ひまわりママの脳腫瘍闘病記2

〜ひまわりのように いつも おひさまのほうをむいて〜
28才で発症した2人のママ。4度のオペを経て身障1級になりました

一年以上のご無沙汰をお許しください。

2011年10月14日 | もう何もできない

ひまわりの夫です。
一年以上もご無沙汰してしまいました。申し訳ありません。

ひまわりは今、意識はない状態です。彼女が地上にいる時間は、あと一週間はないかもしれないとの説明が、昨日主治医よりありました。
一昨日の午後に急に呼吸が苦しそうになりはじめ、熱も一時は39℃まで出て、夜10時頃までそれが続いていたので、痛み止めやけいれん止めなど幾つかの処置をしていただいたのですが、その後は徐々に落ち着きを取り戻し、顔も穏やかになりました。血圧も一時は上が68位まで下がったので、昨日は病院に泊まりました。
今朝は血圧は80まで上がり、血中酸素濃度も99%と改善されて、ほっとしています。


これまでずっとひまわりを応援してきてくださった皆さんに、今までの経過をお話ししなくてはと思っていましたが、なかなか書けずに時間が過ぎてしまいました。ひまわりのことを直接知っている友人が、僕の状況を察してくださり、先日コメント欄に近況をアップしてくださいました。
どうもありがとうございます。

今、緩和ケア病棟の彼女の病室で、今までのことを振り返りながら、これを書いています。まとまった形での総括になりますこと、記憶に頼るため、詳細が不確かかもしれないこと、また、出来事が時系列ではなく思いつくままに前後するかもしれないことを、どうぞお許しください。
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ゆっくりです

2010年09月12日 | もう何もできない
ご報告が遅れましたが、9月1日のMRIは、思ったより進行が進んでいませんでした。相変わらずゆっくりです。ホッo(^-^)o

自覚症状からぐっと進んでいたのを恐れていましたが、画像的にはそれほどもなくて。
ただ、わたしにはオペした再発部分の周囲に、星のようにパラパラした小さい腫瘍が増えたように思えて仕方ありませんでした。
原発が感覚野でほとんど摘出したので見えづらいし、先生は2ヶ月半に会ったわたしに、言葉が出ないしゆっくりでしゃべりにくくなったかなと認めていました。
縦切り画像も前頭葉、前側に進んでるって。
フレアー画像も右脳左脳対象であるはずが、だいぶ曲がっていたのを印象的でした。

久しぶりの採血で驚いたのは、治療も何にもしなかったのに、白血球1700しかなかったこと!!好中球も1000足らずでびっくり予想外。
γ-GTは抗痙攣薬のせいでもうすぐ3ケタもしょうがないけど、肝、腎機能は問題なしとのこと。

気にかかるのは、いつのまにか左の視野が90度程度になって狭窄してたこと、昼食後、夕食後、寝る前の薬を飲んで2時間前後が、脳がギュッとしめつけられるのが頻回になってきていて、今回てっきり血中濃度を調べるところが、主治医はその気がなかったんだよね。
つまりは薬の減量するつもりがさらさらないんだ。それだけ重積痙攣に懲りてるし、重積が怖いんだと思います。

9月7日は位置覚異常で初めて神経内科を受診した日。2000年でした。神経内科に行ったのは『脳神経外科』だとあまりに恐かったから(^_^;)
でももう10年経ちました。
脳腫瘍グレード3と如何なるものかを知り、だいちゃんの卒園ははるか先と涙したものです。
怒涛の10年。わたしは思いの外ずっと長くいのちを生きてきました。
今もまだ残っています。神さまに感謝…
10周年間近を前に感慨深いです。
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あれから1年

2010年08月31日 | もう何もできない
ご無沙汰してごめんなさい。
去年の7月、余命1年前後と宣告されましたが、今、こうして生きています。
『生きている』だけでなく、自分の意思を持ち、コミュニケーションを維持して暮らしていられることが、ありがたいと思っています。

言いたいことが言葉にならなくて訳わからなくなったり(失語)、見えてるのにまるで認識できなかったり(失認)、できないこともだんだん多くなって(失行)います。

いつのまにかテレビの番組表や本が見えづらいと思って、おのずと片目を使って見てたら、どうやら視野狭窄になってる?!

また、去年の冬、家族の笑顔の写真を何気に見たら、左頬に表情があまりありませんでした。いつのまに左の頬がマヒってたんだろう?
すごくショックでした。
今では、食事中左側に口内にひっかかって食事中に左頬ばかり噛んでしまっています。
それに、昼食後、夕食、寝る前の薬を飲んでから2時間前後、毎食毎にくるくる目が廻り、だんだん脳ミソがギュ〜ッとしめつけられる感じ。頭痛じゃなく…ピークがゆっくり通りすぎると元に戻りますが、だんだん頻回、またひどくなってきました。え〜ん!
症状から考え得るに、薬の濃度、抗痙攣薬がオーバーしているのでは?!

前からそういう気ではあったものの、減らしたら重積痙攣になっちゃったら調整が大変なので現状維持のままできました。
でももう苦しいよ。
だから2ヶ月半ぶりの明日のMRIで相談したいと思っています。
ちょっと心配です…
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38歳!

2010年07月08日 | もう何もできない
7月4日、38歳になりました。
わたし、まだ無事に生きてる。
よかった。

ダンナがひまわり入りのアレンジとケーキを買ってきてくれました。

「ママちょっと来ないでね」とドアを閉めて何してるかと思ったら、「いいよ〜!来て」
ベッドの窓ガラスには、子供たちがジェルタイプのシールで『HAPPY BIRTHDAY』と貼って、花とか飾りつけてくれてました。スペルが3つも間違ってましたが…(おいおい、中2でしょ、お嬢さん(^_^;)

5日にも訪問看護に来たステーションからとしてお花のアレンジ、親友も夕方に寄って、やはりひまわり中心のアレンジを届けてくれました。



みんな、ありがとう(*^o^*)
そして神さま、1年生きてられてありがとう。
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わたしの近況

2010年06月06日 | もう何もできない
ご無沙汰してました。
ことばがなかなか出ない、文章を組み立ててうまくしゃべることができなくなって、もどかしいです。
どっちかというと、目についたことは言っても、反抗期だからすんなりやってくれないものだから、こっちもだんだんいらいらして激って発作。
痙攣止めがMAXだから食後の薬を飲んだらクラクラ文字が二重に見える。
トイレに立つと、危うく後ろに倒れそうになる。それに車いすの左側にロックを忘れたり足置きを畳み忘れて、そのまま片足で立ってしまったり。よくやるのにそのうちバキンと折れてしまわないかと…
また、その度に自分の失認が進んでるのを認めて怖いです。
でも幸い2ヶ月前のMRIは、画像を見る限り、2月と比べてゆっくり進行しています。でも今月のMRIは自覚がある分、スピードアップしてないかと怖いのです。
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やっと更新できました(^-^)

2010年03月15日 | もう何もできない
ご無沙汰してました。
前回のブログに、『今度こそちょくちょく更新したい』と言ったのに、ちょくちょく更新どころか全く自分のブログも開くことさえもせずに時間が経ってしまいました。

いい加減書かなくちゃ、と3/2に久しぶりに開いてみると、心優しいコメントがたくさん入っていて、訪問者数&ページ閲覧数も多いことに驚きつつ、感謝とともにうれしかったです。
前回更新日を見やるるとちょうど丸1ヶ月前。
そんな時間が経っちやったのかと申し訳ない思いがいっぱいで、遅い時間から長いことかかって書き、あとは〆めの文章を書いてる中に一文字間違い、1回『クリア』押すハズが反応悪くて、無意識にタタッと押しようで、あっという間に綺麗サッパリ跡形もなく…呆然。

ショック〜(ToT)ショック〜!こんなに時間かかって書いたのにと言い騒いでいると、ダンナが長押ししたんだろうと。「バックアップ取りながら書いてなかったの?」
だって一気にアップしたかったもん。
調子よく書いてるのに保存のために途中で中断するのってめんどくさいし、何より書きたい言い回しとか忘れちゃうもの。

きっと『ちょくちょく更新したいと言ったのに、ひまわりさんは体調大丈夫なのかしら?』とご心配してくださっている方もいらっしゃるだろうのに、夜更けにまた新たに書くのはとてもできなくて諦め、後日、何日か途中まで書きかけ、やっとここまで至りました。
ご心配かけてごめんなさい。


わたしの現状は相変わらずゆっくり進行しているようで、言いたい言葉がなかなか出なくなってきました。もどかしいです。言い慣れた言葉はすんなり出るのですが。
ほとんどがベッドで横になって生活していますが、車いすに座って食事が取れています。
薬は変わりませんが、よほど意識して起きていても、あっという間に眠りに落ちてしまいます。
安静にしているせいか、目に明らかな発作がぐっと減り、1ヶ月に1、2度くらいしかセルシン飲まなくて済んでいます。
そのかわり、たまに突然来る大痙攣が襲ってくるようになり、自分でも恐い思いをするけれど、そのタイプの痙攣は1分前後で終わります。
でも、わたし的には、左腕が痺れ、自分の右手でギュッと抑えてもウズウズ身の置き所なく叫びたくなるような、セルシン飲んでも30分でも1時間でも続く長い発作がつらいです。
その発作より大地震のような痙攣のが頻度が高いしね。
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寒中お見舞い申し上げます

2010年02月02日 | もう何もできない
新年のご挨拶を書きそびれました。ホントはとっくに更新してたハズなのですが…
ケイタイでもgoo絵文字が使える方法で3日にご挨拶を書きかけて草稿=非公開にしていたのですが、なかなか書けなくて、ようやく12日に続きを書き上げ、日付を直そうとしたら操作を誤って、全部消えてしまいました。。
大ショ〜ック!!

あまりのショックに待っていてくださる皆様を気にしつつ、しばらく書く気もおきませんでした。
馴れないことをするもんじゃないですね。今まで通りメールからブログに更新しようと思いました。

新年になって更新できない間に、重積痙攣で数日間×2回、入院しました。
近所の親しい友達が心配してくれたメールの返信を手直しして、近々ブログに更新したいと思います。
ケータイの機種交換して未だ扱い慣れないのせいとは言えない、メールを作文するのがすご〜く時間がかかるようになりました。
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メリークリスマス!

2009年12月25日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
クリスマス・イブの夜、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今日のわたしは昨夜がとっても寝不足、今朝は幸い訪問リハビリも調子が良くて、リハビリ後も発作も起きなくて、すぐひと眠りするつもりが、延び延びになったカードの転居手続きや夏の重積痙攣入院の保険請求の署名とか、昼食の時間になっちゃったから食べてから絶対お昼寝しようというはずが、サンタさんのラッピングのもくろみが外れて相談にのるとか、どこぞにメールとか、眠いながらもとうとうお昼寝しそびれましたが、無事に家族と夕食を共にできました。
ここまでで限界、イブの夜というのに子供たちが「おやすみ」を言う前にとうとう寝てしまったようです。
今から大切なひと仕事をパパと一緒に見届けて寝ます。でも敵?!もさるもの、夜更かし型の我が子たち、この日ばかりは眠りも浅く、枕元に置くのも昔のことになりました。

今年も聖夜を迎えることができたことを、ブログの皆さまとともに感謝しつつ。
また、病にある人に癒しがありますように。
メリークリスマス!
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あぁ、ショック!

2009年12月11日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
さっき、自分のブログを開きました。
コメントが11件!
あぁ、あの人、この人…見知らぬ方まで1ヶ月もの間、わたしを待ってくれてたんだ…とうれしくなり、自然と涙があふれてきました。
ありがとうございます。

待っててくれている。
こんなうれしいことはありません。


先日、パジャマの胸ポケットに携帯を入れたまま、洗濯機を回してもらったら、入れて、見事水没しました…
そりゃそうよね。
アドレス帳以外みんな消えちゃった。
新しい携帯に慣れるのにちょっと時間がかかりそうです。まだ半年だったのに。

運悪く、2ヶ月かかって依然書き途中だっただいちゃんの運動会の記事に、文頭の『近況』から切り離し、最大3分割して切り取りし、「明日繋いで続きを書こう」と思っていた惨事(?!)だったので、残念でなりません。

パパが訪問看護が来てくれる前に出かけなければならなかったので、万が一転んでも一番手が届きそうな、普段入れなかった胸ポケットに入れたのが間違いだった(>_<)
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近況

2009年12月04日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
更新なかなかできずに12月になってしまいました。ゴメンナサイm(_ _)m
更新を待って毎日開いている方に申し訳なく…
抗痙攣薬を3剤、減りもしない、増やしもしない、ほぼMAX量で飲んでいるので、毎日食後ネムネムくらくらです。
重ねてたぶん体重もギリギリまで減っているようで、血中濃度が上がってて、余計にくらくらになっているのではないかという気がします。しばらく採血してないから、してもらわなきゃ。
以前はこんな一日寝ちゃうことはなかったのにな。体重測らなきゃ。
身長164.5cmくらいなのに、夏に入院した時は42kgでした。今また少し減っていると思います。何はともあれ体重計買わないと。
今日、チビすけのいーたんが42kgだったと言ってたので「いーたん、ママ超されてるよ、たぶん」と言いました。40k切ると生理が止まると言いますが、ちょくちょく来なくて、やっと来たかと思ったらおしるし程度で終わってしまうし、瀬戸際なんでしょう。ないならないで楽だけど、更年期障害みたな代謝異常があってそれも困りもの…

ベッドに横になると、骨盤がびっくりするほど凹んで、鎖骨美人どころか何番目の肋骨が見えるかの世界で、お尻の肉が落ちて尾てい骨が目立ちます。

携帯でメールや更新打ちかけで途中で寝ちゃっているので、ちっとも先へ進みません。
このブログは物心つく前から発症したひまわりが子供たちに遺してやりたいと思った記録でもあるので、これはぜひ書きたい、時系列で書いてるので書いておかなきゃ先に進めないと思うんですが、そういうことこそ長文化するし、更新に時間がかかってしまううちに書きたいこともたまってしまう悪循環に陥っています。
さらに悪いことに、今まで文章を書くことに苦労せずすらすらと、だからこそ続いていたのですが、話すもつっかえつっかえ、重複、間違い、今では作文能力どころかもっと基本的なこと〜言葉のつながりや活用形(喋ら、喋り、喋る、喋れ…あーもぅわかんない!〜というように、言い直したくてもわからないようになってきてしまいました。
もどかしい。
でも悲しいかな、もっと進んでいくんだとわかっています。
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お久しぶりでございます

2009年10月22日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
コメントへの返信どころか、更新さえ間遠になっていてごめんなさい。
どうも作文にとても時間がかかっているからメールも億劫になってる気がします。以前には考えられないことです。

読書も頭使うんだろうけど、今はまだちゃんと理解できると思うのですが、読むにも時間かかります。元々速読派じゃないけど。
抗痙攣薬のせいで、何もしないとすぐ寝ちゃって、1日中寝ていることになり、夜も何度も目が覚めて寝られなくなって困っていたのですが、夢中で読める本を見つけてからは眠気もないからお昼寝を1日1回程度だから、夜よく眠れるようになりました。

便秘の要素をたくさん抱えているので、下剤は欠かせないのですが、最近やけに下剤効きすぎの傾向。
今日もおとといの下剤が今日まで引っ張ってるのかもしれないけどお腹痛い…だいちゃんがお腹にくる風邪?!で学校4日休んでるから、それがうつっちゃったのかもしれません。

昨日のMRIは順調にというか、前回と同じくらいのペースでゆっくり進行していました。
前方(言語野、運動野)深部に向かって。ぽちっと新しいのもありました。
先生は「嫌なこと言うけど、3ヶ月以内の生命の危険はないと思う」と言いました。

そりゃそうさ!って思ったけど、グリオブラストーマの怖いところ、進行速度が急に増すのもあり得るってコトよね…と改めて思ったりして。
次のMRIは2ヶ月半後の年明けになったから、それまでに喋りにくさ、言葉の出にくさは進むにしても、意志疎通はができないほどにはならないと思う、ということだでした。
だからまだステロイドも始めないし、抗痙攣薬も変わらず。
でもシビアだね…
3ヶ月がどうこうなるとは思わないケド、時間は容赦なく過ぎていっちゃうんだなと。
今現実に生活に追われ、笑顔が失ないがちで家族円満とは思いがたいけど、大事にしなければ…としみじみ思いました。。

6時間近くの外出でですごく疲れちゃった(車のシートの腰の位置が浮いて決まってなかったせいも大いにある)。
MRI室のこの医師は造影剤を入れるための点滴取れなくて9回めで痙攣らせた前科があり、以降主治医が点滴刺してからMRIに行くのだけど、うっかりルート取らないで行った時には嫌がって厳然と差し戻されたいわれもあります。
昨日は一見「今日はいいね!楽勝」が縛ってみると、どの血管も固くて6〜7回刺されてしまいました。
MRIを待つ間に主治医から内線がかかってきたらしく、MRIが終わっても点滴抜くなと輸液に貼り紙がされました。前回入院中のMRIで最後に痙攣してストレッチャーで帰ってきたのですから。

今回は画像説明と診察が終わってから点滴抜いたのですが、主治医も無事終了を安心して、痙攣なく安定したと実感したようでした。

代わりにさすがに疲れ果て、先週始めた訪問リハビリ(PT)の最後に、口角と右手に発作になった段階で、久々にセルシン飲みました。
このリハビリの先生、今日は軽くって言ってあったのにけっこうキツイわ。
半年何もしてなかったんだから当然か…
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ありがとうございます♪

2009年10月02日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
『いーたんの学祭』を書き上がるまで書きながら寝ちゃったことも多く、でも感動したことは詳しく書き残したいキモチも強くて、あんなに延々と長く文章になってしまいました。
ブログは書きたいことがあると書き始めるのですが、午後は眠くてお昼寝タイム、友達からのメールの返信しかけ、書きかけブログ、などなどケータイの送信ボックスには、じつに「14」とたまってしまって申し訳なく…

そして8月の退院前後は読書にハマって何も手付かず(NHK教育アニメの原作『獣の奏者』4巻大作を読んでいました。児童文学を逸脱したような作品ですごく感動でした〜(T_T))、ケータイで更新してるのに遅々として進まず、1ヶ月以上自分のブログさえ開くことなかったので、コメント20に驚き、昨日、一つひとつ読ませていただきながら、ただただ涙があふれました。
本当に感謝しています。
ひまわり音沙汰なしの間、辛抱強く待ってくださっていただいて、今すぐレスしたいと感じました。
8月下旬にケータイの機種変更したのもあって、打ちづらくてね。
待っていてくださってありがとうございました。
とりあえず万感の想いをこめて。
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いーたんの学祭

2009年10月01日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
ご無沙汰しています。
筆不精(メール不精?)になってしまってすみません。

もうすっかり秋。
あけびや栗をいただいて、山の秋を感じます。
寒暖の差が大きいですね。

1〜2週間前から朝のイガイガが治らないと思っていたのですが、数日前からぐすぐす鼻水が…
周囲に季節性アレルギー(この時期はイネ?)の人が少なくないことがわかり、わたしもそうかもしれません。
毎年花粉症は春先なのでスギかな?と思ってましたが、今年はイネも?昨秋にはどうもなかったのに…春先の在庫?!の抗アレルギー薬を服用しています(笑)

2週間以上前になってしまいましたが、いーたんの学祭がありました。
何日も前から、劇を観ようか、吹奏楽部の演奏を聴きに行こうか、すごく迷っていました。両方は無理でも、どっちかは行ってやりたいと強く思っていました。
来年は行けないかもしれないから…

いーたんは吹奏楽部でクラリネットを吹いています。
山の小さな学校、それでも1年生がたくさん(?)入部したから、去年の全部員の倍の20人ほどになり、なんとか吹奏楽の体形が取れるようになりました。
顧問の先生は勢い込んで(たぶん)、無謀にも入部したての春、基礎練習もそこそこに、総出で陸上記録会の壮行会で演奏させたり(陸上部ないからタイムのいいコを強制エントリー。いーたんはにわか仕立ての陸上の強制練習と壮行会の演奏曲でとか言って半泣きで練習したっけ。自分で自分を壮行会するなんて変な気持ちだったと)、夏はコンクールに出場しましたが、結果は謂わずもがな…でも部活は楽しいようでよかったね!って思います。

実はわたしも中学時代、吹奏楽部でクラリネットでした。
「ママも中2で転校してね、転校前の中学校の吹奏楽部は人数も多かったから競争も熾烈だった。県内地区の講習会も盛んで。だから転校先の学校はレベル低くて、2年の時はいーたんたちと同じでコンクール銅賞だったなぁ。転校した当初は2nd吹いてたけど、そのうちママが1stもらうようになっちゃった。中3ではママがコンサートマスターで、コンクールも金賞だったよ。関東代表にはなれなかったけど」
そんなわたしの昔話や、訊かれて教えてやる楽譜、忘れてしまった代え指…共通の話題ができ、反抗期で同性で、とかくギクシャクしてたいーたんの間に会話が増えたことがうれしいo(^-^)o

今年の1年生は学年1クラスしかありません!
だから学祭の劇は1番目、吹奏楽部の演奏では午後イチ…どっちを観ようかすご〜く迷っていました。
入学式の時のように、体育館前の門扉を特別に開けていただき駐車して、幸い体育館入口にはスロープもあるのですが、それでも乗り降り・移動に時間のかかるわたしは、たとえ中学校と自宅が車で10分かからない距離でも、正味1時間半の空き時間で身体を横たえ、昼食も取って再度繰り出して両方見に行くのはどう考えても大変…
一旦ベッドに横になってしまえば、起きられなくなりそう。

「ママは両方にはたぶん行けないな〜。続けてならがんばるけど出直しになるし…いーたんはどっちがママに観てほしい?」と尋ねると、
「どっちでもいい。ママが好きなほうでいいよ」と言います。一見気のない返事と見せかけて、案外わたしを気遣って本音を言わないいーたんなんです。
いーたんは「吹奏楽は20人しかいないけどけっこう音大きいよ。ママ痙攣なっちゃう」としきりに心配している様子。
「大丈夫!練習は音楽室でしょ?だから大きい音だろうけど、広い体育館なら音が拡散するから20人程度じゃ大丈夫だよ。ママが保証する。
それに、もし痙攣なったらセルシン飲むし。最近は痙攣なっても弱いし、大ゴトにはならないよ」
「それでもガクガクになったら?」
「もう1錠飲む。それでもダメなら退場するまでさ」

この子は内心本当はクラリネット吹いてる姿を見せたいんじゃないか?そしてわたしも劇より吹奏楽のほうが断然観たいんだけど…

「で、劇はどんなの?なんの役?セリフある?」
「あるよ。いくつか。シロクマの話。ナナコが台本書いたからけっこう面白いと思うよ」裏方じゃつまんないナと内心思いつつ、あまり積極的で表立つ子でないから訊くのもちょっとためらいました。
根掘り葉堀り訊くと、舞台にも立つし一人で言うセリフもいくつかあると言うし、楽しそうに話していたので、ん〜、劇を見てほしいのかなと判定できず。

劇は40分、吹奏楽は20分だねとプログラムを見つつ言うと即「短かっ!」
思わず本心が飛び出したようなコメントに、やっぱり両方観てほしいんだろうと思いました。

夜遅く寝付くまで悩み悩んで、朝には両方行ってみるつもりでいようと決めていました。
友達が一緒に行ってくれることになっているし、一旦帰宅して一度休んだら疲れちゃって午後動けなくなったらそれまでだ!と。

朝から雨で、やたら寒い日でした。
いーたんはとっくに出かけてたから、ママがどっちに決めたか、知らないままです。
でも舞台に立てば、車いすのママが来てるときっとひと目でわかるはず。

よく見える位置に案内してもらった時は学祭らしくガンガン激しい音楽を流していてこれは想定外。今にも痙攣起きそうでしたが片手で耳をふさぎ耐えました。ガクガク来るな〜!と念じながら。
やがてにぎやかな音楽が止み、司会のコたちが喋り始めると、「来れたんだ〜」と実感し早くもウルってしまい、慌ててストップ!と気を鎮め、何とか持ち直しました。
チビだったいーたんは夏に背が伸びたのか他のコと比べても小さく見えはしなくて、通りづらかった声質も澄んで、いーたんってこんな声よく通っていたっけ?!と驚きでした。

ただ発熱する肌着に首のある厚手のカットソー、セーターまで着込み、おかしいくらいに厚着して行ったけど半端じゃなく寒くて、(早く終われ〜)と思うほど劇じゅう震えていました。

急ぎ帰宅後、友達がいれてくれた熱いお茶を少し飲み、ベッドに潜りこんだわたしはすぐ眠ってしまい、呼ばれて起きると11時半。友達があったまるようにと味噌仕立てのうどんが出来ていました。

ベッドに身を引き剥がす思いで気合いで起き上がり、うどんをすすって今度はダウンを着こんで再出発。ギリギリになってしまったので、体育館はすでに施錠されていました。
ガラス越しに車いすのわたしの姿に生徒数人が見つけ、でも開けていいのかが迷っていた風で、わたしたちは必死で車いすを指差し、大声で開けて、と言っていたら、ようやく先生がいらして開けてくれました。ホッ。

演奏が始まる中、前方に案内してもらいながら、わたしは懐かしい吹奏楽の音色で途端に涙があふれてしまいました。
マスクの目尻を指で拭い紛らしつつ、いーたんを捜しました。舞台にトランペットとトロンボーンを配し他には段差を設けていなかったので、わたしの目線から「いーたんが見えない!」
どこ?どこ?と一瞬でも早く見たくて探していたら、パパが見つけて車いすを移動してくれました。
いた。2本しかないクラリネットのいーたんは、最前列の指揮者の斜めにいてよく見えるけど、トランペットたちが消されてよく聞こえない。
わたしはいーたんをひたと見つめながら、全神経を耳に集中させて、いーたんの吹くメロディーを捜しました。
いーたんがママのクラリネットで吹いている。中学時代はわたしは学校の備品を使っていたけど、いーたんの吹いているのはわたしが大学時代に気まぐれで買い、ほとんど使わないまま、ごくたまにまだよく手の届かない小さいいーたんに吹かせてやってはしまっておいたものです。
中学で吹奏楽部に入ってこのクラリネットを吹いてくれたらいいなと漠然と思っていましたが、魅力的な楽器が多い中、第一どの部活に入るかもわからない遠い未来を超えて、体験入部も全部鳴ったのにクラリネットを選んで今、娘が手にしていることに感慨深いものがありました。

お世辞にも上手くはありませんでしたが、自分の中学時代がダブって涙がとめどなく流れ、感染予防のマスクでメガネが曇っ曇って仕方がありませんでした。

両方行ってやれてよかったとの気持ちと、これが最初で最後かもと思う気持ちと。
しかし正面で見られる可能性が高いってクラリネットはその点得よね♪
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重積痙攣と家族

2009年08月20日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
痙攣重積状態で数日入院して退院し、数日後にまた同じような重積で入退院を繰り返し先週の金曜日から入院中でしたが、やっと一昨日退院しました。

入院数日前からセルシン2錠飲んでも全然効かず、その度に訪問看護師さんを呼んでセルシン筋肉注射半投、それでもダメでもう半投で辛うじて治まる、という状態でした。
それが日に日にひどくなり、在宅ではどうにも止まらなくなり、7/28緊急入院となりました。
あいにく週末、おまけに主治医は来週いっぱい夏休み。あぁ…

点滴ひとつ取るにも、わたしをよく知らない先生は縛っても血管が出ない触れないと、ひと苦労。
やっとのことで取った点滴からセルシン静脈注射。はじめから1投使っても治まらず、更に半投+筋注半投してやっと見た目には治まり、それでも『けいれんのもと』がわたしの身体の内にくすぶってる感じで。

痙攣は確率的にみて午後から夕方始まることが多く、毎日起きました。
発作が始まれば錠剤のセルシンをもらうのですが、溶けやすい錠剤とはいえ効力が発揮する以前に、あっという間に痙攣が全身を駆け巡って重積状態になってしまうから、錠剤ははっきり言ってムダ!
当直医も夏休み体制だから、痙攣重積に対する見立ても先生によって違うし、夜勤の看護師も普段のチームと違ったりして、安静時の血圧が100/50を切ることの多いわたしは、痙攣時138/83じゃとても高いのに『普通』と判断したり、また別の日の当直医は患者の訴えが一番!と、わたし自身の経験から発作が全身に拡大するとなかなか止まらなくなっちゃうから早く静注してくれと言ったら、早々に静脈注射してくれた時は早くラクになってうれしかったけど、しつこく止まらず、新たな余波が襲ってきて半端じゃなかった。


入院した翌々日だったか、腫瘍チームのある先生に、
「昨日一昨日に痙攣の要因になるようなことが何か思い当たることがありませんか?」
「ん〜、子供を叱った」f^_^;でも今に始まったコトじゃないし…
一日中ぼんやり考えてたら、ふと思い当たりました。
夕回診の時、「先生、痙攣の原因、何となくわかった。」
そして先日、我が家は中1、小5なんだけど、最近子供らにも告知したことや、神妙にしたのは2、3日で、たぶん子供らにも受け入れられないんだと思うんだ。各家族で子供らにも食器洗いや洗濯物たたみとかをさせてるけど、なんでウチだけが、って不満でいっぱいなんです。パパも家事と仕事とわたしの介護でいっぱいいっぱいで、そういうギスギスした家族を見ているのも切なくて、そうした精神的なモノが今の重積を引き起こすんだと思う、と言いました。
その先生に家族構成はわからないけど、数人で回診する時には真面目で滅多に笑顔を見せない先生が、親の顔になってやわらかな表情で応対してくれたのが(何と言ってたか忘れたけど)、重積痙攣が治まるきっかけのひとつになったと思います。
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痙攣頻発

2009年08月03日 | もとの地へ 5回目の再発(16〜18クール中止)
27日の火曜日、診察後まだ近くの廊下で発作がきました。
朝からなんだか変だったのに、ひとつ前の『久しぶりの痙攣』として更新したあの今まで違った痙攣を自分で説明したかったから、わたしも1時間遅れで行きました。

セルシン飲んで、電気を消した処置室で休ませてもらおうかと、どこに頼んでいいものか困っていたら、脳外病棟から外来に異動した看護師さんに会いました。「なんか元気ないね」発作がだからで休ませてほしいと頼んだら、誰か人のいるところがいいから相談してくるねと言い、すぐ近くのスタッフルームに消え、待つ間にこれはダメだ!2錠目飲む、と飲んだのですが、あっという間に大きくなり、看護師さんが脳外の処置室でいいよと戻ってきた時には、医局に戻って行ったばかりの先生をまた呼んでもらうことになってしまいました。
先生はすぐに震える右手に点滴を取り、セルシンを静脈注射しました。1投、半投、そのたび15分後や20分後に先生は来てくれるのですが、口とか手とかに残っていて、バチッと止まってくれません。
最後に筋注して、これが止まらなかったら入院…で止まったのですが、とっても危ういところで止まってる感じなので、車で1時間揺られて乗り降りに負荷がかかるんだから、また病院に逆戻りもあり得る、と思い、入院していくことにしました。
3日経過観察して1回の発作、セルシン1錠で止まったので、「ご主人さんが迎えに来れる日にいつでも退院してもいいよ」退院許可が下りたので、たまたまダンナの予定が詰まってて、4日後まで迎えとに来られないと言うので、翌日退院してきました。
毎日ほとんどをベッドで過ごすのに比べ、たまの外出は疲れるのかな?
病院は一度にたくさんの人と会える可能性のあるコミュニティ。だからわたしは楽しみにしてるんだ。
なのに外来受診さえも行かなかったら、行けなくなってしまったら、わたしはささやかだけど大きな楽しみ…信頼してる主治医やもう少なくなってしまったけど未だ大学にいる先生たち、馴染みの看護師さん、すっかりお馴染みのMRIの技師さん、何度めの入院で同室だったかもうさだかでないけど友達になった患者さん…たちと、会えなくなってしまうから。

退院したのはいいけど、金曜午後からまた痙攣止めの注射しても止まらず、救急車でまたまた入院中です。
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