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故幸故豊②

2017-05-17 18:29:55 | 小説
次に中原さんに会ったのは、僕が通院の日、病院の目の前で薬局から出てくる中原さんがいて、流れで一緒に病院に入って行くことにした。
「意外でした、ここに通ってたんですね」と中原さんは興味深そうに言った。僕は返す言葉はなく黙って微笑んでいた。
名前を呼ばれて、「時間掛かるので、本でも読んでいて下さい」と言い残し、相談室へ案内される。
20分程で戻ると、中原さんは村上春樹の本に夢中になっていた。
僕が声を掛けると一瞬のうちに気が付いて、「小説なんて滅多に読まないから、夢中になってた」と言いながら、また手元に目線を落とした。
「これ読みました?」
「走りだけなら」
「村上春樹って、面白いんですね」本を本棚に戻した後、続けた。
「ちょっと、あんまり大きな声では言えないんですけど、ここに入る時ちょっと緊張したんです、でもまぁ、住めば都じゃないですけど、意外と、慣れるとそうでもなかったな、みたいな」この病院は少し特殊だった、普通の怪我で来ている人は少ないから、身構えるのも確かに分かる、そしてそれを、その場でぶっちゃけてしまう中原さんの天然っぷりも、充分な程知っていた、そして僕も、中原さんをフォローするつもりもないし、他の患者さんを擁護する気も全くなかった。
ついさっき中原さんの出てきた薬局で薬をもらって、彼女の提案で喫茶店に寄ることにした。
僕らは窓際の席に座って、ソーダフロートとコーヒーを頼んだ。
「ここは人通りの多い割にいつも空いてる穴場です」と、彼女は店の者に聞かれないように手を添えながらこっそりと呟いた。
窓からは4車線の県道が見えて、乗用車を始め大型の市営バスやトラック達が、忙しそうに行き交っている。どこへ行くとも知らず、エンジン音を大仰に唸らせている。
「この間そこの交差点で札幌ナンバーのトラックを見掛けて、その時はもう顔が引きつりましたね」僕が切り出す。「札幌から…ゲー、大変だけど、少しでも楽しさを見出せたらいいよね」
2人で同情の顔をし、深く2、3度頷いた。窓の外では大型のトラックがかように通り抜けて、表の幟が荒々しくはためいた、その様子に夢中になっていると、どこともない方角からは山高帽とアイヴォリーブラックに染めたスーツで装った男たちがどこへ出張か粛々と歩いているのに気付いた、その男たちの風景が、去るオランダの画家の描いた作品の如く思えて、妙にグッときた。
そうやって窓に見える、時には歩行者の様子を、時には自動車の運転技術を、あるいは、鉄筋コンクリートの建築工事を、バニラアイスの染みたソーダを飲みつつ、中原さんとの実りのない対話を楽しみつついると、一人の客が店に入って来て、店の中を見渡し始め、僕の顔を見たかと思うと、その人物はにこにこ顔でこちらの方へ近付いてきた。
ベージュ色で腿の辺りまであるエプロンと、その下に着たシャツからはスヌーピーの鼻だけが覗いている。
160cm程の身長で僕と僕の向かいの中原さんとに交互に視線を送る笑顔は線が細く、柔和は口元は、中性的でぱっと見男か女か判別がし辛い。
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