新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

7月22日 その2 7月21日は多忙だった

2017-07-22 09:22:10 | コラム
7月21日に考えたこと:

21日は猛暑をものともせずと言いたいが、予定が輻輳していたので9時半前に出掛けることになった。国際医療研究センター病院での予約は12:00だったが、前立腺肥大症の治療で通っている泌尿器科では2時間前には到着して採血と採尿を終えることが要望されていたので、到着が10:01。それから延々と最も早くても12時まで待つことになる。あの病院の雰囲気の中では落ち着いて本は読めないので、ひたすら考え事に集中してみた。

それはそれとして、結局呼ばれたのは12:30で、検査の結果を聞いて9月にMRIを受けることになり、処方箋等を受領して退散。会計を済ませてから都バスを乗り継いで高田馬場駅前のジムに向かった。ストレッチ、ウオーキング、マッサージチェアからシャワーと急いで回り、外に出れば14:35で15時の予約である大久保通りのクリニックに間に合うかどうかギリギリ。しばし迷ってから来合わせた¥410クシー利用に決めた。目的はプラセンタエキスの注射。

終わって外に出れば目もくらむような日差しだったが、丁度良くバスが来て新大久保駅前まで一駅。そこから調剤薬局に向かい、薬を貰って帰宅すれば早くも16時。実は、血液検査がある日は朝食抜きだった。院内には地下にフードコートのような広い場所があるが、何時行っても満席。止むを得ず1階のTully’s CoffeeでハムサンドとDecafのカフェオレで済ます。¥620は安いのか高いのか。

という具合で、あれだけ動き回って水分は摂っても一食しか食べていなかったので、流石に空腹。ジムで計量したところ、前日からは10%以上もの減量となっていた。食事を抜いて採血されると減るとは承知していたが、これほどとは思わなかった。そこで、16:30頃に早めの夕食。先月からずっと家では米食は摂っていない。

話を考え事に戻そう。安倍内閣打倒というか自民党の支持率を低下せたのは、野党とマスメディア連合のfake newsと言うかframe-upという表現もあったと思う虚報を交えた攻勢があったと思う。だが、そこには第一次安倍内閣当時にも似た閣僚と議員の失態と失言が多過ぎるなと思わせてくれている。

それだけではない。私には戦後間もなく若者、就中(旧制)高校生と大学生に蔓延した共産主義礼賛と共産党入党と結核の大流行を思わせるものがあると見える。青白い顔で敝衣敝帽でなければならないような風潮があった。それにあの秋葉原ので「安倍辞めろ」の絶叫とか、朝日・毎日を主体とするマスコミ連合に乗せられている者たちが増えている様子は「安倍内閣打倒」の流行り物を追うことに生き甲斐と、満たされない日常を補おうとしているように見えるのである。「安倍内閣打倒」が格好が良いファッションと化したかも知れないのだ。

その昔の旧制高校生たちは良く勉強した結果で「赤」かぶれしたのだが、現在の反安倍勢力の連中は何も学んで「安倍内閣打倒」に走ったのだろうか。村田某女や小池晃などに何か学ぶべきところがあるのだろうか。朝日や毎日を読めば何か高邁な思想が得られるのだろうか。イヤ、そんなことはあるまい。

私は新聞社も野党も我が国民の民度はその程度だと読み切っているのではないのかと疑っている。恰もD通やテレビ局が「あなた方インテリ層を相手にしていない」と言い切ったように。それはそうだろう、朝から晩まで暇さえあればスマホと首っ引きだし、ジャニーズに感激し、松居一代のニュースに見入っているのだから、トランプ様が戯言を言っておられようと、金正恩が何発missileを発射しようと「シカト」出来るのだ。

この際、安倍総理に申し上げたいのは、1994年にカーラ・ヒルズ大使がいみじくも言われた「対日輸出を増やす為には識字率を上げて初等教育を充実させねば」と言われたのと同様に「我が国の民度を挙げる為には、低俗な番組と報道、テレビCMを禁じることで民度を上げる」から取り組まれたら如何かということ。案外にこの辺りが焦眉の急かも知れない。

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1 コメント

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>「我が国の民度を挙げる為には、低俗な番組と報道、テレビCMを禁じることで民度を上げる」から取り組まれたら如何かということ。 (相模)
2017-07-23 08:45:22

この問題には憂慮致しております。難しい大学を卒業した優等生の書く記事やコラムが実に低レベルに堕するのはなぜか、と思わざるを得ません。

GHQの洗脳が未だに解けないからだとの意見がありますが(私もそれはあると思いますが)今の若い人々はGHQが何者かは知らない。記者と謂えどもです。となればGHQに汚染された教師、識者の牢固な思想を受け継いだからか?

旧制高校の教育は教養主義が主流だったと聞きます。その流れは昭和30年代までは生きていたかに思えます。教養と低俗は相反するもの、教育に教養を甦らせることは多少の薬にはなるまいかと想像しますが。

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