庭で座ってのいろんな思い

庭の四季で花や木との語らいを写真とともに思いついたら記載する

野崎参り

2017-05-14 | 行事などいろいろなこと
野崎小唄の歌詞は以下の通りです。

野崎参りは 屋形船でまいろ
どこを向いても 菜の花ざかり
粋な日傘にゃ 蝶々もとまる
呼んで見ようか 土手の人

野崎参りは 屋形船でまいろ
お染久松 切ない恋に
残る紅梅 久作屋敷
今も降らすか 春の雨

野崎参りは 屋形船でまいろ
音に聞こえた 観音ござる
願いかけよか うたりょか滝に
滝は白絹 法(のり)の水

と、東海林太郎さんが直立不動の姿で歌っていました。(古い~!)


野崎参りへ行って来ました。
毎年5月1日~8日まで、「のざきまいり」は、江戸時代の元禄時代よりの行事だそうです。
JR野崎駅より、野崎観音のお寺までの参道には、ものすごくたくさんの露店が並び、賑やかなチンドン屋さんも通っていました。

野崎観音は、福聚山慈眼寺という禅宗のお寺でした。
行基和尚さんが、観音様を彫ってまつったお寺のようです。
藤原時代末に、淀川右岸に住んでいた"江口の君"という女性が、長い病を観音様に治してもらったお礼にお寺を再興された、と案内に書かれています。
それで、淀川から住道まで、野崎小唄にあるよう、舟で観音詣りをしたのだと推測しました。
落語にも、「野崎詣り」がありました。舟に乗った野崎詣りのアホが、岸を歩く人に喧嘩を売るやりとりです。落ちは、「山椒は小粒でピリリと辛い」の小粒が抜けた(落ちた)ので、舟の上で小粒(お金)を探す噺でした。


お寺では、ご本尊の十一面観世音菩薩像を拝むことができました。
また、「のざきかんのん十六羅漢、うちの親父は働かん」と子どもの遊び唄に歌われていたという、十六羅漢(羅漢は釈迦の弟子らしい)は、見ごたえがありました。


それから、「お染久松の塚」もこのお寺にありました。
近松門左衛門の「女殺油地獄」、お染久松、です。(油屋の娘そめと丁稚久松が、情死した事件の物語)
『観音さまを かこつけて 逢いに北やら南やら
お染は思い久松の あとを慕うて 野崎村』
野崎まいりに行くと言ってかこつけて、逢引きしたようです。


野崎参りは、生まれて初めて、この5月に行けました。



カラスもどきに守られて、収穫したサクランボです。
最後は、鳥たちにもお、すそ分けをしましたが・・・・
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