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飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

耽美の海∞谷崎潤一郎NO.20・・・「富美子の足」を読む

2011-12-22 | 谷崎潤一郎

谷崎潤一郎の小説「富美子の足」を読んた。作品は25歳になる野田宇之吉という美術学校の学生から谷崎潤一郎に宛てた手紙という形式をとっている。登場人物は、隠居と呼ばれている質屋を営んできた塚越という初老の男が61歳、宇之さんと呼ばれている主人公の美術学生の宇之吉が19歳、芸者あがりの娘で塚越の妾である富美子が17歳、この微妙なバランスの3人。内容はそのタイトルからも連想できるように、もろに足フェチをテーマとしたものだった。今読んでもネットリと絡み付くような視線で持って谷崎は細部に至るまで独特の美学で書きつらねているので小説が発表された時(大正時代である)はセンセーショナルだったのではなかったか?と想像し得る。とにかくも谷崎潤一郎は足フェチであるということが顕著にわかる小説なのだ。

 

小説は前置きの後、“「柔軟」と共に「強直」があり、「緊張」の内に「繊細」があり、「運動」の裏に「優弱」が”あり“全身をくねくねと湾曲させて、鞭のような弾力性を見せて”いる草双紙の中の国貞の挿絵、隠居は主人公の宇之吉に富美子にこの絵と同じポーズをさせて油絵を書いてほしいと申し出ることから始まる。隠居は嫌がる富美子を執拗なまでにモデルになってくれと懇願する。はたして隠居の執拗なまでの懇願の裏には何が隠されていたのか?富美子が渋々ポーズをとると、どちらがモデルでどちらが絵なのか見分けが付かないほどしっくりと彼女の体がその国貞の絵にはまる。隠居がこだわった理由がそこにあった。“はだけかかった着物の裾からこぼれて居る両足の運動ーちょうど脛から爪先に至る部分の曲線”を隠居は眺めたくってしょうがなかったのだ。しかし、主人公の宇之吉も同じような嗜好があって、隠居も美術学生も、2人とも足フェチであるということがわかる。

 

その美術学生の宇之吉はこんな風に富美子の足に対して思っている。“僕は一人の男子として生きて居るよりも、こんな美しい踵となってお富美さんの足の裏に附く事が出来れば、其の方がどんなに幸福だが知れないとさえ思いました。それでなければ、お富美さんの踵に踏まれる畳になりたいとも思いました。僕の生命とお富美さんの踵と、此の世の中でどっちが貴いかと云えば。僕は言下に後者の方が貴いと答えます。お富美さんの踵の為めなら、僕は喜んで死んで見せます。”と…、完全な物神信仰なのである。絵を描くのはただの口実。実は<お富美さんの足を眺めては隠居と二人で賛美の言葉を交換しつつ時を過ごす>ことが第一目的なのであり“気違いじみた老人と青年の四つの眼から浴びせられる惚れ惚れとした視線ー当人になってみれば随分気味の悪い視線ー”を富美子は浴びることになるのである。それにより彼女は同じく谷崎の小説の女性ナオミ(「痴人の愛」に登場する女性)同様、男どもの上に君臨するのだ。

 

フェチの感覚は私も解らぬでもないが、ここまでくるとちょっと私の領域を超えている感じだ。なぜなら、驚くのは谷崎の富美子の人物描写なのである。ここまで人の造形を細く見て、それを言葉で表現するの?というくらい微細にしてかつ詩的な表現でもって一人の女性を描ききっている。それはまさに深いフェチの感性を持ち得ていたからこそなし得る技ではないのか?ホントに驚きである。俗に、《こだわり》という言葉があるが、この《こだわり》こそはもしかしたらフェチの成せる技なのかもしれないと思えてくる。そして、谷崎の文章を読んでいると小説家という人種は深いフェチ的な要素を多分に持ち合わせていないと作品を生み出しえないのかもしれないなと感じさせるのだ。谷崎くらいどっぷりとその感性を開花させないと人に読まれ歴史に残る文章など書くことができない、作品としても成立しないのかもしれない。

 

最後に足フェチの隠居は富美子の踵に踏まれて絶命する。隠居にとってはその感覚を抱きながら死んでいくのは至福のことなのだ。谷崎はそれを以下のように記した。“死んでいく隠居には、顔の上にある美しいお富美さんの足が、自分の霊魂を迎える為に空から天降った紫雲のとも見えたでしょう?”己の感覚に正直になり我が儘通せば、それも、ありなんだろうな。きっと苦しまずに死ねるんだろうから…。

 

※“”部分、谷崎潤一郎「富美子の足」(「金色の死」講談社文芸文庫)から引用

 

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