閑居無線

趣味のアマチュア無線・電子工作など

「寅さん・柴又、浅草」 を訪問しました

2016-09-07 12:00:36 | 映画

NHK放送博物館と愛宕山を訪問 から続く

8月19日
<柴又へ>

 愛宕山を下山(?)して日比谷線、浅草線、京成線を乗り継ぎ柴又に到着。 

 寅さんの大ファンではないのですが一度行ってみようということで来ました。
柴又駅で寅さんの出迎えを受けて。といってもふつう寅さんは旅に出ていますから出迎えでなく、これから旅に出るのかも。

 自撮りで寅さんと記念撮影をしていると、「撮りましょうか?」と声を頂きお願いしました。御夫婦連れでこちらもお返しにシャッターを切ることに。
参拝道を進みます。全く映画のように両脇はだんご屋さんや食事処、お土産屋さんが並んでいます。
 門前町ていいですね。でもなかなか一人では入りにくいものです。  

そうこうすると帝釈天の境内に。本堂をお参りしました。松の木の後ろから佐藤蛾次郎さんの源ちゃんが現れそうな雰囲気です。


その後徒歩10分ほどで、寅さん記念館へ。

 館内は「とらや」が再現されています。店の座席、茶の間、厨房、また裏のタコ社長の工場もあります。  

寅さんとタコ社長の掛け合い、寅さんが工場の従業員に向かって「労働者諸君!!・・」などと叫ぶのが浮かびます。
マドンナ役の女優さんのポスターがたくさんあります。昭和を代表する女優さんばかりです。
入館した方から、あっ○○さんだ。などの声が聞こえていました。 この女優さんがマドンナの回をもう一度見てみたいなどと想ってしまいます。

ここを出て向かいにある「山田洋二ミュージアム」へ

 山田監督の映画と映画への想いが紹介されています。
「寅さん」以外では、「幸せの黄色いハンカチ」「家族」「東京家族」「おとうと」「学校」「砂の器」(脚本)なんかを観たことがありますが、実際に映画館で観たのは「寅さん」と「幸福の・・」「砂の器」で、他はテレビです。 

 家族を描いた好い作品が多いですね。
 ひととおり観終わって出ようとしたのですが、館内にいる間に雨が降りだしたようで。しばし雨宿り。ほぼ止んだのを待って出ました。
「あの川は、荒川ですか?」「いや、江戸川です。対岸は千葉です」という会話が聞こえました。「そうか東京の東の端だ」と知りました。


ここまで来ると高いビル群もなく落ち着きます。少し散歩。 

 再び帝釈天通りから柴又駅に。事前の計画では、この後両国の博物館を予定していたのですが時間ロスが重なり取りやめました。
駅前で幼稚園くらいの子が、かき氷を注文しているのに、ついつい釣られて「メロンシロップかき氷」を注文。
子供さんに出てきたかき氷の大きさを見て店員さんに「そんなに大きいのなら半分くらいで良いよ」と言ったのですが「いえいえ、こんなの直ぐ食べられますよ」とのこと
実際食べだすと、頭のキーンも無く直ぐに完食。「そうでしょ」という顔のおばちゃんに一礼して浅草へ

 途中東京駅でコインロッカーの荷物を引き出し浅草(田原町駅)に着いて、目的のホテルへですが、スマホの道案内は昼の愛宕山と同じ渡辺真知子さんの歌状態。(分るのは50歳以上ですね)  ようやくホテルに着いて、少し休憩。

 外出し食事。 ちょっと奮発しました。


翌8月20日は
<ビックサイトへ> 
 「ハムフェア2016と秋葉原」については別に書いています。
 ご覧ください。


夕方は
<寄席「浅草演芸ホール」>

 秋葉原から浅草へですが、スマホの路線案内では、「つくばエクスプレス」とのこと。
秋葉原では、駅改札を間違えて時間ロスです。「つくば・・」はJRの1路線と思っていて、JR改札に入ってしまいました。
 浅草着。ここでも失敗。地下から地上に。 ここはどこ? 浅草線の「浅草駅」にでていると思ったのですが??
交番の婦警さんに「雷門はどこですか?」 言われた方向に歩きだすと、なんと「浅草演芸ホール」の前に。
ここで、雷門の西側に出ていることを認識。一旦ホテルに帰る予定だったのですが、このまま寄席に入ることにしました。


 土曜日ということもあり、1階席はほぼ満員とか。2階席へ。寄席を2階席で見るのは初めてです。2階席も結構埋まっていて端っこの席に。いつもと気分が違って好いかも。
時間的には午後5時半くらいで終演まで3時間半ほどあり楽しめます。
 何回か聞いた噺もありますし、初めての噺もあります。
 今日は林家正蔵、林家三平の兄弟が出ています。三平の話しは、漫談で”まそんなものか”程度でした。
正蔵は、歌舞伎をけなす話しから入ったので演目はなにかなと思っていると、何回も聴いた芝居噺です。演目名が思い出せません。
 寄席落語の演目名は、どこかに書かれているものではありません(寄席のプログラム表や、寄席内にも表示されません)
独演会なんかでは、前売り切符を買う時点で分るのですが、寄席では分らないのが普通です。どうしても演目名が思いだせなくて、このブログを書くためにネットで検索して思い出しました。「蔵丁稚」でした。(東京落語では「四段目」)
 正蔵はこぶ平の頃に漫談話しを何回か聴いていたのですが、本格的な噺は初めてです。
うまいのか?そうでないのか?分りませんでした。 芝居噺では分らないです。といっても私は全くの素人ですので。
 ただ、今回損をしなかったのは、曲ごまの三増紋之助です。 上手いです。駒のテクニックはもちろん、話術も上手いです。
得した気分です。

 寄席を終わって、食事です。大きなバナナ餃子です。(ラーメンは少し残してしまいました。すみません)

 浅草寺は夜ライトアップが綺麗だとか聞きましたので、散歩してみました。仲見世のお店は既に閉まっています。訪問者も昼と比べればかなり少ないのですがそこそこの人です。
なかなか、普段味わえない色彩でみえます。風神、雷神はより3次元で浮かびあがります。

 

 明日は、再びビックサイトのハムフェアと科学未来館の予定です。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「こち亀 両さん」 が終了するそうです

2016-09-06 11:03:44 | 日記

 「えっ」と驚きました。少年ジャンプの連載漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が終わるそうです。
ネットで見て、その後NHKニュースでも見ました。NHKニュースで流れるとはさすが「両さん」です。蛇足ですが、NHKアナウンサーが「はしゅつしょ」を「はつつしょ」と2回読んでしまい3回目で「はしゅつしょ」と呼んだのを聞いてプロでもやってしまうんだなと笑ってしまいました。
「まあ両さんだからいいか」などと思ってしまいます。それと昨夜のニュースウォッチ9でも取り上げられました。

 先月の東京散策で柴又に寅さんを訪ねた内容のブログをアップしようと思っていたところでした。
葛飾を全国区にしたのは、「寅さん」と「両さん」ですよね。
今年は寅さんを訪ねたのですが、「両さん」は、4年前に尋ねています。ハムフェア(アマチュア無線フェスティバル)参加のついでにと亀有まで足を伸ばしました。
 亀有駅前で大きく口を開けた短足でサンダル履きの「両さん」が出迎えてくれます。駅の観光パンフレットと並んで「こち亀マップ」が用意してあり両さん像の場所が書かれています。
これを見ながらいろいろなポーズの両さん像を尋ね歩きました。「中川」「麗子」「本田」の像も含めて10箇所ほどあったと思います。


 「両さん」には思い入れが有ります。というのは、私がサラリーマン生活を始めたのが、少年ジャンプへ「こち亀」の連載が開始された年です。昭和51年(1976年)です。(ちなみに田中角栄がロッキード事件で逮捕されたのもこの年です)
 昨年サラリーマン生活を終えて毎日サンデーとなった時、自宅の本棚を整理したのですが、並んでいるこち亀の単行本は、廃棄するのを止めました。 こち亀が始まった年に社会人となったんだとふと思い出しました。
 当時会社の独身寮で生活しており、2人部屋だった同室の先輩が漫画好きでジャンプ、少年サンデーなどを買ってきていました。少年チャンピオンには「ガキデカ」(こまわり君)が連載されていたと思います。
こち亀を第1回から読んでいたかというとそうでないのかもしれません。ただ、当時の職場で「両さん」が面白いと話題になったのを覚えていますので、ほぼ連載開始からだったと思います。
「両さん」の連載は、ほぼ私のサラリーマン生活と同じ時代です。  

 破天荒でいて人情深いキャラクタ、パワフルで周囲を巻き込み騒動を起こしながらも憎まれない。テレビやネットのコメントのとおりです。その時々のトレンドがストーリー展開に出てきます。出てくるメカや背景なんかも結構写実的に描かれていて好みです。
 もう随分前ですが、勝鬨橋をタクシーで通過した時「これがこち亀に出てくる勝鬨橋か」と感激したことを思い出します。 

 多分、「両さん」の歳は私より5歳くらい上の設定かなと思います。時々、「両さん」の少年時代の話しが出てきますが懐かしく思うのと同時に、田舎生まれの私には下町ではあるが都会っぽい両さんの街に憧れを感じたのかもしれません。 

 毎週ジャンプを買うことも無くなった時期は喫茶店で読んだり、単行本を買って読んでいましたが単行本第130巻くらい(2000年過ぎたくらい)から御無沙汰になっていました。 

     第1巻、2巻         「Kamedas」 1993年刊(こち亀辞典風です)

 連載終了のニュース報道を見ていると、亀有にはカラーの「両さん」「中川」「麓子」の像もできているようです。また尋ねたいですね。
 きっと両さんは、まだ公園前の派出所であばれているのでは・・・

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ハムフェア2016」 秋葉原

2016-08-31 21:54:43 | 無線

<ハムフェア(ビックサイトへ)>

 朝8時半にホテルを出発 浅草線、ゆりかもめの乗り継ぎです。
 結構前からIC乗車カード(JR西日本ではICOCA)の相互利用ができるのは知っていました。 

  

  定期券を使用していたサラリーマン時代は紛失すると大変(長距離通勤で定期代も大きかった。)なので旅行には持ち歩かなかったのですが、今回は少し多めにチャージし使用しました。
これを使用しなければ十数回の切符購入が必要でしたが、今回は券売機に並ぶことがありませんでした。(新幹線切符以外)
それに、コインロッカーもICOCAが使えますし全く便利です。ただ知らない路線に乗るとき、券売機の上の路線図をちらっと
見るのですが、IC乗車カードでは路線図を見ずに改札を通ってしまいます。改札してから、さてどちら方面かな?となることが度々です。
地元の駅にICOCAの改札機が導入された時、13.56MHzに合わせたハンディータイプのワイドバンドレシーバとイヤーホーンを持って信号を聞いたのを
思い出しました。

 ゆりかもめに乗ってスマホアプリでデータ通信速度を計ってみました。何ポイントも計ったのですが、比較的速いところで上り40Mbps下り20Mbps程度でしたが、1か所で上り127Mbpsを記録しました。初めて100Mbpsを超えるスピードを見ました。
基地局と近いなど好条件でこんなに速いのでしょう。少し離れるとおそらくもっと低下するのでしょうが、しかし自宅のPC環境より速いの
に感心、感心。

 この日は朝から雨、「ゆりかもめ」を降りて屋根付きの通路を進み会場の下りエスカレータで会場に。
(写真は帰りに撮ったものです)

 


 前売り券を購入していたため、長蛇の列を回避できました。もっとも10時の開場までは行列で待ち。テープカットのセレモニーは私の並びの前です。新JARL会長、招待者とYMが並んでテープカット。 

   
 私が気が付かなかったのかもしれませんが、総務省関係の来賓が無かったような??
総務省に「アマチュア無線もまだこれだけのパワーがあるのだぞ」「電波電子技術の教育にも、まだ少しは貢献しているよ」というアピールが大切ですよね。などとふと思ってしまいました。新会長の得意なアウトドアのことも良いですが・・・
周波数防衛で、お上にもの申すのは難しいことでしょうが、電波環境(デジタル信号などによる雑音など)についてはもっと積極的に動いてもらいたいものです。
もっとも、役所や電波電子産業界にアマチュアへの理解者がいなくなったのでしょう。学生時代にアマチュア無線をやっていて、その後役人に
なったなどという人はもういないのでしょう。
などと、どうでもいいことをちらっと思っている今日この頃(桂枝雀風に) 

 ハムフェアは40周年だとか、初めて参加したのは晴海でした。レゲエのコンサートも同じ日に開催されていたような。
土砂降りの雨に降られたことを思い出します。   若い方も多く(自身もまだ20代だったような)。
当時はハンディトランシーバを携帯するのが流行っていたのですが、今はスマホ。

 興味あるブースを予め調べて廻りました。

「廉価なVNA(ベクトルネットワークアナライザ)」を開発されています。(祖師谷ハムエンジニアリングさんのブース)

 昨年のハムフェアで発表されて試作的に販売されたものを昨年購入しました。
中古のAgilent社のVNAがあるのですが、何時昇天してしまうかもわからず、いざという時のために購入です。。
 周波数の上限は低いもののAgilentと比較しても遜色ありません。フィルタ製作などには重宝しています。バカでかく、電気大食いのものより良いかもしれません。
CQ出版のRFワールド誌最新号に解説記事があります。

 「フリーライセンス無線」が流行っているようです。CBです。工事設計認証を受けているとのこと 

   

 「FPV」です。アマチュアテレビ搭載のドローン ネット動画を見るとスゴイですね  

 

 「SDR」です。 遅ればせながら私もバラックで基板を製作し、PCにインストールして手をつけましたが、全く進んでいません。

  

 少しどうかなという話です。  あるブースで「SSG(信号発生器)の中古」が出ていました。高い周波数帯で仕様のレベルが出力しないとシールが張っていました。 ではどのくらいの周波数まででるのか? どの程度なのかと尋ねたのですが、ハッキリせず、はぐらかすような回答です。他の方もこのSSGに興味ある様子で質問しています。店主は中古スペアナで、状態をみせようとはするのですが曖昧な感じの対応です。
 売るつもりであるなら、事前に内容の表示が必要ですし、曖昧さを残してはと思うのです。不快な対応もあり離れました。次の日にこのブースの前を通りかかったのですが、かのSSGは有りませんでしたので購入した方がいらっしゃるようです。購入者が内容を把握されてなら良いのですが・・・

「今回会場でゲット」したものです。
 今までハムフェア等で購入したものの8割方は押入れのなかで死蔵です。自戒してここ数年は控えています。
 しかし、やはり、ついつい買ってしまいます。SMAのパネル間のケーブルを除いて直ぐ必要なものはありません。
 JOHANSONのトリマはとても高いものというのが頭にこびりついていて”買い”でした。
 Lバンド帯のTRはその昔1.2GHz帯のトランスバータで1Wを得るのに苦労したのがこびりついていて、これも”買い”になりました。 
 144MHz帯のパワーモジュールはSSBユ用がこんな価格でということで”買い”になりました。  

 うーむまたまた死蔵が増えていきます。

「セミナー」
 ブースをぶらぶらする以外にイベント会場でのセミナーを拝聴しました。
 JARDによる「新スプリアス」対応の説明。 ネットの内容も含めると自作派にとっては、良い方向になっているようで。
 しかし、自作に関しての説明はいつも付け足し的な説明ですね。少し残念です。
 私にはアマチュア無線から自作を除いてしまうと、なんら魅力の無い趣味になってしまいます。
 他にJAIAによる「FM電波が耳に聴こえるまで」を拝聴しました。  

 各ブースは毎年同じものをみているのですが、やはりトレンドもありますし、「さあ手をつけてみようかな」などと”やる気が湧いて”くるものです。 まあ東京散策も兼ねてですが、1年に1回のリフレッシュです。

 (ハムフェアは翌日も友人との待ち合わせがてらに参加しました)


<秋葉原へ>」

 15時過ぎに会場を後にして秋葉原へ
どうしても実店舗での買い物が必要では無いのですが、やはり寄ってしまいます。
 秋月ではローカル局からPICライターの購入を頼まれました。これは直ぐに見つかったのですが、私の小物パーツは見つからず店員さんにお願いしました。Pad端末で棚番号を教えてくれるのですが、見つけ出すことができずです。いくつかは断念しました。この混雑では難しいです。

 

 いつもはリュックを背負ってですが邪魔になるので今年はショルダー型バックをタスキにして参戦。少しはましでした。
買い物は、やはり画面を見ながらマウスクリックで注文するのが正解です。

 昨年までは、西側の「鈴商」へ出向くのですが、閉店してしまい残念です。寂しいですね。秋月でUターンしました。
 東京から帰ってネットをみると、鈴商の後に、なんと神社ができたとか。
「秋葉原神社」だそうです。  「萌え産業の商売繁盛に御利益」とか書かれています。いろいろお守りもあるようで、自作好きには「技芸上達御守」でしょうか。以前ブログに書いた京都の「電電宮」とは趣きが違うようです。
 計測器ランドの北側くらいに小さなお宮(お稲荷さん?)があったような気がするのですが。

 aitenndoも予定していましたが、時間もせまっていて諦めて、日米商事へ。
欲しいものがあった訳でなく少し覗いて、店舗を有ることを確認してほっと。  浅草の寄席へ向かいました。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

NHK放送博物館と愛宕山 を訪問

2016-08-26 14:51:31 | 旅行

 今年もハムフェア(アマチュア無線家のお祭り)の参加を兼ねて東京散策です。
出掛けに早速つまづきました。予定の新幹線に乗り遅れでロス。なんだか幸先が悪いです。
 まず昨年はリニューアル中で仮の縮小展示でしか見られなかったNHK放送博物館です。
リニューアルが完了した愛宕山の博物館を見学です。


 東京駅から地下鉄で神谷駅。スマホの道案内で100mほどのトンネルを抜けると道横にエレベータが。健康のためには階段でしょうが、「せっかく用意しているんだから」
とエレベータで。


 館内に入場すると早速クラッシックなスピーカやらラジオが。
2階では8Kシアターでオンピックの画像が大スクリーンに。実に綺麗と感心。東京オリンピックの頃には電気屋さんの店頭に8Kのテレビが並ぶのでしょう。
 その横は模擬スタジオやクロマキ体験が。比較的空いている時間のため説明員さんにつかまりました。ブルーのバックを背景にカメラの前に立ってモニタを覗くと全く別空間にトリップしたような画面の中に私がいます。
「昔と比べると輪郭の不自然さが全く無いですね」と答えると、私と同年代と思われる説明員さんは「なにか関係のお仕事をやられているのですか?」とのお話し。
「放送技術ではないのですが、映像伝送には昔5年ほど関わりました。アナログですが。NHKさんにもお世話になりました」とお話しすると「それはそれは」としばし技術のお話しを。30数年前のことです。NHKや民放の全国中継網の4GHzマイクロシステムの設備保守やオペレーションを担当しました。その後は光ファイバでデジタル化されました。映像の品質は格段の差があります。

古い技術のお話しができるのも楽しみのひとつです。

  説明員さんから是非とも3階のヒストリーゾーンには立ち寄ってくださいとのこと。
ラジオ放送の黎明期から制作番組と放送技術が順番に展示説明されています。

◆”玉音盤”  数日前にテレビで放送された映画「日本の一番長い日」で出てくる”玉音盤”が展示されています。昭和天皇が終戦を国民に伝える録音時間約5分間のレコード盤です。
 訪問前に調べていたのですが、昭和20年8月14日に録音されたレコード盤は2回録音されたようです。この博物館で展示されているものは1回目に録音されたものです。ちなみに実際に当日放送されたのは、2回目の録音のものだそうです。
と言っても本物には間違いありません。温度湿度の管理された容器に入れられて展示されています。

「ひょっこりひょうたん島」 昨年の渋谷のNHK放送センタを訪問した内容のブログ写真と同じになりました。

 ヘエーと思うようなものが展示されています。 

◆”でんすけ”  街頭録音用の肩掛型のテープレコーダのことだというのは知っていました。
ただなぜ”でんすけ”(伝助?)と呼ぶのかは??でした。○○伝助氏が開発したとか勝手に思っていたのですが、新聞の漫画の主人公から付けられたのだとか。ヘエー

◆”2インチVTR”  テープ幅50ミリのオープンリールテープの録画機です。当然プロ仕様です。初めて見ました。初期の頃のテープの映像編集は現像液を塗って(絵が出るわけではありません。録画されて磁化された部分を確認する)カッターで切り取って、継ぎはぎをして編集したそうです。映画フィルムの編集みたいです。ヘエー 今ではノートPCのハードディスクに取り込んでノンリニア編集が素人でもできますが。

◆”二ポー円盤と「イ」の字”  昭和元年に高柳健次郎さんが「イ」の字をブラウン管に映し出した実験装置が再現されていました。世界で初めてブラウン管によるテレビ電送の実験だったそうです。走査線40本だったそうです。1000倍の8Kテレビの原点にお目にかかることができました。

◆”A型衛星、B型衛星”  は全く知らなかったものです。衛星試作機の模型です。
昭和40年代初めにNHKで放送用衛星を試作したそうです。数十kグラム程度の小型で実験予定だったようですが、上げるためのロケットが無く終わったようです。
日本の衛星打ち上げ成功は昭和40年代半ばで衛星「おおすみ」です。こんな早くから放送衛星の実験を計画していたことに、ヘエーです。

◆”富田勲さんが昭和40年代に個人輸入したシンセサイザー”   富田さんが今年亡くなり特別展示されていました。アメリカから輸入したが税関に楽器と認識されず通関がなかなかできなかったエピソードが、追悼の番組で語られていました。また実際に音が出るまでかなり時間がかかったとのことです。電子音楽の先駆者です。
といっても私が冨田勲を知ったのは、NHKのドキュメンタリー「新日本紀行」テーマ曲です。多分小中学生のころだったと思うのですが。あの曲がが流れると懐かしく心が落ち着きますね。

 他にも興味ある放送機器がたくさん展示されています。
ただ残念だったのは、館内の展示物の撮影は禁止されていたことです。ということでこのブログも展示物の写真無しです。

「おかあさんといっしょ にこにこ、ぷん」だそうです(調べました)


 2時間近く見学しました。
東京タワーも直近です。興味ある方は是非」立ち寄られてはと思います。

 放送博物館は愛宕山にあります。愛宕神社に参拝しました。
関西人は愛宕山というと京都盆地の北西の高い山で、防火、家内安全の愛宕神社です。
私も中学生(?)の頃にお参りしたことがあります。また上方落語「愛宕山」は有名です。
 東京の愛宕山は、やはり防火の神様です。帰ってから調べてみると、山の高さは数十mということですが東京23区内で自然にできた山では、最も高いそうです。


 境内を散策、本殿にもお参りしました。結構観光される方も多いようですしサラリーマンの方も散歩コースなのでしょうか見かけました。


 木々に囲まれた大きな池もあります。涼しく汗も引いていきます。 この池の水はどこから??などと思いながら散歩していると、長い石段が下に延びています。結構急峻です。
でも登って来られる方もみえますが・・・   降りるのはパス。即決しました。
 帰ってからネットで調べていると、この階段を馬で登った人が何人かいたと書かれています。「とても馬なんかで登れるわけが無い。人は登る気はあっても、馬は登る気にはならんやろう」と思ったのですが、徳川家光の頃に登った人がいたとのこと。

へえー
近年で成功したのはテレビ番組でトライして登った方もいるようです。
お馬ちゃんエライ!!

 家光は、登った曲垣(マガキ)平九郎に褒美を与えたとのことで「出世の石段」と呼ばれるようになったとのこと。この話し、実は学生の頃に落語で聞いたことを思い出しました。
落語を聞くのが好きだったこともあり、多分ラジオを録音して何回か聞いています。しかし今回調べてみると記憶違いで落語でなく講談だったようです。

 別坂を降りましたが、これが失敗。神谷町駅までスマホ道案内で歩きだしたのですが、廻り道が迷い道で余計な迂回をしてしまいました。
スマホナビを使うのは初めてではないのですが、全く初めての土地を散策するのに使うのは初めてです。スマホに対して独り言が出てしまいました。
 愛宕山で時間をくったりで東京タワー訪問の予定は諦めて、駅付近で親子丼の食事をし
柴又へ

「寅さん 柴又へ」 に続く

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「前向き駐車」というのは??

2016-08-26 13:39:56 | 日記

 7か月ぶりのブログ再開です。 意味があって中断していたのでは無いのですが。 再開します。

 無線ネタからの再開ではありません。
 ある施設(近隣市の歴史博物館)を見学したのですが、駐車場に写真のような立札がありました。


「前向駐車」とあります。さてどちら向きが前なのか?・・?? 
土日曜でなく施設の訪問者は少ないようで広い駐車場に数台が駐車です。向きはバラバラに止められています。
 私は取り敢えず車止めを後ろにして止めました。
別にこの駐車で問題があった訳では無いのですが、気になりました。
コンビニ駐車場でも書かれていることがあります。車の排気ガスやヘッドライトの光、エンジン音などが周辺の住宅に迷惑がかかることもあり駐車向きをお願いしているようです。
でもこちらの施設は、そのどちらも当てはまらないようです。周りに民家等も有りませんし。 

 で帰宅して友人との雑談で話題にすると、私の止めた方向は間違っているのではとの主張。
結局ネットで検索してみると、友人が正解でした。
つまり「前向き駐車」=「前進駐車」のようです。そのまま前進で入るのが「前向き駐車」のようです。
 この写真を撮った時は気づかなかったのですが、もう一度写真の立札の下を見てみると縁石が砕かれています。
バックで入った車が車止めの間を車輪が通り停止できず後ろの縁石を壊したのではと推測しました。
施設側はこのようなことが無いように前向駐車の札を壊れた箇所に立てたのかもしれません。
 通常は後進駐車するのが多いと思います。出発時の危険度合いが低いかなと思いますし、前進駐車は内輪差の関係で綺麗に停めるのは難しいかもしれません。

 まあ、こんなツマラナイこと?でもネットで検索すると出てくるのには「イヤー凄くなったものだ」と思います。
それとこんなツマラナイ話しでディスクの容量を使うことができることもですね。

では

コメント
この記事をはてなブックマークに追加