とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

20170809 書評『学校英語教育は何のため?』(江利川春雄、斎藤兆史、鳥飼玖美子、大津由紀雄 著)

2017-08-09 09:59:55 | 書評
 小学校の英語導入に反対する、英語の教育に詳しい学者さんたち(「4人組」と呼ばれている)の小論を収めた本。

 基本的な考え方は次の通りである。

①母語教育と第2言語教育は違う。母語を用いて新たな言語を習得するのであり、母語がしっかりと身についていない段階で第2言語の習得を行うことは大きな危険が伴う。日本において英語教育を早期に始めることは母語教育をおろそかにすることにつながり、学力の低下を招く恐れがある。

②小学校における英語教育を行う人材が育っていない。現在の小学校の教員に研修を行う時間も、予算もない。このような状況の中での実施は早急すぎる。これは中学入試に大きな影響を与えることにもつながり、現場の大混乱も生まれる可能性が高い。

③グローバル化といいながら、英語だけを学ぶのは、アメリカの支配に屈するのと同じである。植民地化に等しい。

 どれももっともな話である。

 英語が話せたほうが将来の仕事にとってよさそうだというのは、多くの人が直感的に感じてはいるのだろうが、しかし、はたしてそれが本当に正しいと言えるのかは立ち止まって考える必要がある。現在の世界の混乱は明らかにアメリカ化に対する反発によって生まれているのだ。世界のアメリカ化はもはや曲がり角に来ていると言ってよかろう。このままアメリカ化を押し進めるような英語偏重政策を無理やり進めていっていいのか、議論をしっかりと行っていくべきだ。

 安倍政権は経済界の要望があれば何でも通してしまう。偏った有識者によって委員会を作り、その方針に従って政策を推し進める。形だけの手続きを通すことによって、無理を無理でないものとして推し進めていくのだ。森友問題、加計学園問題などの最近のごたごたでよくわかった。この英語の小学校の教科化も同じような政策である。

 文科省は金の生る木になって、みんなが群がっている。英語の問題は実は教育の問題ではなく金の問題だったのだということがよくわかる本である。
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