団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

救急隊のおかげで、ご子息の命が助かりました。

2017-08-06 05:26:10 | 日記
 一昨日の中日新聞「くらしの作文」に、72歳無職の女性が「救急隊の皆さまへ」という
タイトルで投稿されていました。

 ありがとう、ありがとう、
ありがとう。
100回言っても、言い足らないくらいです。

 息子は、出張先の福島県郡山市で脳出血で倒れました。
薄れる意識の中で、119番したのですが、失語症を発症し
「お名前は」「ご住所は」の質問に、
「う」「あ」としか答えられませんでした。

 救急隊の方々は、スマートフォンのGPS機能で、
ホテルの場所は案外早く分かったらしいですが、
さて何号室かわからず、各部屋を探し回ってくださったそうです。
やっと見つけていただいて、救急病院へ運ばれたのは、
相当時間がたってからです。

 嫁は連絡を受け、夜中、見知らぬ町の初めての病院へ
駆けつけました。
高速道路で2時間、どんなに心配で心細かったことでしょう。
頭は真っ白だったと言っていました。

 それからのリハビリにも耐え、嫁と二人三脚でやっと、
つえで歩けるようになりました。
言葉の方はまだまだですが、絞り出すような「お母さん、ありがとう」の言葉に、
また涙があふれました。

 肢体不自由であっても、人のお役に立てることはあるはずです。
まずは職場復帰を目指して頑張れ、と心の中でエールを送っています。

 命を救ってくださった郡山の皆さまに、遠い三重の地から深く感謝いたします。


 以上です。


 大切なご子息が、救急隊のおかげで命が助かって良かったです。
お母様は、とても救急隊の皆さまに感謝されています。
救急隊のおかげで命が助かったのですから。

 まだまだお若いので、お母様も願っていらっしゃいますように、リハビリを頑張られて早く職場に
復帰できるといいですね。

 以前投稿した私の昔の同僚も夜中に脳梗塞を発症し、携帯電話をかけようとしたところで
意識を失くしてしまいました。
幸いなことに携帯電話が、前日訪ねて来られた保険セールスの女性の電話につながっていて、
保険セールスの女性が様子がおかしいと思われ、救急車を呼んでくださいました。
それでも発症して5時間経過していたとのことです。
「3時間以内だと助かる確率が高い」と彼が言っていました。
5時間経過していましたが、幸いにも彼はほとんど後遺症がありません。
救急隊の処置が良かったんですね。

 私はまだ救急車のお世話になったことがないです。
緊急の場合は、我慢しないで救急車にお世話になろうと思っています。












「あの日にかえりたい」 Ken Hirai 平井堅
コメント (8)
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