な考え方,中心静脈栄養の組み立て方,経腸栄養の有効性の理解にお役立てください。研修の皆さんからは,栄養は謎だというお話をよく聞きます。こういう治療の成功を実感する場所が,集中治療室です。
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