世界の街角

旅先の街角や博物館、美術館での印象や感じたことを紹介します。

シリーズ③:バーンクルアット・ナイジ(チ)アン古窯址

2016-10-12 09:01:40 | 陶磁器
<続き>

東南アジア古陶磁ファンには、長らくお待たせしました。ブリラム、スリン両県には多くのクメール陶の窯址が存在するようであるが、クメール陶の愛好家でもないので、保存状態が良いとされる、バーンクルアット郡のナイジアン古窯址1箇所を訪れることとした。
国道24号プラコンチャイ交差点を右折し暫く走行すると、バンクルアットの街並みに至る。その中央付近の交差点を左折(下の写真の交差点)し、4km程度であろうか、上の写真の黄色で塗りつぶした赤丸地点にそれはある。
奥に銀色の覆屋が見えてくるが、それが窯址である。
窯址の覆屋の手前には、タイ芸術局が写真の記念碑を建てており、そこがナイジアン古窯址であることが、即時に認識できる。

入り口側から覆屋の奥側を望んだ写真で、手前が煙道、奥側焚口となっているが、これが窯址だと明瞭に見分けることができない。
これが奥側から入り口側を望んだ写真で、写真手前が焚口で一段と低く、1mちかくもあろうかと云う昇焔壁である。窯と窯は隣接しており、一段高くなっている処が一つの窯の区切りのようである。その幅は目分量で1.5m程であろうか。同じような写真を下に、もう一枚掲げておく。
写真では分かりにくいが各窯の中央付近に縦列で孔を見ることができる。これは支柱址で、このように長い窯では、天井部の崩落防止に不可欠であったかと思われる。以下、2葉は横から窯址を写したものである。長さは優に10mを越えている。




タイ芸術局が発掘調査し、其の時測量した図面が掲げられている。それを見ると廃棄された窯址の上に窯が築かれており、図中にはA~Eまで記号が振られているので、この中に5基の窯が存在したことになる。幅が狭く細長い窯体であることが、理解頂けると考える。
周囲は畑地や放棄された耕作地で、雨が降り続き下は泥濘状態である。これでは陶片を探し回るどころではない。しかし幸いにも窯址から40-50m入った地点に陶片が散乱しており(写真撮影失念・残念でした)、数点を採取して終わりとした。

それは4点ほどであるが、左上から時計周りに黒釉陶片で内側は無釉、壺類の破片と思われる。右上は碗と思われる青磁陶片で、底は高台無しの平底。右下も青磁の碗か壺片で幅6-7mmほどの低い高台をもっている。青磁釉の発色は良好で高台底も施釉されている。左下は日本で云う伊羅保釉で褐色、棒状の印花文と刻花圏線文で装飾されている。壺類の破片であろう。幸いにもそれなりの陶片が採集できた。
これも幸いなことであるが、訪タイ前にBlog”の~んびりタイランド2”氏より写真の資料の一部をメール送信頂いた。
これを参考に後日、ナイジアン古窯址とクメールについて、若干の考察を試みたいと考えている。
                                <続く>



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« シリーズ②:ムアン・タム遺跡... | トップ | 閑話休題:タイ人がタイに嵌... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。