白鷺だより

50年近く過ごした演劇界の思い出話をお聞かせします
     吉村正人

白鷺だより(207)黒沢明の「夢」

2017-02-17 08:25:20 | 映画

黒沢明の「夢」

2月6日 NHKBSの(BSプレミアム)で黒沢明の「夢」を見た



この映画はなかなか日本では出資者が見つからなかったため スピルバーグに台本を送って 彼がワーナー・ブラザースへ働きかけたおかげで制作が実現した作品だ

各夢の冒頭に出る「こんな夢を見た」 これは夏目漱石の「夢十夜」の各夢の冒頭の台詞だ
ということはこの夢は少なくとも10個はあったはずだ
この辺りのことは制作の息子黒沢久雄と監督との間で色々戦いがあったはずで 予算を仕切る制作と「夢」を実現せんとする作り手側の戦いであった

企画段階であった京都中の阿修羅像や仏像が動き回る「阿修羅」という夢とビルの間で綱渡りした後で天使と共に夜空を駆ける「飛ぶ」という夢、色々な人種の人たちを世界各国の街で何千人と集めて撮影しようとした「素晴らしい夢」という夢は掛かりすぎる経費のために結局撮影されなかった

少年の夢
(1)の夢 「日照り雨」 キツネの嫁入りを見た少年の話 
      子供に刀を渡す強い母親に倍賞美津子
(2)の夢 「桃畑」女の子を探して 桃畑でのメルヘン 雛人形たちの踊りがきれいだ
 
青年の夢
(3)の夢 「雪女」原田美枝子の雪女 大学生の私(寺尾聰)は吹雪の雪山で遭難しか 
     け美しい雪女に「雪は暖かい、氷は熱い」と囁かれ深い眠りに陥りそうになる       が危ういところで何とか正気に戻りキャンプ目指して進む
(4)の夢 「トンネル」一人復員した男がかっての部下の幽霊たちと出会う
    他の監督が次々と召集されていく中、黒沢は戦争に行ってはいない
   「徴兵検査」で撥ねられたと言ってはいたが あの姜おそらく東宝の力で徴兵されずに済んだと思われる 黒沢は東宝の、いや日本映画の将来の為戦争に行かなかった
そしてそのことが戦後彼を苦しめる 七人の侍で老人が「また生き延びてしまった」とつぶやくのは彼の呟きである 
(5)の夢  「鴉」ゴッホの跳ね橋の絵の中に入ってしまって自殺したゴッホと出会う
      このゴッホを演じているのは映画監督のマーティン・スコセッシである
      黒沢はゴッホと同じく自殺を図ったが失敗に終わっている(1971年)

壮年の夢
(6)の夢  「赤富士」富士山が炎に包まれ 原子力発電所が爆発する
子供を抱いた根岸季衣が言う「原発は安全だといった奴が許せない あいつらは皆しばり首にしないと死んでも死にきれない」
井川比佐志演じる発電所の男「放射能から逃げることが出来ない」 「人間は馬鹿だ」と言って海に飛び込む 
これは21年後の3・11の時の福島原発の吉田昌郎さんそのものだ
7)の夢  「鬼」 夢(6)のあとの世界 放射能汚染で大きくなったタンポポの下で一本角の鬼になってしまった男(いかりや長介)の話 夕方になると鬼の角はは癌の腫物のように醜く痛くなり死ぬほど痛いが死にたくとも死ねない 「これが自然と生命を守らない欲張りな人間たちの因果なのだ」
そして福島では甲状腺異常の子供たちがドンドン増えている みんな鬼になったのだ
我々は タンポポが巨大なことも目には見えず 頭が二つあるウサギも見えない
(5)と(6)の夢は3・11に現実となった

老人の夢
(8)の夢  「水車のある村」男(寺尾)が水車を眺めながら歩いてくる 笠智衆の老人がいる どうやらここは原発で作られる電気を放棄した村らしい 自然な生き方を選んだ村だ その村で行われる賑やかな葬儀は(1)の夢の静かな結婚式とは対照になっている 人々は歎き悲しむ代わりに 良き人生を最後まで送ったことを歓び祝い 花で飾った棺桶を囲んで笑顔で行進するのであった

この映画の製作中に黒沢のアカデミー名誉賞の受賞が決定した

       (2月6日13;00~NHKBSプレミアムにて鑑賞)