飾釦

飾釦(かざりぼたん)とは意匠を施されたお洒落な釦。生活に飾釦をと、もがきつつも綴るブログです。

「国宝 阿修羅展」東京国立博物館

2009-05-17 | 美術&工芸とその周辺
上野の東京国立博物館で開催中の「国宝 阿修羅展」に行ってきました。一度GW期間中に足を運んだらすごい人で一時間待ちだと、とてもじゃないけどそこまで並んで見ようという気力も起きず、そに日はそのまま帰りました。で、もう一度と今度は朝から出かけました。それでも20分待ちの状態、何度かこのブログでも書いているのですが、いつからこうした美術展に人が並ぶようになったんでしょうか。とにかく美術展となるとすごい人が押し寄せてくるのです。

メインの阿修羅は、他の仏像とはその様相が大きく違い少年から青年へと成長する時のような若者の顔を持つ人気のもの。展示はその阿修羅像を正面から、横から、そして後ろからと360度見ることができました。が、展示と鑑賞スペースを区切る柵の最前列は全く動く気配がありません。そこまでたどり着こうと試みるならば一体そこで何分待つんだ?といった状況で、なかなかそこまではと少し後ろの列から鑑賞しました。ただ、一応鞄の中にオペラグラスを入れておいたので、生の阿修羅の像をアップで見ることができたのはラッキーでした。

ぐるっと全体を観た中でボクの好みからいうと阿修羅は真正面から見るより、やや右斜め正面から見るのがいい感じでした。阿修羅の6本手が微妙な感じで奥行きと広がりを持った空間を構成し、まるでオーラかバリアを放っているかのように周囲の空気を支配しています。それにより周りの人だかりをよそに、そこだけがなんとなく静謐な異空間のようでも。そしてそこの中心には華奢でスリムな胴体とその上には何かこう根源的なものに向き合い問いかけているかのような強い眼差しながらも憂いの表情も感じさせる正面の顔と、しかしこれが斜めだと正面からみるとのはまた違った風にも感じるのですが、それとやや上に位置している右側との顔が絶妙なバランスで位置して見えているところが、なんともカッコイイんですね。

ところでこの「阿修羅展」に連動するかのように、芸術新潮をはじめ各種の雑誌やテレビのNHKで主役の阿修羅を取り上げた特集号の出版や番組を放送していました。それらによると阿修羅とは元はインドの神で「アスラ」といって、「インドラ」(帝釈天)と戦い続ける戦闘の神で、これがなかなか帝釈天に勝てずやがて、釈迦の教えに帰依し仏教の守護神となり、同じく会場で展示されていた「八部衆」となったそうです。この戦う苦しみはカルマとみなされ、前世の行いによって6つの世界を輪廻転生するという因果応報の「六道」においては、<天上・人、修羅、畜生、餓鬼、地獄>と人間以下の存在とされ、修羅場とはこれに由来するとのこと。これ、そういえば先週記事としてアップした鶴屋南北の原作の映画のタイトルが「修羅」でありました。その映画にはまさしく地獄絵図が展開されたのですが・・・。だから通常の阿修羅像は牙が生えた鬼のような憤怒の相なんですが、この興福寺の阿修羅像はそれとは全く対照的な、華奢で争い事など嫌う少年とも、青年とも、はたまた少女にも見えるような神々しい姿となっています。この奇跡のような造詣が、展示においてもこれほどの人気を呼んだのだと思いますが、なぜそのような造詣になったのかボクが目にしたものには書いていなかったように思います。

また、NHKの番組では、「文学者が見た阿修羅」として彼らの阿修羅の印象についても紹介していました。それらを列記すると
●司馬遼太郎・・・興福寺の阿修羅には、少女とも少年ともみえる清らかな顔に、無垢の困惑ともいうべき神秘的な表情がうかべられている。眉のひそめかたは自我にくるしみつつも聖なるものを感じてしまった心のとまどいをあらわしている。
●白洲正子・・・蜘蛛のような細く長い六臂の腕も不自然ではなく、見る人にまつわりつくように色っぽい。普通の忿怒相とはちがい紅顔の美少年が眉をひそめて何かにあこがれる如く遠くの方を見つめている。
●亀井勝一郎・・・阿修羅像は、正面の顔をみると美少年だ。しかし眉をよせ、額にしわをよせていらだつような神経質な表情をしている。この像は或る物語の象徴化にちがいない。阿修羅像とは阿修羅劇の表情にちがいない。
などとありました。流石といった洞察を感じます。

またその番組では、顔学というジャンルの専門家・元東京大学教授の原島博さんという方が阿修羅の顔の分析をしていました。まず、正面の顔はというとコンピュータで眉をあげると悲しそうな顔に、その眉を下に下げると怒ったような顔に見えてくることを示していました。つまり正面の顔は、悲しそうにも怒っているようにも見えることにより、見る人にとって違った表情に見えてくるという指摘でありました。続く左の顔は下唇をかみしめています。そして目じりや眉が上がっており怒っていると。つまり怒りながら下唇をかみしめるのは反抗とかくやしさを表しているとしていました。最後の右側の顔は全体に目や鼻、口の位置が内側によっています。この内側によった顔は悩む顔、内面を志向した顔であるとします。事実、正面の顔と比べるとそれらの部位は内側にあり、顔の傾きも俯き加減です。つまり苦悩の中にあるという指摘でした。そしてさらに面白い指摘は、それらの顔における目の位置です。左⇒右⇒正面という順番で目の位置がだんだん上にあがってきているということ。そこには人の成長過程との一致が見られるというのです。つまり、阿修羅の顔は左顔=子ども、右顔=思春期、正面顔=青年という人生の成長過程を表しているのだと。なるほどと思わせる専門家の指摘、勉強になりました。

教科書や仏教関係の本などで度々目にしていた興福寺の阿修羅像、今回の展示によって大きくクローズアップされ、ボクの記憶の中にも大きく刻印されたひとつとなりました。



NHKの番組紹介「ワンダー・ワンダー/阿修羅」

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4 コメント

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はじめまして (tsukinoha)
2009-05-24 16:11:11
はじめまして。
おそろしく拙い私の記事へのTB恐れ入ります。
あまりの人の多さにくらくらしてしまいました。
コメント (飾釦)
2009-05-24 18:20:06
ありがとうございます。

tsukinohaさんのブログにお書きになっていたバーゲンセールのようとは、ほんとそんな感じでした。

またよろしくお願いします。
阿修羅像 (京子)
2009-06-05 15:15:11
こんにちは、初めまして。
文章を読ませていただいて、大変勉強になりました。色々な人が阿修羅像に魅了されているんですね。ますます阿修羅像に興味を持ちました。お好きなジャンルではないかもしれませんが、光瀬龍・原作、萩尾望都・絵の「百億の昼と千億の夜」に阿修羅王は少女の姿で登場します。仏陀やキリストが登場する壮大なSF(!)ですが、少女漫画らしくなく面白いですよ!
コメント (飾釦)
2009-06-06 00:12:54
いただきありがとうございます。

わからないんですけれど「百億の昼と千億の夜」ってジーンズ姿のラフな格好で仏陀やキリストが登場する漫画なんでしょうか?もしそれでしたら、同僚がこの漫画おもしろいので読んだら貸しますよよ言われた作品かもしれません。“壮大なSF(!)”っていうのが興味惹かれますね。

またよろしければ見てやってください。

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