白鷺だより

40年以上暮らした演劇界の思い出を回想します

吉村 正人

白鷺だより(242)46年目の亡霊

2017-06-14 19:29:41 | 思い出
 46年後の亡霊

 昭和46年渋谷暴動事件で警官が殉職した事件で指名手配されていた「中核派」の大坂正明(67)に似た男が公務執行妨害で逮捕された すでに両親は他界していたため兄弟 親戚など複数の人物のDNAを集め 同一人物として矛盾しない可能性が高いという判断をした

しかし46年間も逃げ延びるとは途轍もなく恐ろしいことだ 
僕はその間子供を作り何本かの芝居を演出もした 大きな病気にもなった
その間その指名手配の顔写真はずーっと駅、交番などに張られておりまともな就職も出来まい 病気にでもなったらどうしたんだろう?

同じ事件で指名手配となった中核派委員長松尾眞のように逮捕され(懲役3年)出所後に復学して京都精華大学教授までなった(三年前2012年 補助金の不正受給の無実の罪で解雇された)男がいるというのに・・・・彼は現在は生まれ故郷の某村の村会議員である 大坂正明もすぐにも逮捕されていたらこのように「楽しく」人生を送ることが出来たのであろう

何を隠そう僕も実際は2回逮捕されている
一度目は東京狸穴のロシア大使館前でのデモの首謀者として高輪署の留置所で三泊四日
二度目の逮捕は酷かった 伊丹新明和工業の軍事産業参入反対のデモで川と平行になってる道を両側から挟まれ万事休すとなったとき一軒のお宅に頭を下げ「どうか機動隊が去るまで庭の隅に匿ってください 決してご迷惑はかけません」とお願いしてOKをもらい庭に隠れていると照明を持って入って来たテレビクルーが見つけ表にいた機動隊に「ここにいます」とチンコロした 入って来た機動隊に追われその家の中に逃げ込んだ我々はカメラの前で逮捕された その日の夕方NHKのニュースでその生々しい模様が流されたらしい 捕まったのは仕方がないとしてスクープ映像欲しさにチンコロするNHKの姿勢は許せない それ以来NHKは大嫌いで殆ど見ることもない 

僕も何人かの指名手配者を知っている 
車を買うため車庫証明がいるので金は出すから車庫を借りてくれだとか 中には北島の大ファンの指名手配者がいて出頭前にコマのショウをみせてやったり色々あった

まだ道頓堀朝日座が文楽公演をやっていた頃(朝日座改称後も元文楽座であったため常打ちではなく文楽公演はやっていた それは国立文楽劇場が出来るまで続いた)大道具に潜り込んだ60年安保闘争の残党一派がモスクワバレー公演などのコンバートで行われる文楽ロシア公演のスタッフとして向こうへ渡り そのまま姿を消していくという噂が流れた
五木寛之の「さらばモスクワ愚連隊」が流行った頃の話である

劇場というところは指名手配犯が潜り込み易いところだ 京都南座はそんな雰囲気を醸し出していた劇場だった 現に後に松竹の制作となるKがアルバイトで南座に入ったが その時口利きしてくれた女性(同じアパートに住んでいて遊んでいるなら一緒に南座で働かない?と言われたという関係)が後に「東アジア反日武装戦線」のメンバーで指名手配者だったことが判りKも取り調べられた事がある

僕のブログ(46)デビュー作「おまわりさん」のこと で書いたように渋谷暴動の翌年昭和47年12月のこの作品は同じような交番襲撃犯を描いた作品だった ブログに書いたように公演中に丁度杉本町派出所襲撃事件が起り 公演中止という話が持ち上がった 土本典明の「パルチザン前史」に描かれた「仰げば尊し」を歌いながら捕まっていった市大全共闘にシンパシーを感じていた僕にとっては痛しかゆしの事件だった ことの顛末はブログに書いた通りだが その時代はそんな時代だった 
そんな時代から突然現れた大阪正明の亡霊は我々に何を問いたいのか? 
この46年間は我々にとって何だったのか? 



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