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研修医の皆さんへ 生体侵襲後の栄養管理  NO.1

2008年05月25日 09時44分22秒 | 講義録・講演記録 3
生体侵襲後の栄養管理

京都大学大学院医学研究科
初期診療・救急医学分野
准教授 松田直之


【はじめに】救急・集中治療領域の代謝・栄養管理には,患者さんの生体のホメオスタシス(生体の恒常性)がどのように変化しているかを考えることが大切です。生体侵襲を受けた直後では血糖コントロールに難渋しますが,生体侵襲からの回復期に蛋白異化を放置しているとアルブミンが減少し,脾腫や腹水を合併し,急性衰弱(クワシオコア:Kwashiorkor),創傷治癒の遅延を起こします。本講では,生体侵襲急性期のacute phase reaction(急性相反応)をまず理解していただき,そして,中心静脈栄養の組み立て方を概説し,あわせて,経腸栄養を推奨する根拠を理解していただこうと思います。


【1】急性相反応 acute phase reaction
 生体が侵襲にさらされると生体の神経内分泌,免疫機構,代謝に影響を与える急性の生体反応が出現します。これを急性相反応と呼んでいます。Moore(ムーア)はこの反応を1952年に報告しています。

1)Moore説・急性相反応の流れ
 ムーアは侵襲に対する生体反応を4期に分類しています。
①障害期:侵襲後2-4日,生体侵襲後の高カテコラミン期です。
②転換期:侵襲後4-7日 ,副腎皮質ホルモン分泌レベルが正常化し,尿中への窒素排泄量が正常化し,筋蛋白合成が開始される時期です。
③同化期:侵襲後1-数週間,タンパク異化亢進がおさまり,窒素バランスが負から正に戻り,筋力回復が起こり始めます。
④脂肪蓄積期:侵襲後数週間から数ヶ月,侵襲後のホルモン変動が消失し,脂肪が蓄積し体重が増加してくる時期です。

2)生体侵襲の極期に何が起こるのか?
 急性相反応の特徴は高カテコラミン状態で説明されてきましたが,現在は,侵襲後のサイトカイン濃度の推移によっても説明されるようになってきました。カテコラミンやサイトカインによるインスリン抵抗作用により,血糖値が高くなり,タンパク異化,脂肪分解が亢進しています。術後や外傷,重症感染症の極期には血糖値が高くなり,栄養に難じることを経験すると思います。この時期に必要な栄養をどのように評価し,与えるかが,重要な課題となります。具体的に急性相反応の特徴を示します。

<急性相反応の特徴>
①頻脈と高血圧(hyperdynamic state)
 末梢血管抵抗が増大し,心収縮性も増加し,心拍数も増加します。この状態は,まさに頑張っているという交感神経緊張で説明できますが,医療介入としては適切な鎮痛・鎮静が有効です。高齢者では特に心臓への負担を軽減させることも大切となる時期です。

②高血糖
 痛みや苦痛により放出されるカテコラミンはインスリン作用を抑制します。すなわち,筋肉や肝臓や脂肪にグリコ-ゲンを蓄積させようとするインスリンの作用を抑制し,高血糖状態を作ります。また,中枢からのACTHの分泌が亢進するため,副腎皮質でコーチゾルの放出が高まり,糖新生,脂肪分解が亢進し,更に高血糖が助長されます。適切な鎮静や鎮痛は,このような急性相反応を根源的に抑制するためにも,必要不可欠なのです。グルカゴンの分泌も亢進するために,グリコーゲン分解が促進され,高血糖が更に助長されます。生体侵襲後は数日間,血糖値が上がりやすくなります。これに対して,いくつかの大規模臨床研究は,インスリンの持続静注により血糖値を150 mg/dl以下に下げるほうが,いや,タイトに血糖値を正常域にとどめるほうが,死亡率を低下させることができるとしています。

③タンパク異化の亢進
 副腎皮質でコーチゾルの放出が高まり,骨格筋を中心としてアミノ酸放出・蛋白異化が亢進します。尿中の窒素代謝産物が増加し,負の窒素バランスとなります。放置すれば,手足が細く,腹部が膨らんだクワシオコア(Kwashiorkor)となります。よって,これをできるだけ防ぐためにインスリンの持続投与が有効であるとする考え方もあります。

④脂肪分解の亢進
 交感神経緊張に伴うカテコラミンやグルカゴンの作用で脂肪組織中のホルモン感受性リポプロテインリパーゼ(LPL)の活性が高まり,トリグリセリドが脂肪酸とグリセリドに分解されます。生体侵襲の急性期にはタンパクだけでなく脂肪も分解されるのです。インスリンはこのLPL活性を抑制する作用を持っています。

⑤尿量減少
 生体侵襲の程度に応じて下垂体後葉から放出されるADH(バゾプレッシン)が過剰に分泌されることが知られています。これにより利尿がつきにくくなります。また,発熱・出血などの理由で循環血液量が減少していると,レニンーアンジオテンシン系が亢進するため,腎尿細管でのNa+と水の再吸収が促進されます。詳細は腎不全の別講も参照していただくとよいですが,利尿がつきにくくなるのが特徴です。

⑥凝固亢進
 交感神経緊張によりアドレナリンα2受容体を介して血小板が凝集しやすくなります。また,トロンボキサンA2,セロトニンなどの凝固促進因子の産生が高まり,凝固が亢進します。凝固抑制因子であるアンチトロンビンIII,プロテインC,プロテインSは,主に肝で産生されているため,タンパク異化が亢進すると,これらの産生量が減少し,凝固が亢進します。結果的に,生体侵襲が強いとその急性期は血液が固まりやすくなり,血栓塞栓症の危険が高まることを知っておくとよいです。これに対して,回復期に入りますと,血栓を溶かす線溶系が亢進してきますので,ここでの再手術などは止血に難渋することになります。
 
⑦発熱反応
 発熱は主に中枢でプロスタグランジンE2の産生が高まるために生じます。生体侵襲後は,炎症性サイトカインが脳血管関門に作用して,脳内でプロスタグランジンE2の産生を高めます。過度の交感神経緊張により末梢循環が損なわれると,体温の逃げ場がなく,核温(中枢温)の上昇が起こります。発熱時の体温管理は,すぐに薬物に頼るのではなく末梢から熱を逃がしてやる工夫が大切です。

⑧急性炎症蛋白の上昇
 生体侵襲により上昇した炎症性サイトカイン(IL-1,TNFα,IL-6)は急性炎症反応蛋白(CRP,血清アミロイドA,α1-acid glycoprotein,フィブリノーゲン,ハプトグロビン,セルロプラスミン,α1-antitrypsinなど)を産生させます。主にCRPや白血球数の推移を見て,炎症の程度と推移を評価するとよいでしょう。2次感染のない場合は,これらのデータは3-4日で落ち着きます。


【2】創傷治癒の流れ
 創部の治癒は,①凝固・止血期②炎症期③増殖期④組織再構築期⑤成熟期の5つの流れとなります。受傷3日後以降は2次感染が生じてこない限り,増殖期に入りますので,十分な蛋白の補充が必要になってきます。術後や外傷後を例にとり解説します。

①凝固・止血期(1-2日)
 受傷組織の細血管は収縮し凝固活性があがり,止血されます。
②炎症期(1日-1週間)
 凝固を受けた局所に,多核白血球,マクロファージや肥満細胞が集結してきます。局所で炎症が遷延する一方で,フィブリン網が形成されます。
③増殖期(3日-2週間)
 線維芽細胞が増殖し,コラーゲン合成が促進し,細胞外基質の合成が高まる時期です。
④組織再構築期(5日-3週間)
 細胞外基質の蓄積が高まっていきます。
⑤成熟期(2週間-2年)
血管系は最終的には退縮して,表面平滑な瘢痕となります。


【3】栄養スクリーニングとアセスメント
 入院患者さんの栄養不良は,比較的多いようです。その原因として,体重・身長測定を定期的に行わず無頓着であること,特に医師がカルテに体重変化を記載しないことが指摘されています。栄養不良は,増殖期以降の創傷治癒を遅延させ,合併症発生率を高め,入院期間を延長させます。栄養管理が適切であるかを評価するシステムをもつとよいでしょう。そこで,まず,入院前と入院時の栄養状態の評価が大切となります。

(1)体重評価
 体重減少は栄養状態の重要な指標となります。入院前情報として①通常の体重 ②過去6ヶ月の体重変化(慢性的低栄養:マラスムス) ③過去2週間の体重変化(急性低栄養:クワシオコア)をまず把握します。入院時に必ず体重測定を行い,その後の体重変化を定期的に調べることが大切です。

(2)食物摂取パターンの把握
 入院前の食物摂取パターンを認識しておくことが大切です。救急患者さんの中には非常に栄養状態の悪い患者さんがいるものです。①食習慣の変化やその期間 ②食物の好み ③固形食をきちんと食べていたか ④食事量 ⑤絶食経験の有無 ⑥アルコール摂取量などにより,入院後の栄養組み立てに役立てます。

(3)消化器症状の有無
 下痢・便秘の有無と持続期間の確認は大切です。

(4)生活活動性
 日常の活動レベルの低下があれば,必要栄養量が低下していた可能性があります。

(5)身体ストレスの評価
 救急搬入・集中治療管理される患者さんの身体ストレス(生体侵襲の程度)はまちまちですので,搬入時にまず,大きく①軽症 ②中等度症 ③重症のように主観的に分類します。この生体侵襲の程度により,急性相反応の程度に差が出ます。回復期に必要とするエネルギー量にも差が出ますので注意が必要です。

(6)身体計測で注意すべきこと
 入院時より毎日定期的に評価するのが望ましいです。
 ①上腕三頭筋部皮下脂肪厚:脂肪量と相関します。
 男性:8.3mm,女性:15.8mmを基準としますが,変化を観察することが大切です。
 ②上腕筋周囲:骨格筋量(蛋白量)と相関します。
 男性:24.8cm,女性:21.0cmを基準としますが,変化を観察することが大切です。
 ③ウエスト・ヒップ比:るいそうの進行がわかります。
④浮腫の評価:炎症の極期は血管透過性が亢進します。低タンパク血症でも血管透過性が亢進し,浮腫が生じます。浮腫は,踵部・仙骨部で評価します。腹水・胸水の貯留は定期的にエコー図を行うことになります。



(7)低栄養で推移する血液・生化学検査データ
低栄養のマーカーとして以下を用います。
① 血清アルブミン減少:半減期は約21日です。長期的な栄養評価に有用です。急性期に低下するのは血管透過性亢進のためです。
② 血清コレステロール低下
③ 血清プレアルブミン低下:半減期約2日です。低栄養を鋭く示唆してくれます。
④ 血清トランスフェリン低下:血清トランスフェリンは血中半減期が約3-4日です。下がってくれば低栄養です。
⑤ 総リンパ球数減少
⑥ 補体・免疫グロブリンの低下:感染がおきやすくなります。

(8)呼吸商:何を栄養源にしているかを知る指標
 呼吸商(RQ)は単位時間あたりのCO2排泄量(VCO2)をO2消費量(VO2)で割ったものです(RQ=VCO2÷VO2)。呼気ガス分析装置を用いて,VCO2やVO2は簡便に測定できますが,備えていない施設も多いかと思います。脂肪,タンパク,糖の呼吸商はそれぞれ0.7,0.8,1.0ですが,この呼気ガス分析装置で測定した呼吸商が1に近ければ糖を多く利用した代謝であることがわかり,0.7に近ければ脂質の燃焼・代謝が栄養の主体であると評価できます。1を超える場合は糖質が脂質合成に使われており,0.7以下であれば脂肪からの糖新生が生じていると評価します。

(9)タンパク異化の評価:尿中3-メチルヒスチジン
 タンパク異化の評価には上腕筋周囲の変化を見ることが大切ですが,尿中3-メチルヒスチジンは骨格筋の代謝産物ですので,骨格筋タンパク異化の評価に用いることができます。急性相反応の増殖期以降には,とにかくタンパク異化を起こさないように注意することが大切です。
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