新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

7月16日 その2 ドルトムントの方が何枚か上だった

2017-07-16 17:23:51 | コラム
ワクワクしなかった15日夜のサッカー:

何で今時ドイツからドルトムントがやって来て、今シーズンは寧ろ沈み気味の浦和と試合をするのかと訝りながら、15日夜の国際試合を余り期待せずにテレビ観戦した。期待しない理由の一つは、ドイツはシーズンが終わって寛いでいる時期だろうから、本気で試合をするかという辺りの疑問だった。

あの試合を見ていても感じたことは、ドイツの一流のテイ―ムでも我がJリーグと同じようにピッチ全体を広く使って「何でだ?」と思わせてくれるようなバックウオ-ドパスとバックス間の横パス交換を頻繁に行い、時には折角鋭い縦パスが前方にいる選手に出ても、その者はフェイントをかけてでも前を向いて邁期を全く示すことなく、そのパスをだしてきた後陣にいる者に瞬時に蹴り返すのだ。戦後間もない時期にWMフォーメーションで育った来た者には、到底理解できないのだ。「何故マークに来た者を外してでも、積極的に攻めに出ていかないのか」と叫んでいた。

昨夜も少なくとも我が国よりは進歩して積極的なサッカーをすると錯覚しても良いはずのドルトムントまでも、横→横→後方のパス回しをして見せてくれた。こうしていれば球を支配している時間が圧倒的に長くなり、現実には前半だったかにドルトムントは70%も持ち続けたと出た。これならば、浦和は攻めていける時間を与えられないことになる。兎に角、両方ともそういうサッカーをしてくれたのだから、私には面白くも何ともなかった。

その状態を見ていて痛感したことがあった。それはあの後陣で責任逃れ的なパス回しをしている風景はバスケットボールの攻撃側のパス回しにも似ており、隙があればか、前方にいる者が何処かに空き地を見つけて(スペースを作ってでも良いか)飛び出した時にそこに寸分違わぬパスをだして得点のチャンスを狙おうとでもいうかと思うに到った。だが、浦和のように、後ろで回している間にほとんど誰も動いてくれないのが日本のサッカーの問題点ではないのかな。

現在のサッカーはWM時代のように各人の居場所がフォーメーションで定められたようにはなっておらず、誰かが球を持った時に近所にいるノーマークの者にパスを出してから攻めの形を臨機応変に構築していくようなのだ。故に、よほど各人の間で十分に合わせられるように訓練されていないと形になってこないようなので、見ている方が間怠っこいのだ。昨夜は新テイ―ムと聞いたドルトムントにも「未だ合わせられていないな」と見えるような見当違いのパスが散見された。浦和は矢張り強敵相手に自分たちの十分な形が出来なかったように見えた。

要するに、ドルトムントが追い上げて1点差で勝ったのは「正味の実力の違いとはこういうものだ」と見せてくれただけの、見所も感動させて貰えるようなというか、ワクワクさせてくれないサッカーだった。ではあっても、浦和のサポーターなる方たちは偉いと思う。あれほど熱心に大勢で応援に駆けつけてくれるのだから。実は、正直なところ「ドルトムントはどうやって勝つのだろうか」という一点で観戦していた。

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