新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

私が体験したアメリカの実態

2016-11-20 11:32:44 | コラム
2億6,000万人が3億2,000万人となっていた:

1990年代の初期までにアメリカの人口を語る時は2億6,000万人としていた。それが当方がリタイヤーしてから20年以上も経過した今となっては、実に3億2,000万人と何と40%近くも増えていたのだった。人口減少が大きな悩みとなっている我が国とは大きな違いだ。我が国よりも矢張り40%も多くなっているのだった。私にはその増加分が白人だったのではなく所謂「少数民族」即ち、”minority”といわれていた連中が急増したと解釈している。それが証拠に現在では”minorities”と複数形で呼ばれている。

例えば私にとっては第二の故郷のようなワシントン州シアトル市は1993年までの在職中には精々100万人程度の人口で、静かで住環境の良い街だった。ところが、2007年9月に7年振りに訪れてみれば、市内の様相は一変しその昔には見たこともなかったような人種が激増し、馴染みだった多くの高級紳士服・洋品店が消えてしまっていた。人口も嘗ては市内が50万人ほどで周辺の街を合わせても100万人程度だったものが、それぞれ63万人と390万人に達していた。聞けば「住みやすさ、静かさ、治安の良さに誘われて、流入人口が激増したとのことだった。これはほんの一例だが、アメリカの人口はかくして激増していったのだった。

カリフォルニア州などはワシントン州の比ではない交通渋滞の州だったが、そこにはその地での所謂少数民族の代表的な存在でもある韓国人があらゆる所に根を張っており、コンビニやスーパーなどのレジ係の顔を見れば「ここはソウルか」と思わせるほどだった。勿論、ヒスパニックかラテイーノと呼ばれる南米系も相変わらず増殖中で、私はカリフォルニア州を訪れるのだったならば「英語だけではなくスペイン語と韓国語を習ってからにすると良いかも」と提案したいくらいだ。

2010年にはRose Bowl観戦の後で、敢えて話のタネにロスアンジェルス郊外の広大なKoreatownで韓国料理店で夕食をしに入っていった。そこではウエイターもウエイトレスも当然韓国人で彼らは英語は話すが仲間内では韓国語だった。そこで発見したことは、床掃除等の雑役を受け持っていたのは大勢のヒスパニックで彼らは嬉々として働き、ヴァイキング方式(英語はbuffetで良いだろう)の残飯の如きものを賄い食としてあてがわれ、平気で客席のテーブルで食べていたのだった。言わば新参者の韓国人が先住民の職を奪っただけではなく、彼らの雇用主に成り上がっていたのだった。

ここまでで何を言いたかったのかと言えば、アメリカにはこのように嘗ては少数民族と言われた人種が激増し、今ではその「少数」が全人口の半数に迫り何時の日か「多数」即ち”majority”となってしまうのではないかという次第だ。以前にも指摘したことだが、その少数民族は彼ら独自の層を形成し、彼らに適した職を得ていながら、これまではその職を奪い合うような争いを続けてきたので、嘗てのアフリカ系対韓国系の暴動のような事態も発生したものだった。従ってそれらの層」の間には交流などあり得ないものだと私は見なしている。

それらの層とは全く別な存在として「企業の組織内で先ず身分や地位の垂直的上昇があり得ない(簡単に言えば偉くなれないか、偉くさせて貰えない)「白人」の層があるのだ。ここには今回のトランプ氏を支持したと言われている主として州立大等の四大卒の人たちの存在もある。別な表現を用いれば、我が国における銀行とは些か趣を異にするアメリカの銀行には、先ず身分と地位の上昇はあり得ない”clerk”(=事務員)という職(”job”)があり、これに就いた人たちは引退するまでその地位に止まっているのである。アメリカの製造業にもほぼ同様な身分の人たちがいるのは言うまでもないこと。

では、アメリカの企業ではどういう者たちの身分と地位が垂直上昇するのかと言えば、勿論頭脳や実力や手腕や実績も大きく影響するが、何よりも重要なのはハーヴァードやイエールやプリンストン等の大学が代表するIvy Leagueの有名大学のMBA(経営学修士)乃至はPh.D.(博士)の学位を持って入社してきた者たちが、所謂「スピード・トラック」に乗って昇進して行く傾向が明らかなのである。その資格を得る為には、今や年間500~600万にも達する学費を負担可能な家庭に生まれることが必要になるとまで言える気がする。

そこにはアメリカの法律であり、企業社会の文化である「年齢、性別、国籍で人を差別してはならない」ということが、我が国にはあり得ない現象を生じさせているのだ。即ち、年功序列のシステムがない為に、MBAを取得した30歳にならない若手がいきなり数十人もの自分よりも年長者ばかりの部門の長として着任するようなことが日常的に起きてくるのだ。現に、私が「我が生涯の最良の上司」と呼んだ副社長兼事業部長は私よりも10歳年下だったが、その地位に到達したのは42歳だったし、事業部長就任は39歳の時だった。

私は彼の指揮下に入った40歳代と50歳代の所謂事務職の何人かに「あの様な年下の者の指揮下に入ることに不平・不満はないのか」と尋ねてみたことがあった。平均的な答えは「あいつはあの地位になりたくてなったのだ。あそこまで行けば仕事の量も膨大になるし責任も重い。その為には朝は6時や7時には出勤せねばならず、夜も8時までも9時までも残っていなければならず、週末だって休まずに海外を飛び回っている。俺の学歴と能力ではこの身分で十分だ。詰まらないミスをしてクビにならないように適当にやっていく」だった。これを諦めと取るか、妬みと取るかは微妙なものがある。即ち「寄らば大樹の陰」でW社の本社機構にいれば十分だと言っているようでもある。

勿論、これ以下の中小企業にも言うなれば「諦めた」四大卒の白人は幾らでもいる。だが、そういう人たちの中にも、その立場で腕を磨き、実績を付けて何時の日にか大企業に即戦力として雇用される機会が訪れることを狙っているものなのだ。その可能性は無きにしも非ずで、その実例にも確かに出会った。問題は、そういう人たちが自分が恵まれているかいないかと考えているかだろう。それ以下には所謂「プーア・ホワイト」と言われている層があるようだが、私には残念ながら在職中にこの範疇に入るとと思われる人たちとの接触の機会はなかった。

今回のトランプ氏の当選の背景には上記のような白人の層と、労働者階層と、恵まれざる存在だった少数民族が、自分たちを保護しその身分や地位を改善してくれるはずだった民主党政権が一向に期待に応えてくれなかった為に、大挙して共和党のトランプ氏支持に回ったとの解説がある。尤もな話だとと思う。だが、私にはそういう説を唱えておられる有識者や知米派の方々の解説はそこまでに止まり、何故彼らが不満なのか、不満の背景には何があるのかにまでは言及していないので、私の経験から知り得たアメリカの上記のような階層の人たちの諦感と多数となるかも知れない少数民族がどのように喘いでいるかを取り上げてみた次第だ。
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