団塊亭日常

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シチリア紀行3 パレルモ

2017-04-19 16:57:12 | 

2006/05/21~24

パレルモはフェニキア人によって築かれ、第一次ポエニ戦役で紀元前251年にパノルムスの戦いでローマ軍によって奪取され、西ローマ帝国滅亡後は東ローマ帝国領となった。965年にはイスラムの手に落ち首都はパレルモに移された。1060年にはパレルモ、1091年にはシチリア全島がノルマン人の手に落ちフランス文化とイスラム文化が融合した。

パレルモ近郊 なだらかな丘陵地帯。 

パレルモ海岸風景。 

パレルモ ホテルの窓からみえるスラム街。 

パレルモのノルマン王宮に近い大聖堂カテドラーレ。 1184年建造 シチリア・ノルマン様式 14,15世紀を中心に度重なる増改築により、イスラム色の強い折衷様式となる。

カテドラーレの前庭。

カテドラーレの尖塔。

カテドラーレ内部の床モザイクが見える。

カテドラーレ内部。

カテドラーレ内部、戴冠式がレリーフに。

カテドラーレ門のレリーフ。

門の上部、黄金の「聖母子」モザイク。

カテドラーレ、キューポラ。

カテドラーレ正門。

カテドラーレのキューポラがイスラム風。

カテドラーレの主塔。

精緻な浮き彫りが施された柱上部。

カテドラーレと椰子。

カテドラーレ主塔をアップ。

さまざまな塔。

塔と街灯。

カテドラーレ ヌオーヴァ門の向かって右の風貌はアラブ風でイスラム圏の影響がありありと見える。965年にはイスラムの手に落ち首都はパレルモに移され、1060年にはパレルモ、1091年にはシチリア全島がノルマン人の手に落ちフランス文化とイスラム文化が融合した。4体の彫刻はそのあたりの歴史を端的に現している。

カテドラーレ ヌオーヴァ門 神聖ローマ帝国皇帝でスペイン国王のャルル5世のパレルモ凱旋を記念して1583年造 ルネッサンス後期、アラブ、ノルマン混合様式。新・旧市街の境。

 

カテドラーレ 人の顔が浮き彫りされた欄干。

カテドラーレ、リズミカルな門の並び。

カテドラーレ、さまざまな顔。

ゲームに興じるご近所さん。カードでもなければチェスでもない、この地特有のゲーム。

綿の木に見えるが。

ノルマン王宮内部のパラティーナ礼拝堂へ向かう人々。長さ32m、幅12.4mの小さな礼拝堂は1130年に建設が始まり、1143年に完成した。 

タイル装飾 パラティーナ礼拝堂、幾何学的なアラブ文様の大理石と青、赤、ベージュの石が埋め込まれている。

 

パラティーナ礼拝堂、タイル装飾、アラブ文様。

パラティーナ礼拝堂、タイル装飾、アラブ文様。

壁画の聖者、パラティーナ礼拝堂。色ガラスの小片で描くビザンチン風モザイク。ビザンティン美術は、5世紀から15世紀の東ローマ帝国で発達した東方的、キリスト教的

黄金の間、パラティーナ礼拝堂。1132年にノルマン人の王ルッジェーロ2世がイスラムを征服した。アラブ人を医学、建築、科学などの仕事につかせた。

ビザンチン風紋様。

黄金貼りすなわち俗物という連想が浮かぶが、そんな批判も超越している美しさだ。それは描かれたテーマの力によるところが大。

黄金。天井は木でできている。

聖人。

 黄金にはさまれた木。

シェブロン柄の壺、パラティーナ礼拝堂。

街灯。

街角のショウウィンドウ。シックな色調のアップリケ。

ショウウィンドウ。巾着の子袋が。

色ガラスが埋め込まれた街灯。 

ショウウィンドウ、遺跡の中にありそうな色調のネックレス。

小路。石壁にビザンチン風の絵があり、向かいにスプレー落書きが対比する。

イタリアで購入したスカーフの色が路地の緑と合っている。

路地風景を焼き付けたレストランの看板。

クアトロ クァンティの街灯。

マケダ通りとエマニュエル通りの交差点クアトロ クァンティ。

クアトロ クァンティからすぐのところにあるプレトーリア広場。

プレトーリア広場。

プレトーリア広場、ライオンと眠る犬。

プレトーリア広場の近く。集団で眠るシェパードなどの大型犬。おそらく野良。

 プレトーリア広場、街灯。

プレトーリア広場、街灯。

プレトーリア広場近くの街路。

プレトーリア広場近くの街路。

壺2

石柱1 パラティーナ礼拝堂 このメタリックな質感が

石柱2 パラティーナ礼拝堂 同じく質感に感動

廊下1

テラスの青い開き戸 石造建築は古ぼけるほど味が出る。

 

パレルモの郵便局。

 サン ドメニコ教会。

パレルモの州立考古学博物館。旧オラトリオ会修道院の建物。17世紀に建造。

パレルモの考古学博物館、海底考古遺品、往古の碇。

パレルモの考古学博物館、中庭の噴水。

パレルモの考古学博物館、正面庭から。

パレルモの考古学博物館、遺跡の発掘時の写真。婦人の幅広の帽子と黒い服装、シルクハットそしてひげが当時のファッションを示して面白い。

パレルモの考古学博物館、石のビーズ。

パレルモの考古学博物館、ポスター、エジプト風の匂いも。

パレルモの考古学博物館、黄金の月桂樹冠。

パレルモの考古学博物館、黄金と石のネックレス。

パレルモの考古学博物館、黄金のネックレス。

パレルモの考古学博物館、?

パレルモの考古学博物館、冠。

パレルモの考古学博物館、ネックレス。

パレルモの考古学博物館、腹を刺される兵士。

パレルモの考古学博物館、戦いのレリーフがある石棺。

パレルモの考古学博物館、横たわる貴婦人。

パレルモの考古学博物館、エジプト風のレリーフ。

 パレルモの考古学博物館、エジプト風の男性像。紫の石は珍しい。

 パレルモの考古学博物館、4頭の馬のレリーフ。

 パレルモの考古学博物館、水盤。

 パレルモの考古学博物館、イエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネの首をもつサロメ。

パレルモのオペラ劇場マッシモ劇場、ゴッドファーザのラストシーンにも登場する。

白を基調としたファサードを持つ建築。

パレルモのはしけ。

 ナポリ行の客船、帰りはこの船でナポリに向かった。

客船で一夜明けてナポリ到着後の早朝風景。

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