新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

4月29日 その2 DPRKがまたぞろミサイルを発射

2017-04-29 14:03:44 | コラム
アメリカとDPRKの間に募る緊張感:

我が国ではマスコミは何かというとUNのSecurity Council決議違反だと叫ぶ。DPRKが決議なるものに従うのだったならば、20~30年前に従っていただろう。無意味な報道をしないことだ。朝6時からのテレ朝の番組では、大学生が「話し合いで解決して欲しい」という希望を語っていた。誰が何時何処で金正恩と話し合いをするというのか知らないが、アメリカは既にカール・ビンソンを対馬沖を通過させるところまで持ってきているではないか。

産経新聞には「韓国内には寧ろ我が国内で広まっていると報じられているような緊迫感がない」と報じられていた。だが、別な報道ではソウルなどには多くのシェルターが準備されているだけではなく、防毒マスクが品薄となるほど売れているとあった。防毒マスクは兎も角、私は我が国という前に、都内にこれというシェルターを備えたビルや一般の住宅があるとは知らない。だが、「いざという時には地下街か地下駐車場のようなところに避難せよ」等々の注意事項は報じられていた。

だが、我が国内で報じられているような緊張感、緊迫感、危機感がどれほど全般的に広まっているだろうか。私には疑問に思えると言うよりも、それほど切迫感を持ってマスコミが報道しているとは思えないし、政府の公式発表でも明日にでもDPRKが発射するミサイル等の撃ち落とし損ないが国内の何処かに落ちるとは想像させるまでには至っていないと思う。トランプ大統領のDPRK圧迫作戦はまだその程度の段階なのか、私を含めて我々の感度が鈍いのかの何れかだと思っている。

その感度だが、マスコミが好んで用いる「平和ボケ」なのか、アメリカとの安保の傘の下にいれば安全だという迷信か、単なる緊張感の欠如なのか、緊張感の欠如と言うよりも現在のアメリカ(と韓・中)対DPRK(と露)の一触即発の状態は他人事であって我が国は及んでこないと考えているような「ノホホンさ」のどれかだろうとは考えている。私は何れにせよ、トランプ様は事態を現在のようなレッドラインを云々せねばならないようなところまで持ってこられたのは事実だと思っている。

では「どうすれば良いのか」だが、極端な理想論ではアメリカと金正恩が本当に話し合うというようなことになれば良いのだが、そういうことになるとは思えない。UNの決議などは何処かの国の誰かが言った「紙くず」だろうから、残された手段は「何時アメリカが正当な理由で国際法にも違反することなくDPRKに(先制)攻撃を仕掛けるか」だろう。だが、この方法はまかり間違うと、それこそ”It’s the end of the World.”になる危険性を孕んでいると思う。

トランプ様は自分が打つだろう手の何手先まで読んでおられるかなどは知る由もないが、その手の先には無数の展開があるのは間違いない。その数ある展開の中には、我が国に壊滅的な損害をもたらすだろうことが含まれていると思って恐れている。そこに思いを致した時には、上記の学生のように「話し合いで」などという非現実としか思えないような願いも出てくる。

トランプ様のプレーブックにはどのような攻撃法と、”Contingency plan”のご用意があるのだろうか。我が国にまで累が及ばないような万全のご配慮があるのだろうか。本日の失敗だったとか報じられているミサイルの発射地点は、これまでに聞いたことがない地名だった。アメリカ次の発射地点が何処になるかまで把握して先制攻撃は仕掛けられるのだろうか。頼みますよ、トランプ様。

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