私の気づきto変化

詐欺に遭い、どん底を味わった男の 《 内側の変容と再起に向かう状況の変化 》

心は暴れ馬

2017-06-19 09:41:10 | 日記
10年くらい前の事ですが、大学卒業後、就職先が決まらずに就職浪人していた従兄弟がいたのですが、年も19歳も下ですのでとても可愛がっていました。
本人は相当に悩んでいたようですが、私には相談がありませんでしたので特段何も働きかけはしていませんでした。
見かねた母親(私の叔母)が私に相談をしてきましたので、いくつか当たってみると約束して、知り合いにお願いをしてみました。
なかなかこれといったところが無かったのですが、幸いにも私の勤務していた会社のブロック長が、新卒扱いで採用出来るように図ってくれることになりました。
ここまでは私も努力しましたが、ここから先は本人のやる気や人柄だと思っていましたところ、無事に就職が決定されました。

就職してからは、私も助けは出来ませんでしたので、顔を合わせても普通の親戚としてのみの会話しかしていませんでしたし、甘えん坊の彼がちゃんと務まっているのかと少しばかりの心配もありましたが、口には出すことはありませんでした。

昨日、たまたま彼の話が出て仕事の様子をを聞いたところによりますと、同年代では考えられないようなびっくりするほどのボーナスを得られるくらいにまで立派に成長したようでした。
ホッと胸を撫で下ろしました。
と同時に、色々な感情が湧いて来ました。

・ちゃんと務まってよかった。(兄貴分としての安心)
・推薦してもらったブロック長に恥をかかせずにすんでよかった。(自分の恥をかかずにすんだという安堵)
・おばさんも喜んでくれているだろう。(ちょっとした自慢)
・旧財閥系の有名な会社に入れてもらったんだから少しは感謝しろよ。(欲)
・自分があの年にはそれくらいやってたさ。(妙な見栄)
・もし自分が残っていたら、どんなポジションになっていただろう。(若干の後悔)

本当なら、単に『よかったな』だけですむ話なのに自己防衛の心や欲や見栄や後悔などの色々な感情が顔を出してしまいます。
あんな大きな債務を抱えてしまった私ですが、地元の先輩の好意で、生きていくことは出来るようになったのにまだまだ修行が足りていません。
そんなことを考えれば何が不足だというのでしょう。
真の信頼が出来ているなら不足など感じないはずです。
今日も心という暴れ馬に向き合っています。
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