飾釦

飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

昭和の黒い霧・松本清張NO.63・・・「たづたづし」

2010-03-08 | 松本清張
松本清張の短編小説「たづたづし」は、主人公の気持ちが天国と地獄を行ったり来たりする、つまり、アップダウンが激しい作品である。彼(=主人公)が勤務先の官庁で課長に昇進し、出世コースの一歩を踏み出す時、“わたしも課長になったうれしさがあり、三十二というと、そろそろ浮気もしたくなるころである。人間は一段階上がると、何となく視野が展けてきたような感じがするものだ。その視野の端に魅力のある未知の女がいても不思議ではあるまい。”そう思い始め、男は通勤電車で一人の女性と出会う。

そして女の家に行くようになり、“その晩、彼女は、わたしの不意の訪問を半ば予期したようにみえた。彼女は、寝巻の上に派手な羽織をはおっていた。この姿が私を一気に彼女に殺到させた。”と男女の関係を“私には愉しみだった”と数ヶ月持つことになる。彼が女と至福の快楽を貪っている時、女から恐喝障害犯で刑務所に服役中の旦那がいてもうすぐ出所することを告白される。気分が一気に逆転する。告白を聞いた“ その夜の帰りの、わたしの気持の憂鬱だったことか。……あの女のうしろには恐喝障害犯という凶悪な亭主が控えている。一体、これからそうなることか。”と気分は奈落へと落ちるのだ。

そこで男は女を殺意を抱くこととなる。実に自分の立場が悪くなると人を殺そうとする。そこには命の尊さなど微塵もない。“いわば、あの女を殺したのは自分の身を護るためだったからだ。つまらない女と引き換えに、この薔薇色に輝く将来が滅茶滅茶になってはならない。”と自己都合、自己保全の感情のみなのだ。しかし、女は死んではおらず、記憶喪失となって生きていた。“私は雷に打たれたようになった。”不安にかられた男は会いに行き、再び証拠隠滅のため女を殺そうと適当なことを言って喫茶店で働いている彼女を連れ出してしまう。

しかし、そこからまた流れが変わるのである。“わたしは奇妙な気分になった。彼女の顔も手も、わたしがさんざん自分の胸の中に抱いたものだが、その同じ顔が初対面の男に対しての羞恥と遠慮に満ちている。しかし、それは大そうわたしには新鮮に見えた。わたし自身でさえ彼女と愛欲生活を過し、その挙句の果てには、いま汽車の窓から見えている富士山の山で頸を絞めたことなど嘘のように思えてならなかった。……何と云ってもわたしのおどろきは、彼女から受けた奇妙な新鮮さだった。”こともあろうに男は女と記憶喪失をいいことに弱みにつけ込み再び関係を持ってしまう。

あきれたというしかない男の行動である。松本清張に登場する人物は、おそらくフロイトのが提唱したリピドーに突き動かされているに違いないのだ。人間の欲動のエネルギーは時には思いもかけない大胆な行動を強いる。“それは、これまでとは違った新しい良子の魅力に私が完全に捉えられたからだった。自己の前半生を喪失している女は、ただひたすらにわたしに縋りついた。だが、それは記憶前の彼女とは完全に違っていた。彼女の愛情の求め方も、愛撫の反応も、生活態度も、すべて以前の良子ではなくなっていた。言葉つきも違う、動作も違う、完全によく似た別の女がわたしの前に現れていた。わたしは彼女を棄てることができなくなった。”妙な復縁なのである。

再び、女との肉体関係にはいる男は、犯罪がバレる恐怖から一転リピドーを充足させるような愛欲生活を過ごすことになる。今回、ネタばれしてしまうようにあらすじを追っかけてしまっている。こんな感じでこの小説は、ひとりの女性との出会いをきっかけに本来根の深い部分で持っていたであろう男のエゴ、リピドーを剥き出しにしていく話なのである。その際、男は天国と地獄のような経験もしくは感情の起伏を経験する。

しかしその根底にあるものは男の身勝手だ。この身勝手とは厄介なもので、実は誰しも自分の心の中で飼っているものなのではないのか?この小説の形式(=短編)ではないが、日常的にプチ身勝手さは誰でもしているんじゃないのか。小説はさらにもう一段階展開を見せるが、それは読んでのお楽しみとしよう。短編だから直ぐに読める。ちなみにボクの感想はというと、……微妙。少なくとも、男が読んだ感想と女が読んだ感想とは間違いなく違うんだろうなということかな。


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※「たづたづし」所収
三面記事の男と女―Matsumoto Seicho Showa 30’s Collection〈2〉 (角川文庫)
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