バロン・オックスのブログ

猫と音楽とワインのある風景

「ドラマチックだからドラマ」ではないという話

2017-06-02 08:52:34 | 音楽
乙女寮の乙女達は本当に歌っていたと思う。最初やたらに上手いなと思ったが、あるとき先輩乙女達がウェスト・サイド物語を演じているのを見て、もともと歌って踊れる役者さんを集めたんだなと思った。それにミネ子たち新入りが入ったとたん変な音が聞こえるようになったし、最後の「見上げてごらん夜の星を」はそれが一層顕著だった。役者さんが本当に泣いていて歌にならなかったんだと思った。感動的だった。このドラマ、今朝の放送の「一人一人に物語がある」という台詞が象徴するように、市井のひとびとの日々の暮らしを描いてるから、あまりぎゃーぎゃー言わない(BSで前の時間帯に再放送してるドラマとはそのへんが違う)。だから、「ドラマなのにドラマチックじゃない」という批評も見られる。む?待てよ。「ドラマチック」って何だ?「劇的」?「劇」なんて日本語でごまかしてるが「ドラマ的」だろう。だから「ドラマチック」より「ドラマ」が先。だからドラマ様に向かってドラマチックじゃないと批評するのは、犬が猫に向かって猫ぽくないと言ってるのと一緒だ(どんな猫でも猫は猫だ)。では、そもそもの「ドラマ」は何だったんだろう。ギリシャ語オリジンで「劇」という意味だそうだ。今日の「ひよっこ」から。担保を回収しに来た債権者がよかった。ドラマにありがちなパターン(おいこらとやたらに暴力的だったり、逆に乙女達の懇願に負けて引き揚げたり)ではなく、乙女達の気持ちは分かるが担保を回収しないことには自分の会社に戻れない。そのへんの心情が、最後、帽子をとって乙女達に向き合うも無言で立ち去る仕草によく現れていた。自分が立てこもったわけではないのに謝って頭を下げた時子はやはりかっこよかった。そうやって回りを引き立たせるヒロインらしくないヒロインのミネ子も大したものだと思った。
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