又市秀治 (またいち しゅうじ)

ご訪問いただき、誠にありがとうございます。

又市秀治と申します。

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高校の同期会を開きます

2013-11-09 | ひと言
 富山県立富山高校の102回生の同期会を開くことにしました。
 不器用ながら、ホームページを作り、動画も作りました。
 これを見てくれた同期のみんなが、一人でも多く参加してくれるよう願っています。
 案内状の発送準備も進めています。乞うご期待。


富山高校102回生の会HP/
  http://www.geocities.jp/toyama_102/

同期会告知動画(スライド)/
  http://www.youtube.com/watch?v=2xmeiSs0YsA
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「ガンバレおじいちゃん、たちあがれ社民党」

2013-07-24 | ひと言
 参院選が行われた翌朝、布団を片付けようとしたとき、「ガンバレおじいちゃん、たちあがれ社民党」と書かれた一枚の紙が、長女の枕の下にありました。
 
 まだ、小学生の子どもたちですが、自分たちの「おじいちゃん」が選挙戦を繰り広げていることは知っています。そして、「おじいちゃん」が社民党であることも知っています。
 その頃、私はずっと家を空けていましたが、聞けば、開票速報が始まってからずっと「社民」の当確の欄が「0」だったとこに、ボロボロ涙をこぼして、泣きながら、祈りを込めて書き、枕の下に入れたのが「ガンバレおじいちゃん、たちあがれ社民党」だったのです。

 嬉しい反面、私は申し訳ない思いで一杯でした。
 今日の新聞にもありますが、まずは集団的自衛権の「解釈改憲」から、国民の権利や自由を取り上げ、戦争や徴兵制、軍事独裁政権を可能にする「明文改憲」を目指す人々が、圧倒的多数を占めるに至りました。
 そんな恐ろしく、忌まわしき「改憲」論の正体を明かすべき、私たちの取り組みの不十分さを、お詫びしなければなりません。

 ともあれ、又市征治へのご支援、ありがとうございました!
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切実な願い

2013-07-13 | ひと言
 今日、会議があり、元町議会議員の方から報告がありました。
 昨日、JR速星駅前で社民党の政連車を止めたところ、高校生たちが近付いてきて、こう話しかけてきたそうです。

 「このまま安倍さんたちが勝てば、僕たちが戦争に行かなければいけなくなる。社民党、頑張って下さい。」

 彼らは分かっているのです。
 憲法が変われば、戦争も、徴兵制も、可能になることを。
 そして、自分たちの世代が戦争に駆り出されていくことを。

 しかし、彼らはいま選挙権を持ちません。それだけにその願いは切実です。
 すべての子どもたちの将来を大きく左右する今回の参院選、その願いを裏切るわけにはいきません。
 残された期間、全力で頑張り抜きたいと思います。

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足が…

2013-07-07 | ひと言


 このところ足を酷使し過ぎたせいか、春に傷めた足首と足の甲の、痛みと腫れが再発しました。
 しかし参院選期日まで2週間、情勢が厳しいだけに、候補者の身内である私が足を止めるわけにはいきません。
 というわけで、とりあえず今からアイシングです。
 何とか症状を誤魔化しながら、明日からも「比例は又市征治」の訴えとともに、元気で頑張りたいと思います。

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又市征治という男

2013-06-11 | ひと言


 動画投稿サイト「Youtube」に、「がんばれ 又市 征治」という動画がアップされていました。
 又市征治という男、熱い男です。闘う男です。
 公私にわたり彼の背中を見てきた一人として、その「熱い闘い」が決して間違っていなかったこと、そして今この国に、この男、その闘いが必要であることを、私はよく知っています。

 又市征治が生まれたのは1944年、戦争の真っ最中でした。
 征治の父・久治は、旧日本軍のトラックに撥ねられ、足を失いました。妊娠中だったその妻・操は早産で未熟児を生みました。それが征治でした。
 又市の家は、農業と売薬で生計を立てていましたが、足を失った久治は、まだ30代の働き盛りでその仕事に従事することさえ出来なくなりました。戦争中のことですので、国からの事故の補償は何もなく、又市家はたちまち貧困に陥りました。
 征治1歳のとき、富山大空襲でその家さえも焼失しました。
 操は、足を失った夫の介護、育児、家事、農業など、一家を支えましたが、そうした苦労がたたり、39歳の若さで亡くなりました。征治7歳のときでした。
 その頃から、征治は小学校の低学年ながら農業の主要な担い手となりました。また、家計を助けるため新聞配達のアルバイトをしました。朝刊を配り、夕刊を配り、集金業務もしていました。
 そんな征治は、新庄中学では生徒会長にも選ばれました。
 それでも金がないため、父の久治から、高校進学をあきらめるよう言われていました。勉強したいと思っていた征治は、さらに家庭教師のアルバイトも見つけ、学費を自分で稼いで、富山高校に進学しました。そこでも、征治は生徒会長に選ばれています。模擬試験では県内で一ケタの順位に入っていたそうですので、成績は優秀だったようです。征治は、大学で勉強したいと思うようになりました。
 しかし、学費がないことに加え、そのとき父の久治が亡くなりました。
 征治は進学を断念して就職し、そこで社会矛盾に目覚め、労働運動や平和運動に参画していきました。

 「命を守りたい」「くらしを守りたい」「平和を守りたい」「二度と自分のような苦労を強いられる人間を生み出してはならない」そんな言葉を、私は子どもの頃から何度となく耳にしてきました。
 そのために闘う又市征治は、私の誇りです。

 安倍政権発足して半年が経ちました。
 彼らは、「戦争をしてはならない」「主権は国民にある」「人権を尊重しなければならない」と定めた日本国憲法を「変える」と言っています。
 では、どう変えるのかという問いに安倍首相は「自民党は既に草案を発表しています」と応えました。
 その草案の中身は、「軍隊を持って戦争をする」「人々の権利を奪い、自由を取り上げる」「どんどん義務を課して国民を縛る」「徴兵制や軍事独裁政権も可能にする」、そんな中身です。安倍政権が目指しているのは、国民を、国家や権力者の「奴隷」にすることなのです。

 また、安倍政権の成長戦略の中身は、徹底した規制緩和にあります。これまでも、格差や貧困の拡大を引き起こしてきた、あの小泉改革路線をさらに推し進めようとするものです。
 例えば、いま「企業が従業員を解雇しやすくしよう」という相談が行われています。一方では「外国人労働者をもっと受け入れよう」という議論があります。少し業績が落ちれば、すぐに従業員はクビになり、生活の糧を失います。業績が上向きになっても、雇い入れるのは、人件費が安くて済む外国人というわけです。
 たしかに、企業の収益は少し改善されるかもしれません。しかし、外国からの「出稼ぎ労働者」に職場を奪われる国民のくらしは全く良くなりません。
 ますます、貧困層は拡大するでしょう。

 いま、こうした厳しい情勢だからこそ、又市征治は「ここで闘いをやめるわけにはいかない」「全力で闘い抜いて、歯止めをかけなければならない」そうした決意で、連日頑張っています。

 いま、戦争の傷跡を知る議員が、あまりにも少なくなりました。その後に残された貧困も、理解できない議員が増えています。悲しむべきことです。

 いま、祖父母や両親の世代が歯を食いしばって大切に守り抜き、私たちが享受してきた「平和」や「権利」「自由」が奪われようとしています。
 そのことによって血を流すのは、私たちの子や孫の世代です。それは、今を生きる私たちが、食い止めなければなりません。

 戦争の悲惨さや貧困など、本当の苦しみを知っている又市征治が、その闘いの先頭に立たせて頂く意味は、極めて大きいものがあります。

 私は、何十年にもわたって、又市征治の背中を見てきた人間として、残り40日間、全力でその闘いを支えたいと思っています。
 
 今が正念場なのですから。

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獅子舞

2013-04-23 | ひと言


 4月の第3土曜は、実家近くの田中大明神の春季祭礼です。毎年、獅子舞を奉納し、町内をまわります。
 私はこの町内を離れて11年になりますが、春の獅子舞、夏の盆踊り、秋の神輿など、声をかけて頂き、ずっと参加させてもらっています。
 さて、この日の最低気温は1℃。さらに午後からは雨が降り出し、厳しい寒さでしたが、何とか今年も祭りを終えることができました。
 多くの皆さんの笑顔に出会えて、うれしくまわらせて頂きました。
 ちなみに「自前のハッピを持っている人は自前で」ということになっており、私は動画(画像をクリックするとYouTubeのページが開きます)の通り、毎年「近鉄バファローズ」のハッピです。
 球団がなくなって今年で9年。最近の小学生には分からないようでした。
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一冊の大学ノート

2013-04-10 | ひと言
 富山市議選が行われています。
 今日、私の職場のある会館で個人演説会があり、参加させて頂きました。
 その候補者は、その会場にもいつものように大学ノートを持ってきていました。
 たまに、そういう候補者はいます。上手に話そうと思い、原稿を持ち込む人です。
 でも、彼のノートは違いました。

 ある応援弁士が語られた中に、市政への要望がありました。大変良い指摘で「なるほど」と思うものでした。
 気づけば、その候補者はその言葉にうなずきながら、、まるで授業を受ける学生のように、一所懸命ノートにペンを走らせていたのです。
 あのノートは、自分の思いを上手に訴えるためではなく、自分に求められていることは何か、自分がしなければならないことは何かを、書き留めるためのものだったのです。

 私も経験があります。
 地域を歩き、そこに住んでいる皆さんの思いを聞きながら、政策を練りました。
 職場を訪ね、そこで働いている皆さんの願いを聞きながら、政策を作りました。 
 人々の声が政治家を創る、そのことを強く実感致しました。

 それでも私は、個人演説会や、その前段のミニ集会にノートを持ち込むことはしませんでした。
 彼ほどの真剣さは伝わっていなかったのかもしれません。
     
 4月10日、この日は2年前、私が県議選で敗れた「敗戦記念日」です。
 まだまだ勉強しなければならないことがあります。
 今日、そのことを教えてくれた彼に感謝し、その恩に報いるため、力を尽くしたいと思いました。
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無断で実験台にされる住民

2012-11-17 | ひと言
 15日、震災がれきの広域処理の問題について、富山市から回答がありました。
 震災がれきには放射性物質が含まれているため、私たちは、震災がれきを焼却する富山広域圏クリーンセンターの常願寺川を挟んで対岸に位置する地域でも、事前に住民説明会を開くよう富山市に求めてきました。
 しかし、残念ながら富山市の回答は「ノー」でした。彼らは、まず試験焼却を行い、環境への影響を調査し、それから市民に説明するというのです。
 試験焼却といっても燃やすのは数十トンという量です。しかも、そこには放射性物質が含まれています。もし、試験焼却の結果、大気中に放射性物質が漏れ出したとしたら、一体どう責任を取るのでしょうか。
 もちろん、震災がれきは数十倍もの一般ごみと一緒に焼却されますので、基準値を超える放射性物質が検出されるとは、私も思いません。しかし今回のように、無断で住民を実験台にするような行為が許されるとも思いません。
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災害廃棄物問題、常願寺川沿いの住民に説明を

2012-11-06 | ご報告
 今日、富山市に対して、災害廃棄物(いわゆる「震災がれき」)の広域処理問題に関する申し入れを行ってきました。副市長と環境部長に対応して頂きました。

 災害廃棄物は、立山町末三賀の富山地区広域圏事務組合クリーンセンターで焼却されます。このクリーンセンターは常願寺川右岸にありますが、左岸は富山市です。
 立山町では既に、5月の町政懇談会で、県・町・広域圏事務組合などが住民に説明を行いましたが、富山市で説明会が行われたのは、その焼却灰を埋め立てる最終処分場がある富山市山本地区だけです。
 私は、常願寺川沿いに位置する上滝・太田・山室中部・藤ノ木などの地区で、住民説明会を開くべきだと主張しました。こうした風下の地域に、不安を抱く人々が多くいらっしゃいます。

 しかし、富山市側は「そんな投書は来ていない」と言いました。投書がなければ誰も不安ではないという発想は、非常に残念です。
 山本地区では、説明会でも受け入れ反対が圧倒的多数を占め、同地区の世帯の半数を大きく超える反対署名が寄せられ、だからこそ、山本地区の皆さんが今日、岩手に視察に行かれたのです。埋却地でこうした状況ならば、焼却地でも不安に思う人々が多いだろうということなど、容易に察しがつくはずです。
 また、最も不安を抱いているのは小さなお子さんを持つ若いお母さん方ですが、そうした世代に、市役所に投書をしようという発想を持つ人がどれだけいるでしょうか。

 富山市側は、地域住民から要望があれば、試験焼却後に説明会を開き、説明会を行うこともあると答え、心配しなくても危険のある数値は出ないということを強調しました。それほど心配ないと言うのであれば、焼却施設の周辺に積極的に足を運び、住民に説明すれば良いのです。それを、事前に何の説明もなく、取りあえず燃やしてみてから説明するというのは、行政手法として、やはり乱暴な話です。

 そもそも、放射性物質が混入した廃棄物を全国に拡散させて処理するという、この広域処理方針を示した政府が大間違いであり、そのような間違いの辻褄合わせに、こうして地方が苦労しなくてはならないのです。
 政府も、今日の副市長も、この広域処理について「絆」という言葉を強調しました。なるほど、実に便利な言葉です。放射性物質も分かち合おう、住民の不安も分かち合おう、住民を被曝させる危険性も分かち合おう、それが本当に「絆」でしょうか。
 1年半ほど前に自殺なさった福島の酪農家の方が残された「原発さえなければ」という言葉が思い出されました。

 市は回答を約束しました。来週、その回答の内容について書きたいと思います。
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志賀原発「脱原発の方お断り」

2012-09-05 | ひと言
 今朝の北陸中日新聞1面の記事を見て驚きました。

 志賀原発の直下には「S1断層」と呼ばれる断層が走っており、それが活断層である危険性が指摘されています。そのことに関連して、社民党党首らが志賀原発の視察を求めたところ、北陸電力が断ったというのです。
 北陸電力としては「原発の必要性を理解いただけない方への対応は優先順位が下がる」そうです。ということは、「原発の必要性を理解している」人々、すなわち元々原発推進の人々が優先されるということになりますが、そんな視察や見学に一体どんな意味があるでしょうか。

 もし北陸電力が、原発の安全性に絶対的な自信を持ち、多くの人々にその安全性を理解してほしいと思うならば、反対や不安の声にこそ丁寧かつ誠実に応えることが効果的であり、近道でしょう。それをまた「隠す」というのですから、安全性に対する北陸電力の「自信のなさ」が見え隠れします。何より、国民の圧倒的大多数が「脱原発」を望んでいるこの状況下においても、北陸電力が「脱原発の方お断り」を貫くならば、誰からも理解を得ることはできないでしょうし、信頼回復など夢のまた夢でしょう。
 あきれるばかりです。
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