ダムの訪問記

愛車のBMW M3とM6でダムを訪問しています。

苫田ダム

2017-04-21 14:29:55 | 岡山県
2017年4月3日 苫田ダム 

岡山三大河川のひとつ吉井川流域では1945年(昭和20年)の枕崎台風を始め豪雨のたびに洪水被害が発生し、抜本的な洪水対策が求められていました。一方で少雨による渇水被害も頻発し水不足が深刻な問題となっていました。
これを受け岡山県は1953年(昭和28年)に吉井川総合開発事業を策定し吉井川上流部に多目的ダムの建設を計画します。事業は1963年(昭和38年)に建設省に移管されますが、ダム建設予定地が苫田村、合併後の奥津町の中心部だったことから激しい反対運動が展開されダム建設はこう着を続けました。
構想から42年後の1999年(平成11年)にようやく着工にこじつけ2004年(平成16年)に岡山県初の国交省直轄ダムとして竣工したのが苫田ダムです。

苫田ダムは8410万立米と岡山県第3位の貯水容量を誇り吉井川の洪水調節、慣行水利権分の用水補給と安定した河川流量の維持、岡山県南西部への最大40万トンの上水道用水供給、吉井川沿岸の約243ヘクタールの農地への灌漑用水補給、吉井川下流の工場への日量8500トンの工業用水供給を目的とするほか、岡山県企業局苫田発電所で最大4600キロワットの発電を、さらに苫田発電所から2094メートルの導水路で中国電力入発電所に水が送られ最大1600キロワットの発電を行っています。
建設に際しては激しい反対運動が巻き起こった苫田ダムですが、2005年(平成17年)6月に岡山県全土で発生した異常渇水による取水制限や、翌2006年(平成18年)7月の梅雨前線による集中豪雨でも吉井川流域では大きな被害は発生せずこれらは苫田ダム運用の効果とされています。
 
国道179号線に苫田ダムへの案内板がありこれに従い、塚谷交差点で左手の旧国道を進むとダムの下流に到着します。
融雪期でダムへの流入量が増えておりオリフィスから放流が行われています。
すっきりした天端のせいか堤高74メートルには見えず威圧感も感じません。

ゲートをズームアップ。

ダム右岸にある仮排水路。

塚谷交差点まで戻り管理事務所への道を進むと堤体左岸上流に出ます。
クレストの非常用洪水吐は日本の重力式コンクリートダムとしては初めてラビリンス自由越流頂が採用されています。

ズームアップ
左は取水設備、その右にオリフィス2門、コンジット2門の予備ゲートが並びます。

ラビリンス越流頂。



天端は車両通行可能。

オリフィス放流を真上から
減勢工左手は苫田発電所。

アングルを変えて。

オリフィスゲートは日本で2番目に採用された引っ張りラジアルゲート
見学室からオリフィスゲートを至近で見ることができます。

左岸から下流面
対岸に管理事務所があります。

構想から完成まで半世紀近くの時間がかかった苫田ダムですが、建設に際しては最新技術が導入されました。
引っ張りラジアルゲートの採用ですっきりした天端、ラビリンス越流頂の採用で独特の形状となっているクレストゲート、オールドダムとは全く異なる側面で日本の100ダムに採用されたのが納得できる苫田ダムです。

1909 苫田ダム(0958)
日本の100ダム
岡山県苫田郡鏡野町久田下原
吉井川水系吉井川
FNAWIP
74メートル
225メートル
国交省 中国地方整備局
2004年
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