マッサ・カンタービレ 

有坂まさよし 音楽家 テノール歌手です。
アリサカスクール(ありさかピアノ教室)を主宰しています。

イタリアの響き!!

2016-12-13 19:18:29 | 音楽
私は、イタリアの声楽作品を演奏するときは、常にイタリアの響き、つまりイタリアの空気・雰囲気・思いなどを伝えようと努力しています。なぜなら、イタリアの響きというのは、日本のどこにも存在しないし、イタリアで勉強された方々でも(音大の教授でさえも)、それを実現できている方は数少ないからです。また、声楽を勉強した・している方々でもイタリアの響きを見分けらる人も少ないでしょう。なぜなら、イタリアの響きはまわりに存在していないからです。
それでは、イタリアの響きは日本人で実現できるのか、それはある条件が揃えば近似値にできると思います。イタリア人と同じいうことは不可能です。なぜなら、日本人はイタリア人ではないからです。そして、条件をクリアするときには、うわべだけの近似値を求めるのはやめなければなりません。
うわべの近似値というのは、発音の美しいイタリア人のイタリア語の発音の真似、イタリア人の所作の真似、イタリア人の食生活だけを実践する(日本食を全く食べない)など外面的なことだけを自分に取り入れて行うことです。この外面的なことを取り入れるのも重要な事なのですが、これだけでは本当の意味のイタリアの響きにはちかづかないと私は感じています。
本当の意味でイタリアの響きの近似値にするためには、先ほど述べたように外面的なことを徹底することも必要と考えます。例えば、日本で培ったものを一旦考えないようにし、まるで声楽を学び始めたばかりのような新しい気持ちで、イタリアの発声法を身につけるためのイタリアのメソッドをしたり、多くの歴代のイタリア人作曲家の作品や練習曲をきちんとしたイタリア音名で行ったりするなどが必要と思います。
そして、日本人の本来持っている感性とアイデンティティーを介して、イタリア人の感性・アイデンティティーにふれ、それらを手に入れることも必要です。例えば、「Ti amo(私は君を愛している)」というイタリア語の歌詞があります。これを本当にイタリア人が感じているように表現できるのか、それはイタリアという地で先祖代々から脈々と受け継がれ、血となり肉となっている感性からくる心情を心の底から湧き出るように表現できるのかということです。もし自分の経験則だけに頼り切ってしまえば(イタリア人と恋に落ちたとしても)、おそらく日本人には不可能にちかいのです。もしそのような感性・感情を知りたければ、まずは私たち、日本人が人に対して「私は君を愛している」と言葉で発するとき、どのような感情や感性に包まれるのか、日本という大地で育まれ、日本人の先祖代々から受け継がれる感性が体の芯からどのように込み上げてくるのかを知ることが重要だと感じます。
音楽家であるならば、それが古来から現代までどのような音楽の響きで奏でているのかを音楽で学ぶことが肝要です。そうして、自分の中に凛とした音楽の感性の筒のようなものを築きます。それと同時にイタリア人がどのような音楽の響きでこの感性や感情などを音楽で表現しているかを知り、違い・共通点を見出し、共通点はこの音楽の感性の筒に素直に取り込み、違いは自分が納得のいくまでその音楽を演奏して取り込んでいくのです。日本人の音楽感性を知ることがイタリア人の音楽感性を知ることに繋がるのです。その結果、イタリアの響きの近似値が得られるのです。また、和楽器をしっかりと演奏できることも必要でしょう。
さらに、イタリア人にも受け入れらえ、なおかつ日本人にしかできない音楽感性の響きも実現でき、イタリア人の物まねから脱却できると思います。そしてイタリアの音楽が借り物ではなく日本人のものになると感じています。
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