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“スコア・ブックの無い野球Ⅲ”    ‘17-5-16

2017-05-16 07:57:51 | Massy's Opinion

 

★  Massy’s Opinion

・前回に引き続き野球のことを書いてみよう。

・高校野球 法政二高に敗れて夏も終わった。正直な所、圧倒的な強さの法政二高が相手だったので、適わないだろうなと言う思いもあったし、善戦したと言う思いが強く、開放された感じで気楽に学生生活を楽しんでいた。だが、矢張り体を動かしたいと言う気分になり、同級生の秋山君に誘われて、アメリカン・フットボールの練習に参加させて貰った。結構面白かった。防具を付けて走ったら如何も股がすれていたい。アメラグのヒップの防具は3っに分かれている。何にも知らないから、野球のキャッチャーのプロテクターと同じように「金隠し」を前にして付けた。「おい!秋山、痛くて走れないよ」「お前どうつけているんだ?」「こうだよ」脱いで見せると「馬鹿、それじゃ走れるわけ無いよ。逆さまだよ...」要するにヒップにつける防具を反対に着けていた訳だ。野球のプロテクターとは真逆全くのお笑い話だった。でもアメラグは面白かった。今、秋山君は、「慶応読書会」代表世話人 月に一度はお会いしている。「お前、なにしているの?学生時代からは考えられないな?」「馬鹿やロー、俺だって社会人になってから、真面目になったんだ...」と大役を果たされている。

・さて、高校2年の秋、野球部長の長尾先生から「教員室に来い...」と呼び出された。

先生は英語を教えていたが、僕のクラスの担任ではない。「何を叱られるのかな?」「そんな悪いことはしていないし...」と恐る恐る教員室に行くと先生方が一斉に見る。そこに女の人が座っていて、ニコニコしている。と、先生が「此方 三田倶楽部会長の山岡さんの奥様だ。これが、増田君です」と紹介された。「今度、山岡さんの息子さんが野球部に入られるんだ。そこで、君が友達になって上げてくれ...」と言われた。お母様からは「よろしくお願いします。内気な子なんでね...」「はい 解りました...」と言う話であった。それ以来、山岡君とは大学野球部を経て、今でもいい付き合いをしている。ポジションは外野僕のライバルが出来た訳だ。後に聞いた話だが、早慶戦には余りの人気で警視庁から中止の指示があり、18年間の中断があったそうだ。その時の復活早慶戦の時のキャプテンが名センターの山岡さんだったそうだ。慶応商工の時から、大学の試合に出ていたそうだ。

その後、よく大学の合宿に来られて、「Practice & Practice」「ファインプレーをファインプレーでなくするプレーをしろ」とお説教をされた物である。前段の「Practice & Practice」は、小泉先生の「練習は不可能を可能にする」に通ずる言葉。後段の言葉は、なぞなぞみたいで意味が解らず、通称「鎌さん」に質問したら、「いつでもボールの下へ早く行け...ファインプレーに見られるようじゃ駄目だ」と言うことだと言われて、「成る程な...」と感心した物である。よく「四の橋のお宅へレギュラーの選手を呼んで、すき焼きをもてなしてくれた。4年生の中に山岡君と僕とを入れて呉れたのである。この頃から野球部とすき焼きの繋がりが出来たのかも知れない。リーグ戦中のゲーム前日の夕食はすき焼きだった。今はどうなぅて居るのか知らないが...

・この時代は正に東京六大学野球の全盛期。後に今日の日本プロ野球界の礎を築いた時期と言へよう。砂押監督を迎えた立教が長島を初めとする大強化作戦を繰り広げ、早稲田、慶応に向かって来た。明治、も島岡監督になり明治高校のメンバーに秋山、土井のバッテリー、法政は二校の田丸監督賀二高のメンバーを中心にチームを作り、慶応は30年卒組みには大型打者が沢山いて、投手は31年卒の藤田(元巨人監督)がエースと言う時代だった。9シーズン優勝を逃している。坂井監督(最後の早慶戦時の主将)から稲葉監督に我々が3年の時に交代された。僕は、3年から本格的にブルペンキャッチャーをやらされたが、その時、坂井監督から「立教、明治、早稲田の練習を見て来い」と言われた。監督は、「顔を知られていない奴が良い」と思ったのかも知れないが、当時は神宮の切符切りは対戦相手校の入り口の切符切りを遣るので、顔見知りが出来る。立教の東長崎のグランドに行ったら、吉野君と言うマネージャーに「おい!増田 何しに来たの?スパイかよ...」と言われた。驚いたのは慶応と同じ2箇所でフリーバッティングを遣っていたが、3塁側のゲージでは初めから終わりまで、長島一人で打っていた。当時は、マシンも無く手投げのバッテイング。ピッチャーが大体一人で100球位投げ、バッターは一人4本5回とか言うフリーバッティングである。当然、打てない選手が沢山出来る。守備になるとサードは長島一人で猛烈なノックを受ける。ブルペンに行くとエースの小島左腕は左手に毛糸の手袋をはめ、マッサラなボールでピッチィングをさせられていた。指先にシッカリと力が入るようにである。余りにもスパルタな指導には驚くと同時に「問題が起きないかなあ?」と思った。後に大沢親分中心とした「千徳寮集団脱出事件」が起きた下地に成ったと思う。当時の砂押監督は、後に日本鉱業の監督、プロでヤクルトの監督をされたが、日本鉱業のレストランで親友内藤治夫君(時習館、経済学部は僕と二人だけ)の紹介で良くお会いした。この練習を見に行った時の事を話すと「俺も若かったよな...あの時は27歳だったよ」と言われた。

・明治の島岡監督はノックが余り巧くない。ノックをしているうちに、どんどん前へ出て行って、マウンドの傍に行ってしまう。関口,浮貝の左腕が当時では珍しいナックルボールを練習していた。・早稲田は昔の戸塚のグラウンドでセンターの後方に安部磯雄先生の銅像があったが、岩本尭さんがぼんぼん打ち込んでいたのが眼に残っている。広岡、小森の鉄壁の三遊間は余り仲が良くなかった様に覚えている。さて、敵情視察から帰って、坂井監督に報告、ブルペンでの練習にどう生かそうかと考えた。当時のエース団は33年卒組の林薫、広野、34年卒組の高橋栄一郎(サッポロビール、巨人、南海、山形県新庄市長)巽(国鉄スワローズ)。一緒にブルペンキャッチャーを遣っていた廣澤君と話をして、一日27アウト=3x9回、一人2ストライク~3ボールの5球として、135球を目標に投げ込みをすることにした。一球一球サインを出しての練習である。この他にアップ、カーブ、等の練習をしたので、約200球位の投球である。一番スピードの無かった林君はこれで、大きいカーブ、小さいカーブの投げ分け、特に立教長島には、インコース高めのシュートと同じコースへのナックルをマスターし、これが効果的だった。2003年慶応高校が甲子園に行く前の春、中林君にこのカーブの投げ分けを教える為に林君に泊りがけでコーチに付き合って貰った。

・想い出す侭に長文に成ってしまったが、一年入部した時、2軍の練習時間になり、バッテイングしようと思ったら、坂井監督に「慶応高校、打たんでいい」と言われて、頭に来て「監督さん、増田打たんでいいと言うなら構いませんが、学校名指しは困ります」と文句を言ったことがある。山岡会長が「増田君、どんな練習をしているんだ?」と聞かれた時にその話をしたら、山岡さんがすぐ坂井監督に文句を言ったらしい。練習がえりに監督室へ呼ばれて、「俺はみんなチャンと見ている慶応高校蔑視しているわけではない」と懇々と1時間半に亙ってお説教をされた。5月の1日暗くなってからスライデイングの練習で監督にほめられた。それで、「もう一度遣って置こう」と思って挑戦したらベースに足を引っ掛けて足首を折ってしまった。それから、2ヶ月入院したが、この期間に又いろんな出会いと講義のモデルに使われたので、骨折には詳しくなり、又マッサージを良く覚えた。8月1日からの練習時には5人入った塾高出の仲間が二人やめてしまった。それでも何とか4年間大学野球部で楽しく過ごせて、最後に優勝である。山食でのて天皇杯での回し飲みは忘れられない。本当に仲間と野球に感謝である。33年卒のの日吉5回生がラッキーにも甲子園へ出て、1チーム全員が大学野球部に入って来たのが、今の塾高出身者が活躍している基礎である。石丸先生、長尾先生、山岡会長が喜んでおられると思う。後2000年頃に知ったのだが、長尾先生は成蹊中学の出である。僕が高校に入った時からキットご存知だッたように思う。兎に角、眼を掛けて頂いた。

P,S”スコア・ブックの無い野球”と言うタイトルで想い出す侭に書いているうちに纏まりが無い長文に成ってしまった。最後にもう一つ追加。僕の親しい仲間に山内君と言う男が居る。彼は武蔵野一中~西高~早稲田で武蔵野の時は野球部。今から25年前。僕の送別会の時、「マッサンが野球部に居たのは、確か。僕の家に成蹊の時の対戦したスコア・ブックがあり、マッサンが6番、ファストで出ているよ」と言ってくれた。こんなことも在ったのである。足を折ったときは、マッサージを覚え、後に大学の時は、藤田さん他投手陣のピッチングを受けた後、必ずマッサージを遣らされた

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